大坪山 1270

 大坪山  △124.3             房総丘陵1000
 東京湾の東海岸に真っ白い巨像が建っています。高さ56メートルの観世音菩薩立像です。

@東京湾観音(大坪山)
 佐貫町駅→0.30=0.25←東京湾観音(大坪山)
 内房線佐貫町駅下車。駅前の交差点をそのまま北へ進むと国道は線路を花御堂(はなみどう)橋で越え
る。左側に東京湾観音入口の看板が大きい丁字路を左へ曲がる。すぐ北側にはバス停観音下もある。坂道は
車輌の往復はあるが十分広いので危険はない。右側に古いトンネルを閉鎖したフェンスが見える。ヘアピンカー
ブを繰り返すと、木立越しに白い観音像が見える。食堂を右側に見ると、広いながら未舗装の駐車場が左右にあ
る。マイカー、観光バスなどの参詣者が降り立つ。ここまで全線舗装道路だ。
 駐車場から門を入ってすぐ右側が庭のようになっている。その左の外れ、案内看板の下に三角点がある。周囲
からは埋もれている。
 8時から16時半まで開覧している胎内拝観には料金がいる。北側の裾から胎内に入る。中には仏像が多数奉
られ、胎内の各所に開けられた窓から360度の展望が得られる。北側には観音会館があり、その西側は広場で
東京湾北側の展望がいい。
 道路を登って来たとき、食堂の手前にアンテナの立っている山がある。簡易舗装道を登ると千葉テレビ富津テ
レビ中継所の前に出る。ここからは南側の眺めがいい。

@ 胎内拝観もできる観音像 観光客が多数

A弁天山古墳から
 国指定史跡。主軸長86メートルの前方後円墳。竪穴式石室。
 大貫駅→0.10←岩瀬橋→0.10←弁天山古墳→0.05←国道横断(小久保)→0.15←
舗装道終点→0.05←左への曲がり(フライト地)→0.30←大坪山(東京湾観音駐車場)
 大貫駅下車。国道465号線を南へ進む。観音像の後姿が見られる。二回線路を踏み切りとガードで
越えて、バス停岩瀬の先で左へ曲がる。押しボタン式信号の脇に中央公民館の看板がある。踏み切りの手前で
右へ折れる。中央公民館=富津市大貫連絡所の大きな建物と広い駐車場がある。その東側には弁天山古墳が
ある。
 前方後円墳で、ここはまたほかの碑もあって、小久保((おくぼ)藩陣屋跡だという。古墳の中央部に階段が造ら
れ、墳墓の上に上がれる。円部の中央には覆い屋があって、その中には石棺の蓋が二つ見られる。
 南へ進んで、国道を横断する。ここにも中央公民館の看板がある。国道のわずか東側がバス停小久保(こく
ぼ)だ。横断した道を右へカーブしてすぐ左折する。これまでの狭い「路地」が広くなる。緩いカーブを繰り返し
て、田畑と住宅の点在する道路が尽きる。左側には溜池がある。
 未舗装道を進むと左には枕木の柵が立っている。緩い登りの道を進む。道が広がって、左へ折れる。直進側
には狭い踏み跡があり周囲の笹竹や草が低い。スカイスポーツのフライトに使われている所だそうだ。
 緩い登りの径の西側は高度差のある海岸なのだが、木立越しで何も見えない。緩い傾斜を上りきった所に
展望箇所があって、海側の展望がある。数箇所海側への藪径がある。浅い谷を渉るところの2箇所目では観音
像の右肩を後ろから見る。その後、緩い登りのあと、左右に径が曲がる。今度は観音像が右寄り正面に見える
位置になっている。これまでの笹竹の径に排水溝が見える。ここから樹林の中の径になる。やや急な径だ。観音
の敷地の周囲に出て右に回りこむ。
 駐車場の角に出る。ゲートに向かって左右にある駐車場の左側で、観音の敷地に一番近い角。道路に出て左
が東京湾観音のゲート。右は国道へ至る。

@ 大坪山の三角点 周囲より低い?

