鶴舞公園 1055

全般         房総丘陵1000
 鶴舞公園を中心として市街が展開しています。

@池和田城跡と鶴舞公園  ○70 (池和田城跡)
 上総鶴舞駅→0.10←池和田バス停→0.10←池和田城跡→0.10←公園入口
 JR内房線五井(ごい)駅乗り換え、小湊鐵道、上総鶴舞駅下車。乗り換えの場合、千葉寄りにある小湊鐵道改
札でICカードでの清算をして、小湊鐵道のホームへ入る。また、五井駅から乗車の時は小湊鐵道の乗車券売り
場があるので、1日パス券などを求めるとかなり安くなる。途中の無人駅乗車の場合、車内では車掌がマメに回
って来るので、早めに清算し、速やかな下車に備えること。運転本数は少ないので、往復とも時刻表には充分気
を付けよう。
 上総鶴舞駅は無人駅で、からの駅事務所と待合室、トイレ、公衆電話ボックス、飲料水の自動販売機がある。
駅前広場は舗装された奇麗なものだ。茂原駅行きバスの停車位置の白線が引かれている。関東の駅百選に選
ばれたというが、遠方からの訪問客のことを考えたらトイレのグレードで選んでもらいたかった。
 駅前の国道は北側だけに歩道があるので、これへ渡って東へ進む。バス停池和田のある角に池和田城跡の
案内標識があり、左折する。池和田谷公民館の前にも案内標識があり、右折する。住宅地を抜け三又を右へ進
むと坂道になる。左右が山の道路がカーブすると右側に池和田城跡案内標柱があり、狭い山道が登っている。
これに入る。城だった時、ここに滲水を溜めて使ったという古井戸と説明看板がある。登り径が水平になった先
に鳥居があり、更にその先に天神社がある。周囲の刈り込みは甘いので、往復以外には径をそれない方がいい。
 城跡入口の標識の先で国道から分岐してきた道路と合流する。幅のある道路の傾斜が緩くなるとトンネルにな
る。これを抜けると住宅地になる。左手は池和田公民館と鶴舞神社の境内だ。ここで右折した突き当たり、郵便
局前の緑の横断門の先にある桃色の横断門が鶴舞公園の入口だ。

@ 鶴舞公園 葉桜状態 里桜も多いのでソメイヨシノが散ってもまだ観賞できます。

A鶴舞公園 ○130  鶴舞山王山
 公園入口から尾根径で→0.10←不動堂
 公園入口から道路で→0.05←不動堂
 郵便局前の十字路をには緑色の三角形をかたどった横断門がある。この道路に入ると、長半円型の横断門が
あり、ここが公園の入口だ。中に入ると数段の階段と緩い斜路を登る。左側には桜の太い木が並び、園内の案
内マップがある。右側には管理事務所とトイレがあり、その奥は駐車場だ。ハイシーズンなら有料だ。
 長半円型の横断門のところで道路を右折した最初の左側の道路が駐車場への入口で、日枝神社の参道だ。
駐車場の奥にはトイレもある。参道の石段を登ると山腹に日枝神社の社があり、社殿の左右に奥の山へ通じる
径がある。鶴舞山王山。奥の尾根筋は左東へ進むと山頂に東屋が有り、公園からの二本の段径が登って来て
いる。更に尾根筋を進むと今度は幅広い尾根筋になり、太い桜の並木道だ。細い杉並木道に変わり再び周囲が
開けると、左奥に赤い大きな屋根があり、目の前には倒れかけた鳥居がある。境内社の並ぶ尾根筋の端だ。左
へ下る段径が二本分かれている。大きな赤い屋根は明治時代に建立された不動堂だ。備え付けのスリッパで回
廊まで上がって参詣できる。
 公園管理事務所から段径は都合三本に分かれる。右、ニ本は東屋の付近で尾根筋に通じる。左の段径は緩く
斜面を登り、太い桜の大木が並ぶ幅広い尾根筋の所に通じる。園内は多数の水平路とベンチ類がある。
 不動堂西蓮寺の境内には太い木が多い。モミ、モミジ。ケヤキは幹周り3メートルを超える大木だ。―ほかでも
各所の民地に大木が見られる。
 日枝神社の社殿の前を右南西へ進むと、古道の浅い溝径を渡り、左手に尾根を置き、トンネル上部を通って、
西側へ山道が繋がっている。