B富士浅間神社 〇60
 佐貫町駅→0.05←バス停仲村口→0.10←住宅地の北寄りの分岐→0.10←富士浅間神社
 佐貫町駅→0.05←バス停仲村口→0.15←富士浅間神社
 佐貫町駅下車。駅前の交差点をそのまま東へ進む。北側だけに歩道がある。マーケットの角で左へ曲がるが、
その僅か先にはバス停仲村口が見える。地図では中村だ。マザー牧場、神野寺へ行くバス路線の最初のバス停
だ。
 右側に水道部の建物のある交差点★を直進する。緩い坂を登ると、左側に新しい住宅の並ぶ道がある。その
二つ目、道路がカーブして右側に高い崖を見せる左側、真西に向いた住宅街の道路が有り、これに入る。
 小久保ダムの水面近く、フェンスと門で道路は尽きるが、その左側、フェンスに沿って更に西へ進む。小ぶりの
赤い鳥居がある。緩い登り径の右側は木立ちの先に水面が見える。左に小さな祠の先から緩く下る。再び祠
を見ると急な斜面の上に社がある。真正面からの径は急傾斜過ぎる。右に曲がり込んで社の右側から正面に廻
る。真北にも緩やかな奇麗な尾根径があるが、これには入らない方がいい。
 右側に水道部の建物のある交差点★を直進し、左側に配水処理場のあるところで左へ曲がる。すぐに路地を
右へ曲がって道なりに進む。◆高いコンクリートの崖の上に住宅の並んでいるのが見える。その左端を目指して
進む。駐車場に挟まれた狭い急な径に入る。右手には住宅地のコンクリートの崖の壁が見える。小さな分岐は右
へ進むと、住宅地の奥の空き地脇の道に出る。右側には真東へ進む道があるが、そのまま北側へ進むと二本目
の道路に出る。ここではやはり西側の端の細い急な径を登る。木立ちの間の暗い径を上りきると、小ぶりの赤い
鳥居の前に出る。こちらの径の方は、ややわかりにくいかも知れない。
 再び祠を見る急な表参道のところには南側へ下る径がある。刈り込みの悪い急な下り径を経て左へ曲がる
と◆コンクリートの崖の壁の径の途中に接続する。この径は入らない方がいい。

C小久保大塚山 ●93  (下岩入大塚山)
 佐貫町駅→0.05←バス停仲村口→0.10←住宅地の北寄りの分岐→0.10←
和たと橋北側の丁字路→0.10←鳥居の登山口
 鳥居の登山口→0.10=0.05←小久保大塚山
 鳥居の前を通過→0.05←丁字路前の民家→0.15←小久保大塚山
 佐貫町駅下車。駅前の交差点をそのまま東へ進む。マーケットの角で左へ曲がる。その僅か先にはバス停仲
村口が見える。マザー牧場、神野寺へ行くバス路線の最初のバス停だ。
 右側に水道部の建物のある交差点を直進する。緩い坂を登ると、左側にこざっぱりした新しい住宅の並ぶ道が
分岐している。道は下りに転じ左右に水田が広がり、視界が広がる。
 「和たと橋」。名前にちょっと珍しいと感じる。丁字路を右へ曲がる。なだらかな丸い大塚山が正面になる。左が
その山の斜面、右が一段下がって田畑と川。山側に消火栓があり、右側に転落防止のガードレールがある。右
側に二つ目のガードレールがあるとき、山側の崖の中に目を向ける。道路の右側はすぐ斜面なのが、この付近だ
けは右側にも木がある。
 小さな鳥居が崖の上にある。狭くて急な踏み跡をこの鳥居の元を目指して攀じ登る。階段か梯子ぐらい無いの
が不思議ほどだ。そのあとは角の欠けた階段の道が急傾斜で続いている。とても登れるものではない。右側に
小御嶽神社の石碑を見たのち、傾斜が緩む。頂上には小さな祠がある。講の字のほかは明治19年(1886年)
11月しかわからない。浅間神社だ。展望はない。東側は幅広い尾根とシイの太い木の並木だ。
 小さな鳥居が崖の上にある箇所を通り過ぎ、左側に二軒目の屋宅を見る所には、右側に別の道が丁字路型に
取り付いている。この左側の敷地に入る。右側がその家の庭で、正面の急傾斜の未舗装道■を進んでもいい
が、左側の狭い径を登る。水平に近い径を折り返す。左奥に廃車の転がっているのを見たのち、正面の径へは
進まず、左へ折れる。低い切り通し状態の径を抜ける。未舗装道のような感じだが、その道が尽きた所で右
寄りに踏み換えて尾根を辿る。この付近だけ刈り払いが悪いので藪漕ぎになるが、すぐに藪状態は薄くなる。変
わって幅広い尾根筋はシイの落ち葉に埋まり、太い木の並木になる。小さな祠の後ろ側から頂上に達する。
 正面の急傾斜の未舗装道■はナツミカン畑を抜け、山崎を右へ曲がる。山中の十字路を右折するとナツミカン
畑の上部から南側に好展望が得られる。そのまま進むと北端の東西尾根に達した峠で尾根筋に踏み変え、西へ
進む。この尾根筋が傾斜を持ち始めるとマテバシイの並木になり、小石祠に達する。

A 弁天山古墳

D磯根浅間山 △82.8
 大貫駅→0.15←中央海水浴場→0.10←道路の角→0.10←鳥居の分岐→0.05←
浅間祠のピーク
 鳥居の分岐→0.10←三角点の頂部
 大貫駅下車。国道465号線を南へ進む。観音像の後ろ姿が見られる。線路を踏切で渡る直前で右折する。
緩いカーブを持ったほぼ直線の道路の周辺は民家が少ない。記念碑、海岸橋に続いて東から道路の取り付く所
が海水浴場で公衆トイレと児童公園もある。富士見橋の先、大きな石鳥居は神明神社、参道のものだ。東側
には民家が多く、西側は漁業の関連施設だ。正面にはもう磯根浅間山の切り立った山容が遠望できる。この道
路が右手へ直角に折れる箇所では、そのまま幅広い未舗装道を直進する。
 すぐ左側に鳥居がある。さらに直進すると左側に大きなトンネルが開いている。大型車輌の往復が可能なくら
いだ。トンネルの先には幅広い未舗装道がごく緩い傾斜で左へ登っている。一周して道路は向き直る。この道路
が幅をやや狭めて傾斜がつくと、右側に鳥居がある。
 この鳥居から右へ折り返す方向の山道に入ると、一回左へ折り返す。覆い屋の中にある石祠を見たあと、小
社、祠、石碑の並ぶ浅間神社に出る。その裏が小広い庭になっている。西側には木々がわずか切り開かれて、
海とその西側が展望できる。
 鳥居の分岐から更に南へ進む。車の轍の片方が踏み跡になったと思わせる径を進む。この径で一番高い所
だと思わせる所、右側の崖の上にコースサインがあるので、足元を選んで登る。薄い樹木の中に踏み跡を
辿ると、風化した小さな石祠がある。その後も笹を分け、細い踏み跡を辿る。コンクリートの工作物に出る。鉄
塔の基礎か陸軍の「七曲砲台跡」監視所のようだが確認できない。その更に南側に三角点の石標がある。「三
角点を大事に」という白い標識が添えられている。東側には急な下りの踏み跡が見える。
 鳥居の分岐から南へ進んで、この径の一番高い所だと思わせる所から、しばらく水平な直線の径が延
びている。これが溝径になって下りかけると、小枝や草で通りにくくなる。右手の一段上に生えている幹に取り付
けられたコースサインを見てこれへ登ると、急な斜面に奇麗な踏み跡がある。これを登った所に三角点が
ある。
 鳥居の分岐からこの付近は「藪」が深い。「ボサボサ」で−わずかな距離で大坪山(東京湾観音)に通じる径に
出るのだが「山慣れない人は」避けたほうがいい。

E大坪山 東京湾観音 裏参道
 二本の道があります。どちらが裏参道かは知りません。佐貫町駅から国道465号線の道路歩きは歩道がなく
危険ですので、注意が必要です。
 佐貫町駅→(バス停観音下経由)0.20←バス停観音裏参道→0.05←住宅地から尾根へ
 佐貫町駅下車。駅前の交差点をそのまま北へ進むと国道は線路を花御堂橋で越える。左側に東京湾観音入
口の看板が大きい丁字路にはバス停観音下があり、ここは直進する。ここからは路肩の白線に枯草、枯れ葉、
土砂が多くで歩きにくい。交通量は多いほうなので、行き交う車輌に十分注意したい。バス停粟畑を経由し、ゴ
ルフ練習場の看板の大きなバス停観音裏参道で左折する。田畑や家屋の散在する細い舗装道路を道なりに進
む。新しいデザインの住宅が並ぶところで道路が左へカーブする。東電柱観音194柱と東電柱観音70柱の中
間で右手に尾根筋が山道と共に登っていて、これに入る。

E バス停観音裏参道

 E−1 北寄りの径
 住宅地から尾根へ(すぐ右へ)→0.15←東京湾観音(大坪山)
 山道に入ってすぐ分岐があり、右側の下る径へ進むと右側に水田を見る。畦道を横断する水路が
有るので足下には気を付けたい。電線が左折するところではその通り、左折すると小屋がある。ここから再び山
道になる。赤く塗られた境界杭があり、「水道管注意」の看板もある。左後の分岐の径には横断門もある。キャン
プ場への径だ。更に直進すると、矢印の書かれた標識で左へ進む。直進は狭い径で観音会館のすぐ東下に至
る径だ。
 尾根先を廻り込んでスカウトの施設の脇を抜けて三又に出る。枕木の階段があり、右へ登ると、駐車場
の観音の敷地に一番近い自販機の傍だ。