B鶴舞創造の森
 B−1 三等三角点大部田 △130.7
 鶴舞公園から道路で→0.05←不動堂前十字路→0.05←斜路下→0.05←三角点峰
 鶴舞公園から不動堂前十字路を直進する。住宅が途切れると旧鶴舞青年の家、現和光大学セミナーハウスの
駐車場が左手、右手に本館玄関に繋がる斜路に至る。この斜路は登らず、車庫の脇から南側の斜面へ上がる。
明確な登路はないが、よく刈り込まれた緩斜面を選んで進む。セミナーハウスでは「見晴らしの丘」と名付けてい
る。尾根筋で右折、南へ進むとセミナーハウス敷地の外れを最低部とした尾根筋を登る。竹の中の狭い径、切開
きに出ると三角点大部田に至る。
 まだ先に踏み跡は続いている。鶴舞創造の森花木ゾーンに繋がるが山慣れない人以外は、進まない方がいい。
崖のロープは下らずに、位置を僅か東へ改めるだけで、安全確実に下れる径がある。

A 鶴舞公園 日枝神社 参道

 B−2 花木ゾーン
 鶴舞公園から道路で→0.05←不動堂前十字路→0.05←鶴舞創造の森→0.05←山中の分岐
→0.05←友懇塾里山の標識
 不動前の道路を右折、東へ進む。左手モルタルの法面が途切れると、草原の広場になる。その奥に草葺きの
東屋があって、鶴舞創造の森の標識、案内図看板が並んでいる。道路に近い広場の東端の斜面に登り口があっ
て、白い看板が倒れている。段径の急登を2回繰り返して、緩やかな尾根筋になる。
 右下後ろ方向に径のある分岐で下る。直進した場合、その後左折して草の広場西端の尾根、三角点峰等につ
ながる尾根に至るが、山慣れない人は進まない方がいい。
 下った径はSカーブして案内図と太い木の前に出る。ここでその太い木の脇を下ると、谷の地形の右岸を緩く下
る。「皇太子御成婚記念の森」の標柱の先で別径と合流。右折して向きを変え、背の高い草をついて県道に出る。
 太い木の脇を通るのを避け、左寄りに直進すると、谷の左岸の径を緩く下る。右へカーブして向きを替えると、右
へ分岐する別径がある。直進し、背の高い草をついて県道に出る。
 鶴舞創造の森の東屋を左に見る広場からそのまま県道を北へ進むと、左手に草で塞がれた緩い斜路がある。
東側の入口だ。県道の向い側には「友懇塾里山活動」の標識が建ち、未舗装道が分岐している。

 B−3 保全林ゾーン
 鶴舞公園から道路で→0.05←不動堂前十字路→0.05←鶴舞創造の森→0.05←
友懇塾里山の標識→0.10←癒しの森→0.05←道路終点
 鶴舞創造の森の東屋を左手に見る広場から、そのまま県道を北へ進む。県道の向い側には「友懇塾里山活動」
の標識が建ち、未舗装道が分岐している。作業道で、これを進むと左右に遊歩道がある。癒しの森の看板と草葺
きの東屋、トイレがあって、まだこの道は続いている。左右に多数の遊歩道がある。

 B−4 見本林ゾーン
 鶴舞公園から道路で→0.05←不動堂前十字路→0.05←鶴舞創造の森→0.05←
友懇塾里山の標識→0.10←細道の丁字路→0.10←コスモの森→0.10←道路終点
 「友懇塾里山活動」の標識と未舗装道路の分岐を右東側に見送って、県道を北へ進む。左右に農地と住宅があ
る。右側に狭い舗装道路の丁字路がある。(東電柱水沢63柱、319柱)緩いカーブを繰り返して、左へカーブする
ところ、右側に未舗装道路が分岐している。その脇には「コスモの森」の看板がある。谷の右岸の道路で、きのこ原
木展示林かららは谷の小川に沿った遊歩道が並行する。道路終点は広場になっている。南へ段径が急登している。

B鶴舞創造の森 鶴舞創造の森の東屋

C関東ふれあいの道へ
 鶴舞公園から関東ふれあいの道 観音様のみち の途中に接続します。
 鶴舞公園から道路で→0.05←不動堂前十字路→0.05←鶴舞創造の森→0.05←里山の標識
→0.10←細道の丁字路→0.10←バス停清水台→0.05←奥野トンネル分岐
 鶴舞公園入口から不動堂の入口前の十字路へ進む。右折して緩く下る道路は左側だけに歩道がある。左側に
創造の森の看板が有り、草原が広がり、背の高い東屋もある。案内図があって、遊歩道があるようにかかれてい
る。花木ゾーンの遊歩道だ。
 バス停奥野付近では長屋門の民家がある。奥野トンネルの先、南側にバス停清水台の標識があり、その脇か
ら南へ、未舗装道へ進む。僅かな時間の登りで、関東ふれあいの道 観音様のみち 途中の分岐に達する。右
北は笠森観音、左南は蔵持ダム方面だ。