 E−2 南寄りの径
 住宅地から尾根へ(すぐ左へ)→0.15←東京湾観音(大坪山)
 山道に入ってすぐ分岐があり、左手の尾根筋を登るとすぐ下り、三又がある。右手は畑への行き止りで、左手
へ進む。右山を横切るトラバース径が右側からの沢溝で途切れる。そのまま、やや右寄りに笹で隠れた溝径が
あり、これに入る。はじめはやや左右が高い溝径だが、徐々に浅くなる。径を覆う笹も細いもので疎らなので、意
外と分けなく進める。傾斜が緩まり、幅が広がる。左側にはやや長い径が分岐している。これはキャンプ場の先、
集会広場に繋がる径でスカウトの記念のポールと旗掲揚のポールがある。その上手のマテバシイの林の中へ枯
葉を踏んで進めば駐車場奥にあった鉄塔の下に出る径だ。
 直進わずかで枕木段径の三又に出る。左へ登ると、駐車場の観音の敷地に一番近い自販機の傍だ。

F中大塚山 ○60
 大貫駅→0.10←岩瀬橋→0.10←弁天山古墳→0.10←道路横断→0.15←谷之堂→0.10←
大塚山
 大貫駅から富津中央公民館を目指す。弁天山古墳の西側が中央公民館で広い駐車場がその南側に広が
る。北側の道路を東へ進むと、小久保(おくぼ)踏切でそのまま東へ進む。小学校の東のはずれで道路を渡る。
東側の道路ではなく、その左側の狭い道路に入る。右手に水田の道で左折する。東電柱海老田362柱東電柱
海老田8柱の所だ。道路は登り坂になる。この道路の最上部には電柱と街灯が有る。南側が△77.3ピー
ク(大貫嵯峨山)だが登路はない。下った所丁字路は右に曲がり、大谷(おおやつ)と読める防火水槽のとこ
ろで左折する。右手の低い尾根に、段径が取り付いている。尾根筋の家は谷之堂(やつのどう)で右側には神社
の参道が上っている。山(さん)神社で天王様とも呼ばれているそうだ。ここの尾根の先には有線放送のスピー
カーがある。ここから東側へと水田の中へ未舗装道が延びている。この道路が左北へ曲がるところが大塚山の
北の外れで、石段が右手にある。毎年、4月に清掃されているとのことだ。始めだけは若干草が被っているかも
しれない。樹林が高くなると奇麗な踏み面の斜面になる。右側には二柱、小さな石祠がある。頂上には大きな浅
間(閨j大神の石碑がある。明治43年(1910年)のものだ。ここからは笹を分けてもう少し奥へ進める。
 字名を被せて中大塚山ととして他所と区別する。

G 三の丸と二の丸案内の径

G佐貫城跡 ○50 北上砦跡
 バス停牛房谷(ごぼうやつ)から岩富観音の境内にかけての広い範囲が城跡の範囲だという。別名 亀城
 佐貫町駅→0.05←バス停仲村口→0.05←国道十字路→0.05←バス停鹿野山口→0.05←
バス停変電所=日枝神社→0.05←バス停牛房谷→0.10←佐貫城跡・丁字路→0.10←
国道横断天祐寺→0.05←墓地(北上砦跡南端)
 バス停牛房谷→0.05←バス停宝龍寺→0.05←白山神社
 佐貫町駅からマザー牧場または神野寺行きバスに乗車。牛房谷で下車。駅から全部歩いても25分とかからな
い。バス停牛房谷の北側に佐貫城跡を案内する看板がある。左側の斜路の先は広い駐車場だ。看板の右側の
径を辿ると三の丸の標柱が有る。二の丸の標識のあと、土橋空堀の標識の左後ろに展望台の標識がある。そち
らへ進んでも東京観音像を中心にした展望が有る。
 直進すると右下へ進む細い分岐があるが、そのまま直進する。径の傾斜が緩くなると先程より広い展望のある
展望台に至る。
 バス停牛房谷より5分ほど東のバス停宝龍寺の東側には白雲水という湧水が有る。その更に東側には白山神
社の参道の石段が登っている。その上から緩い段径で登って行く。右へ折れると白山神社の社殿に至る。左後
ろにある高さ35メートル、幹周り6メートル、樹齢約1、000年の大スギには注連縄が巻かれている。
 国道に面した天祐寺の西、北上神社がある。石段を登った社殿の左の小径を辿れば唐獅子の
狛犬と小石祠の祀られた尾根筋を辿る。北上砦に繋がる支稜だ。民家裏手からの径を合わせて墓地に出る。北
上砦はその奥だが、藪が深い。

H佐貫城跡から岩富観音南参道へ
 国道十字路→0.05←バス停鹿野山口→0.05←バス停変電所=日枝神社→0.05←バス停牛房谷
→0.05←牛房谷連続の分岐路→0.05←佐貫城跡・丁字路→0.10←国道横断天祐寺
 バス停牛房谷→0.05←牛房谷連続の分岐路→0.05←来光寺→0.20←高速道君津26号南
 バス停岩富南口→0.05←高速道君津26号南
 高速道君津26号南→0.05←作木橋→0.20=0.15←仁王門
 バス停牛房谷の北側に佐貫城跡を案内する看板がある。左側の斜路の先は広い駐車場だ。東へ進むやや狭
い道路を進む。右手高速道路の下を潜ってきた道路と合流、左折すると又分岐がある。これを東へ直進するの
が来光寺への方向で高速道路が右手に並行している。また北へ左折すると牛房谷方面で東電柱宝竜寺13柱
14柱付近で左北西へ田畑の径を進むと佐貫城跡・丁字路の峠状の分岐に出る。 ○50
 高速道を潜ってその南側を東へ行く。来光寺の南側を進む。左側の斜面の上には地区の地蔵堂がある。扁額
の文字がユニークだ。高速道に並行した新道が急勾配になり、これをわずか下ると君津26の数字の読める高速
道の高架下に出る。
 佐貫町駅からバスで鹿野山、マザー牧場行きへ乗車。バス停岩富南口で下車。県道を東へ進み、直ぐ先で左
折。市道を進むと斜面が下りに転じたとき高速道の高架がある。
 高速道君津26の函渠からの案内は三舟山、岩富観音南参道の項との重複を避ける。
 国道に面した天祐寺の西側、北上神社の石段がある。ここから△116.5の北上山までゴルフ場になった広い
範囲が北上砦跡だ。
 右手の山裾を辿ると、小峠の切り通しに出る。峠から尾根筋を右手、北へ進めば石祠の祀られた足柄山だ。

I 含富里浅間参道 石段の下から鳥居を見上げる。

I二つの浅間山
 I−1 含富里浅間 ○30 足柄山 ○45
 国道十字路→0.05←参道石段下
 佐貫町駅→0.05←バス停仲村口→0.15←足柄山→0.10←参道石段下
 佐貫町駅からマザー牧場または神野寺行きバス路線が国道で交差する十字路を右折する。ここには醤油製造
会社の看板替わりの醤油樽が置かれている。東寄りには小売り部門も開店している。国道を南へ進むと左手に
石段がある。その上には朱に彩られた両部鳥居がある。桜の並木の尾根径は奇麗に手入れされ、石祠には注
連縄が張られ三猿も風化した庚申像の石塔が並んでいる。小御嶽大神の石碑を見ながら数段の石段を登ると
妻入りの社殿の前に出る。わずかな距離だ。(がんぶりせんげん)
 バス停仲村口の東側染川の橋の手前を右折、芝谷橋を渡る。小学校の正門を見送り、学校に沿って進む。南
門の三叉を左折して未舗装道に入る。タイヤの築山を左下の校庭に見る附近、右手の山裾一段高い位置に用
水路が走っていて、これが南側の小トンネルで消える。この位置に東側の山に入る小径がある。
 緩い斜面の径は直ぐに小峠に達する。東側は梅林の斜面だ。この峠北側の尾根筋へ入る。僅か進むと小石
祠があり、奉幣されている。足柄山烽火台跡だが周囲に展望はない。
 含富里浅間の石段の僅か南で国道西側の民家が途切れる。その民家裏手の空き地を北ないし西へ進むと、
未舗装道は梅林の下部で左へそれる。梅林の斜面に入って右手の山裾を辿ると、小峠の切り通しに出る。峠か
ら尾根筋を右手、北へ進めば石祠の祀られた足柄山だ。

I 古船(こせ)浅間神社 右の注連縄はイチョウのもの

 I−2 古船浅間山 ●138
 国道十字路→0.05←含富里浅間参道石段下→0.10←古船交差点
 佐貫町駅→0.05←左折(東電柱佐貫206柱)→0.10←左折(東電柱鶴岡165柱)→0.10←
古船交差点
 古船交差点→0.05←富津中央インターチェンジ入口→0.05←古船浅間神社参道入口