D岩井戸砦跡 ○60
 鶴舞公園入口→0.10←陸橋→0.05←山頂
 鶴舞公園から西へ進むと国道を陸橋岩井戸橋で越える。左右に墓地があるが北側の墓地の奥に切通しがあ
る。切り通しへ向かうと細い山道が二本ある。一本にはその先に墓地が見えている。もう一つの山径は急な階段
で尾根筋へ向かう。小さな平地には石碑と小社があり、奉幣されている。その脇に尾根筋を辿る下生えに隠れた
踏み跡がある。三猿の石塔があり、西端まで尾根筋の踏み跡が続いているそうだが、この附近までで戻るのが
いいようだ。
 南側の道路には伏谷如水氏の墓地がある。

E永田富士山 △114.2 (ながった ふじやま)
 高滝ダム記念館一階にある展示には「ながった」と大きく小字名がかなで表示されていました。蛇行を繰り返し
た太古の養老川の攻撃側の崖地の下には圏央道が走っています。山頂には送電鉄塔があります。(市原市史)
 高滝駅→0.10←高瀧神社前十字路→0.10←加茂橋東側十字路→0.05←BS高滝青年館前
→0.10←
飲食店駐車場角→0.15=0.10←富士山
 高滝駅下車。高瀧神社東側の十字路を東へ進む。道路北側の桜並木は加茂橋に変わる。橋東側の十字路南
側には公衆トイレもある無料駐車場があり、十字路東側には有料駐車場もある。そのまま道路を東へ進む。上り
坂の道路が頂上になると右手に駐車場の広い飲食店がある。その脇に未舗装道路が南側に向いている。
 未舗装道路は左へ曲がりながら林の中に入っていく。最初の左分岐は見送り、東へ直進する。広い空き地で
左へ曲がると正面斜面に登路がある。左へのトラバース径分岐は見送る。
 登るにつれて溝径になるが、デッキの特徴的な廃屋の脇で山頂になる。その奥の植林の中に三角点標石があ
る。その更に奥に送電鉄塔28号に出る。その先にはネットフェンスがある。崖の肩の部分のもので、蛇行した川
の痕の水田が見える。と倒木と廃材を積み重ねて人畜共に通れない。右へ曲がって緩く上ったのち、植林と孟宗
竹の平地に出る。
 扉の上り口は横架材斜材で開閉不能になっている。
 北側水田の山裾の路を辿って尾根の東側へ廻り込むと電気柵の東端が斜面を上下している。この電気柵に沿
って急斜面を無理登りすると平地に出る。

F−3 根古屋城跡 八幡神社への石段

F平蔵の城跡
 国の重要文化財指定 西願(さいがん)寺阿弥陀堂(光堂) バス停あみだ畑の北西
 F−1 平蔵城跡 ○129
 シロヤマは平蔵城山城跡とか平蔵城跡(小高氏)とか呼ばれているそうです。
 バス停あみだ畑→0.15←主郭
 
牛久駅と大多喜駅を結ぶバス路線、バス停あみだ畑で下車。西側野菜等の直販場があり、その南側の斜路を
登る。これが水平になると三又になる。
 縄張り図では右側でも主郭へ行かれそうだが、実際には径はあれているので進められない。三又を左へ進む
と国道と水田を左側足元に見る。急坂を登ると未舗装道になる。この径が又水平になると右に小径が分岐してい
る。東電柱平三42柱の約20メートルも手前だ。
 一回Zカーブすると小径の登りが続く。三本の支線に支えられた細い電柱の東へ水平路が分岐している。その
先は三つの社を祀った小社に至るものだ。更に登ると山頂の民家の前に出る。この家の南東角に東へ進む水
平路がある。これに入り、若干左へ登ると主郭の広い平地の一角に登りつく。
 平蔵根古屋城跡・平蔵根小屋城跡は国道を南へ進んだ郵便局の西側、八幡神社の境内になる尾根筋だ。最
高所は106.8メートルで浅間山と呼ばれている。