 含富里浅間神社前の国道を南へ古船(こせ)交差点、インターチェンジ入口交差点を経て進むと、「浅間様
の御神水」の幟幡が並び、赤い大鳥居が建つ。古船浅間神社だ。国道との間には駐車場もある。手水場の裏
の蛇口から水を汲めるようにされている
 参道の登り口には銀杏の木、2本が大きい。石段の上、拝殿の奥には彩色された本殿がある。右手には社務
所があり、参道西側のスロープは中段で階段に変わり、ここに至る。奇麗なトイレが角にある。奥社への山道が
続く。最初の赤い鳥居と石祠の位置には下りの径があるが、これには入らないこと。社殿と社務所の中間、崖の
上に出る径だ。
 右手にもう一柱、鳥居と石祠が分岐した先、小さな鳥居を潜って山頂の奥社に達する。奉献台が立派だ。ベン
チではない。大正6年(1917年)の台風によって社殿が傷み、翌年、石宮で改修したと刻まれている。木々を透
かして若干周囲が眺められる。
 大イチョウ2本 高さ22.5メートル、幹周り3.4メートル。高さ20メートル、幹周り5.6メートル。
 国道を南へ進むと浅間山運動公園という丁字路が有る。この「浅間山」は古船浅間山の鳥居からは南東に
600メートル、この丁字路からは北北東に900メートルの位置、砂取場の中、今は何も無いはずだ。高さは
170メートルほどだ。

J四等三角点黒部谷 △71.7
 佐貫城跡は東西に広い。四郭から六郭への尾根筋は狭くてわかりにくい。北側の国道から六郭附近にある三
角点峰へ進めます。
 天祐寺→0.05←南へ(東電柱亀沢30、22柱)→0.10←四等三角点黒部谷
 国道127号線を東へ進むと南側の北上川に白いガードレールが欄干になっている橋がある。亀沢中央橋だ。
その橋の南側を公道と並行している道路へ渡る。南側に数軒の民家がある。その東端から水田の谷の左岸側
の道に入る。右側に送電鉄塔63号への径が分岐している。左の水田が休耕地、放棄農地に変わると猛宗竹林
に入る。右後ろの斜面には細い径があるがこれには入らない。谷が狭まると右後ろに分岐する三叉に出る。直
進すると竹林の平地、五郭の切り通しなどに通じる。右後ろの斜路を進む。幅、深さともに1メートルほどの枯れ
た水路を渡ると六郭の平地に出る。南側は高い崖が連なっている。右の外れには幅広いが高い切り通しが見え
る。その左側の尾根筋の若干低くなった箇所へ、辛うじて登られる踏み跡が斜行している。僅かな高度差だ。尾
根筋は狭い。ここは左東へ狭い尾根筋の細い根を踏みながら登るとシイの株に囲まれた狭い尖塔が如きピーク
に三角点の標識と標石がある。周囲は切り立っている。少人数でも入れ替わりが危険なほどだ。南側の「午房
谷」の小さい地名が黒部谷だ。

K普和山 △42.2
 山頂からは素晴らしい展望が得られます。
 K−1 普和山最上寺
 大貫駅→0.10←岩瀬橋→0.05←最上寺→0.05←裏山・普和山
 大貫駅下車。国道465号線を南へ進む。岩瀬橋南詰めで左折、国道465号線を東へ進む。山裾を
左へ曲がると、北側に立派な堂宇が並ぶ。普和山(ふわさん)最上寺の山号が山の名前でいいということだった。
正面左側が本堂で右側が庫裏客殿だ。その右側から段径を登る。狭い急なもので、鉄パイプの手摺りもある。
中段の開基堂を経て山頂に登る。三角点が南北の尾根の北端にある。西側は眺めが素晴らしい。富士山も正
面に微笑んでいる。
 尾根筋のやや南寄りに一周して下る段径がある。かなり急な段径で手摺りがある。段の手入れは非常
にいい。観音堂の脇を抜けて登り口に戻る。
 「南北の尾根筋」としましたが、厳密には北東、南西です。

I 大イチョウ2本 高さ22.5メートル、幹周り3.4メートル。
          高さ20メートル、幹周り5.6メートル。測定鈴木氏。

 K−2 普和山
 岩瀬橋→0.15=0.10←普和山
 大貫駅下車。国道465号線を南へ進む。岩瀬橋南詰めで左折、国道465号線を東へ進む。直ぐ左
側道路の北側、山の中に鳥居が建つ。白旗神社(富津市資料 走水から上総国へ)(白畠神社?・住宅地図)の
社がある。段径が脇の尾根筋に延び、太いロープも垂らされている。すぐに奥社に至る。急な尾根筋には枯れ葉
があるが更に続いている。
 幅広い水平な尾根筋に登りつく。左へ尾根筋を辿ると小ピーク二つを経て、竹の覆う斜路を僅かに上って、刈り
込みの奇麗な尾根筋の肩に出る。普和山頂上の南端だ。そのまま進んだ北端に三角点があり、西側のが展望
される。

L奥庭公園
 公園の展望台「ふじみやぐら」からの眺めは素晴らしい。勿論、富士山が望まれます。
 岩瀬橋→0.10←弁天山古墳→0.05←国道横断(小久保)→0.05←観蔵寺・真福寺入口
→0.05←奥庭公園展望台
 大貫駅下車。国道465号線を南へ進み、バス停岩瀬の先で左へ曲がる。中央公民館の看板があ
る。その先に中央公民館=富津市大貫連絡所の大きな建物と広い駐車場がある。
 南へ進んで、国道を横断する。国道のわずか東側がバス停小久保だ。横断してすぐ左折し、国道と並行して南
へ進む。左側に石造地蔵立像の納められた龕のある丁字路で右折する。右側に観蔵寺の本堂、やや離れて別
堂が見える。すぐ左折すると真福寺の庫裏への裏門へ通じる道路。これに入って門石柱の手前で左折する。「お
くにわこうえん展望台」の案内看板がある。
 右手の山に「ふじみやぐら」の案内看板を見て右側の山径に入る。尾根筋を僅か辿って山頂のテラスに出る。
南西方向から海岸線を隔てて富士山、東方向まで素晴らしい眺めだ。
 尾根筋南側に分岐した小路2本は金毘羅宮へ繋がるもので、真福寺の庫裏側に下る。立派な本堂の西側、墓
地にはイチョウの大木幹周り3.8メートル、ケヤキ同3.0メートル。「ふじみやぐら」の看板の位置の正面の坂の
上に歴代住職の墓地があり、ここにもイチョウ同3.3メートルがある。
 参道の向かいは観蔵寺の参道で四国八十八霊場巡拝塔といい各霊場のご本尊が彫られた石塔が並んでい
る。壮観だ。

K 普和山最上寺の門前写真中央の庫裏客殿の右側から径があります。右端にイチョウ

M吾妻神社 四等三角点西大和田 △85.0=84.8
 ご祭神は弟橘姫の命(おとたちばなひめのみこと)です。日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の際、命を落
とした妃です。郡ダム附近から東西に連なる尾根筋は吉野小学校の北側で尽きます。その附近で峠の形で尾根
筋を横断する位置にこの神社があります。
 大貫駅→0.15←国道交差点→0.20←小学校南東側十字路→0.05←吾妻神社
 吾妻神社→0.05←谷堰南端の尾根先
 吾妻神社→0.05←補陀寺
 吾妻神社→0.30=0.25←四等三角点西大和田
 大貫駅下車。北へ進み、新田踏切で右折東へ進む。最初の交差点にはコンビエンスストアと墓地がある。大貫
駅僅か北側に東口への地下道があり、これで東口から北へ進む。コンビエンスストアと墓地のある交差点で右
折、東へ進む。
 墓地には千種新田公会堂と簡満寺が一棟で建つ。阿弥陀名号の石塔、念仏講の石塔、七体が並ぶ六地蔵尊
像と別にもう一尊、出羽三山の供養碑と時期にもよるが梵天、戦役の記念碑等が並ぶ。
 道路には歩道がないので十分な注意が必要だ。国道465号線バイパスとの交差点を越したあたりから北側に
歩行用の余地ができ、稲荷神社、宝幢寺を過ぎてから歩道が現われる。小学校の南側を東へ進むとその南東
角の十字路に吾妻神社を案内する看板が並ぶ。緩い斜路を僅か進んで石鳥居の前に出る。駐車場が二箇所あ
る。車のとき、この道路を北へ進むのは狭隘なので避けたい。
 改修なった幅広い石段の参道には逆$形に車道が絡む。右下には古い参道の石段が苔生している。奇麗な
新しい参詣者用トイレもある。
 立派な拝殿があり、摂社、神倉、大きな石碑二基が並ぶ。拝殿の左側には奥の院と書かれた標識があ
って、右側を指し示している。この裏手の土手に登ると小石碑があって、北へ尾根筋が続いている。谷堰上堰の
上流部の平地に繋がる。キョウチクトウの二樹が門をなし、鉄板の敷かれた附近から右側の茂みの中へ尾根先
を登ると小枝をかわして拝殿の脇に至る。このコースは進まないこと。
 大きな石碑日露役忠魂之碑の前を右へ進むと痩せ尾根になり、左下への細径がある。手摺りの位置にロープ
が張られた狭い径だ。右手に小堂が有る。中に社が納められている。御祭神は箱根の道了尊だ。建物の後ろの
崖には浅い横穴が穿たれ石祠が祀られている。正面の参道を下れる石段がある。吾妻神社の看板のあった十
字路のわずか東にあった補陀寺の奥の墓地の左側にある階段がこれだ。
 日露役忠魂之碑の前を右へ進んだ痩せ尾根を尾根筋のまま左へ進めば、廃鉄塔から右下に小学校の体育館
の青い大屋根を見たのち、小堂の屋根瓦を左下に見下ろす。わずか先で尾根先は途絶え、左へ急カーブしてこ
の小堂の前に下る。このコースは進まないことだ。
 日露役忠魂之碑の前から、裏側尾根の高まりを目指して進む。最初の小ピークでは左右分岐を右東へ進む。
その後は小ピーク小鞍部の緩い上下を繰り返す山径が続く。三つ目のピークの先はやや急な下りだが高低差は
小さい。次はマテバシイ並木の長い尾根筋のピークだ。次に二方に分かれる三方分山では左東へ進む。二つ小
ピークを越した後。浅い鞍部から幅広い尾根筋の上りになる。左寄りが並木、次に浅い溝径は枯れ葉が厚い。
右寄りは下生えのない土手なので、歩き易いこちらを選ぶ。右後ろから径の合流がある。細い幹を並べたベンチ
テーブルは南側の道路沿いにお住まいの方のお手製で、下れば新交番東のガス設備会社の東側の墓地脇で道
路に下る。まとまった登りは南北尾根に取り付き、北東へ曲がる。ここでは南側にも太い尾根が下っているが、
その方向へは進まない。北へ進んだ尾根径は笹薮のピークに出る。直進方向へも薮の中踏み跡が薄いながら
もあるが、右東へ折れて、薮のない尾根を進む。尾根筋の左カーブを曲がって北へ進むと北側は草の斜面にな
る丁字型のピークに出る。三角点を大切にという白い杭と石標024465がある。四等三角点西大和田だ。西側
と東側に尾根が続くが、この辺で戻ること。歩き易い尾根筋が続いている。