 F−2 平蔵城部田城跡 ○110
 ジョウヤマは平蔵城部田城跡とか平蔵城山城跡(小高氏)とか呼ばれているそうです。
 バス停平蔵→0.10←バス停川崎→0.20=0.15←主郭(細尾根部)→0.10←南郭(三方分山)
 
牛久駅と大多喜駅を結ぶバス路線、バス停川崎で下車。西へ下った上宿橋で右折。※北へ進んだ道路はSカ
ーブ後、左側の民家の前の分岐に入る。東電柱平三72柱。民家の前と畑との間の小径は谷の右岸の側の径
になる。これが藪で通行不能になる手前左側に段径があり、これを登る。若干南へ進んだ平地に三又がある。
右分岐へ進む。◎
 ※上宿橋を直進すると立派な庄屋門の右脇を進む。細い径は左へカーブして南へ向く。東側に棚田と大屋敷、
西側の山裾に畑を置く径は倒竹の薮と孟宗竹の折り重なる倒竹で塞がれる。径は右へとカーブして西側の山腹
へ向うように縄張り図に破線があり、近所の方も以前はこの径を進んだというが今は眺めるだけで通行は不能
だ。左カーブする位置、上段の畑の北西隅から「一枚」きりのヤブを突くと、疎らな笹竹と植林の平地に出る。踏
み跡を北へ進むと左側山崖に横穴がある。この附近で山裾側の径に踏替え北へ進むと、三又に出る。右は下り
だが左直進を選ぶ。◎
 ◎右下に谷を見下ろしたのち、太い倒竹が転がる緩い斜面を若干左寄りに広い踏み跡を求める。倒竹は僅か
で通行には差し支えない。
 南北尾根筋の東一段下に幅広い南北径か、腰曲輪か、左右に続いている。♯
 ♯右北へ進んで直ぐ、東向き小尾根の北側で西側に食い込む小谷筋を進む。主郭と思われる南北尾根の幅
広い位置の僅か北側の狭隘部に登りつく。●
 ●北へ進むと尾根筋は広がり、直ぐに浅い堀切に降りる。大木(樹種不明・周長約5メートル)の根元には小石
祠が祀られている。ここは中段の高さで、尾根筋の東側から更に一段下ると幅広い平地から南へ広い径になり、
小尾根が東へ伸びている箇所に戻る。♯
 ●南へ進むと西側下からの径が合流している。この径は西側の一段下を幅広く南下し、小さな崩落箇所で小
径になって堀切に出るものだ。尾根筋のまま進むと急な下りで堀切に出る。
□ ♯左南へほとんど水平な幅広い径を進む。倒竹が多いが十分に道幅があって、容易にかわせる。右西側の
尾根が途切れて堀切に出る。□
 □堀切を南へ登ると尾根筋が南へ続く。僅かな鈍角で左折右折する。西側の小尾根筋への巻き径を見送って
小ピークに上がる。この小ピークは三方分山で、南と西に尾根が下っている。南は急な堀切に至る。西も下ると
右後ろに巻き径を合流させたのち。急斜面の下方に平地を見る位置まで続く。この三方分山附近で戻ろう。

F−4 バス停吉沢より北側、新井バス停の面足神社 右側の灯籠に被って大木。

 F−3 根古屋城跡 ○106.8 浅間山
 この山は浅間山と呼ばれ、山頂には浅間神社の石祠があります。ここが上総一揆に関係する城跡だと調査さ
れ、根古屋城跡と特定されました。八幡神社の社殿もあります。
 バス停平蔵→0.10←バス停川崎→0.10←バス停あみだ畑→0.10←バス停堀切→0.05←
天王宮覆屋
 
小湊鉄道牛久駅といすみ鉄道大多喜駅を結ぶバス路線、バス停堀切で下車。西側に急な階段がある。八幡
神社の参道だ。階段を登りきった右手にはスダジイの大木がある。社殿前庭の左手の盛り上がりには浅間大神
の石碑が二基立っている。
 立派な社殿の右側には御神木があり、注連縄も張られている。その陰にやや急な坂道が社殿の裏側へ登って
いる。その先に天王宮の覆屋がある。
 頭記の標高のピークが主郭だが登路は不詳、行かないほうがいいようだ。