K 普和山山頂の三角点標と西側の展望

N大坪山烽火台跡 ●74
 僅かな距離ですが一部難路です。
 佐貫町駅→0.05←八幡街道踏切→0.15←地蔵龕の丁字路→0.15←海岸芝生の十字路
→0.10←幅広廃道→0.10←烽火台跡
 
佐貫町駅下車。南へ進む。古船に通じる左分岐(東電柱佐貫206柱)を見送り、八幡街道踏切を渡る。
 鋭角の分岐は右へ進む。耕地整理の竣工記念碑が建ち、一本北側の道路には御霊神社が鎮座、その盛り上
がりにはタブノキが太い。西側で右折した突き当りの岩龕には地蔵尊が奉られ同じ岩壁の右側の岩段の上の横
穴には天王神社が祀られている。ここは左折する。
 道路北側には阿弥陀三尊像他の尊像が丁寧に奉られた弥陀堂がある。大坪青年館、浄光寺入口の先から右
手に山が迫り、道路が狭まる。正面と右手が登り斜路の十字路を左折した先、住宅地の道路は海岸への歩道に
かわる。
 藪で囲われた二又は右へ、東京湾の景色が眺められる芝生の十字路で右折し、緩い斜面を登る。二又を左、
測量杭の脇から藪の中へ薄い踏み跡を辿る。僅かな距離で樹林の中の下生えの少ない斜面に出る。藪と山裾
の中間を北へ進む。堀切を思わせる切り通しが右手の尾根筋を切っている。北側の尾根筋に沿って進むと幅広
い未舗装道に出る。南北の尾根筋の喬木のせいで、この附近のみ藪が少ない。
 この未舗装道▼を東へ進むと密生した笹、水平に伸びた小枝、笹葉に隠された蔓に阻まれて進めない。再びこ
の道路の藪が晴れると左へカーブ、北側の尾根筋の東側にある斜面を登る。幅のある山道を進むと尾根筋の左
側に踏み替える附近、左側には小尾根が接続している。
 この未舗装道▼を東へは濃い藪のため進めない。北側の急斜面に微かに認められるケモノ径程度の危険な
踏み跡を繋いで尾根筋へ登る。マテバシイの枯れ葉の厚い尾根筋を右へ進むと幅のある山道に合流し、左折
する。

M 吾妻神社 右側が忠魂碑。

 尾根筋の左側を巻いた登り坂は直ぐ平地に出る。先程の未舗装道の延長だ。この平地には降りず、左へ尾
根筋、小山を繋ぐ。なだらかな山頂に下生えは少ない。これが大坪山烽火(のろし)台だ。展望はない。西側は
マテバシイの斜面が暗い。北東側の藪の谷は先程の「道路」だ。  房総丘陵 1000


G 佐貫城跡案内看板