F−4 鳳来寺観音堂

 F−4 吉沢城跡 ○113.5 (きちさわ・きっさわ)
 重要文化財 鳳来寺観音堂
 バス停吉沢入口→0.15←山根橋→0.15←日天様トンネル東分岐→0.05←堀C
 堀C→0.05←堀B→0.10←主郭経由V郭→0.10←W郭
 堀C→金毘羅社
 堀C→●128西の五差路
 
小湊鉄道里見駅と鶴舞バスターミナルを結ぶ路線、バス停吉沢入口は便の関係で事実上利用できない。ここ
から丁字路を南へ進む。右側に観音堂、左側に鳳来寺があり、山根橋を渡る。右分岐(東電柱古敷谷183柱)
に入ると直ぐに 変則的な交差点(古敷谷189柱)に出る。左手の斜路を進む。右手に住宅を置いて左へ進む。
丁字路は左へ曲がる。水田が広がる端部を進むと道路は山裾に入って左カーブする。径の分岐を直進の未舗
装道を進むと、幅高さとも1.9メートルほどのトンネルに出る。上部に堀切Bを置いた日天様トンネルだ。昔、農
道兼通学路として整備されたものだそうだ。今も農作業に利用されている。照明はない。危険なく西側へ行かれ
るが、見学するに留めておくこと。
 日天様トンネルに続く分岐を左へ進むと、右前に山道が分岐している。幅広い緩やかな斜路はやがて孟宗竹
に囲まれるが、径は竹林に影響されてはいない。尾根筋を乗り換え、左巻きに変わる。ここが堀Cだ。※
 この※堀Cの尾根筋乗換えで、右後ろへ向き直り、北へ進む。急な坂道は尾根筋に続き、U郭に至る。一方
北へ向いて尾根筋の西側を巻く径は一旦狭くはなるが、ほとんど水平に進む。下りかけると右カーブして堀Bに
降りる。
 この堀Bは東へ緩く下っている。堀Bの東側下方遠方には道路が見える。北側斜面から、厳しい急斜面を降り
られる。沢を思わせる谷は「農道兼通学路」だった日天様トンネルの東口だ。これは事実上、上下できない。こ
の堀の端部南側には急な登路がある。
 堀Bの北西端の急斜面を登ると緩やかな斜面の主郭に出る。更に北へ進むと緩やかな下りで堀Aの西端に至
る。西左側は藪が多く、堀の東側へ進む。堀の東端はコンクリートブロックの堰板が見える。南へ登るとV郭で
西側にも細い尾根筋が下っているが、これは確認するだけ。このV郭の北側東寄りに尾根筋が緩く下っている。
地上波時代のTVアンテナが複数箇所遺棄されている。ごく緩やかまたは水平な尾根筋を北へ進んで僅か下ると
浅い堀切に出る。無名の堀だ。これを北へ登った小さな平地は「W郭?」とされている小さな曲輪で細い急な尾
根筋で北へ下る。もう観音堂の直ぐ西側だ。下りの傾斜が強まり、川の左岸に降りられるか、そのごの傾斜、下
生えの模様とりわけ倒竹等の関係は不明。W郭?とされる箇所附近で戻るのが賢明だろう。
 ※堀Cの南側、尾根筋の右側を巻く径を進むと右側に倒れた大きな根の裏とあれた斜面がある。ここれは●
128ピーク「郭」の北側を巻く径の分岐が倒木に隠され、小規模な土砂崩れで径が流された箇所だ。右側の盛
り上がりはその●128ピークだ。
 左後ろから「金毘羅社郭」の尾根筋が下って。径は尾根筋左巻きに踏みかわる。右へカーブして径が北向き
になり、●128ピーク西端の鞍部に出る。ここは五差路だ。
 五差路は@西に●128ピーク北側を巻く幅広い径、但し途中から細くなり倒木の根を跨ぐようになる。A南に
●128ピークからの尾根筋。このピークは別の「郭」と数えたいほど平坦な頂上だ。B南西に●128ピークの
南側から西を巻いて北向きに進んで来た径。C北側の尾根筋の左側を北西に巻いて進む径。D北側の尾根筋
の径。
 Dの北尾根筋の径は数歩登って直ぐ左尾根筋と右巻きにさらに分岐するがこれはすぐに合流。左下にCの径
と合流して、更に径は続く。この附近、尾根筋に径があるが、吉沢城址の範囲を外れると思われる。
 主郭、堀Aなどの言葉と位置は、千葉県所在中近世城館跡詳細分布調査報告書 U平成8年版 の記述に依
る。「郭」など括弧つきは案内子の判断による。       房総丘陵 1000