滝田城跡 1550

全般                             房総丘陵1000
 県道富山( とみやま)丸山線258号線の池田大畑(大日山・御殿山)方面から主要地方道富津(ふっつ)館山
線に取り付く附近へと西方向をと眺めますと、西側の山の上部に赤い屋根のようなものが見えます。滝田(たき
だ)城の展望台(塔)です。城跡公園として整備されています。別名、根古屋城ともいわれたそうです。 ○150
(滝田城跡は第@項から第A項までです。ほかには第B項から第D項が宮本城跡で第F項は高月城跡です)

A 滝田局前 向いのJAの角に案内標識がある。

@南側から
 バス停小倉商店前→0.10(0.05)←駐車場登り口→0.20=0.15←滝田城跡主郭=櫓台
 JR内房線館山駅下車。平郡(へぐり)車庫行きバス乗車、小倉商店前下車。岩井駅から市営バス乗車。バス
停不寝見(ねずみ)川下車ののち、バス路線分を約45分南下する。
 小倉商店前のバス停よりさらに南側数分の所から西側へ曲がる。道路改良のため、細い道路とやや広い道
路が西側に取り付き、小公園がある。右側に標識が有って、その後、右、左、右に曲がるが、いずれもきちんと
標識があり、紛らわしいところれはない。この車での道を辿った場合はこれでおよそ10分だ。
 小倉商店前のバス停よりやや北側の所から西側へ曲がる。急で狭い道路をカーブして上りついた分岐点には
案内の標識が裏向きに着いている。徒歩の時はこの道がいい。およそ5分だ。
 右奥にこぎれいで小さなトイレのある駐車場に出る。左側の道路の延長上には、滝田城跡の由緒を書いた
看板があり、登り口もある。
 はじめだけがやや急な径だが、すぐに尾根筋に出て、幅のある緩やかな尾根道になる。緩やかな鞍部を繰り
返して、徐々に高くなる。段径になって再び傾斜を増して、肩のピークに出る。遠見(とっけん)山だ。小説南総里
見八犬伝にまつわる犬と姫の像がある。その説明板も有るがステンレスに書かれた文字がはがれて、読めなく
なっていたが、その後修復された。その奥に、展望台(塔)がある。鉄骨で骨組みが出来ていて、床と手摺が木
製で、朱色に塗られている。屋根は「もや」だけのものだ。西側の滝田城本丸櫓台方面を除いた三方に展望が
ある。山名の読みは(とおみ)ともされ、山は台ともされることがある。 ○120
 西側へ浅い鞍部を経てほとんど水平な径が緩く登っている。堀切、土橋という標識があって、右側にその遺構
があって、左へ径が延びているが、右側に急な階段があり、これを登る。左側の径は宮本城址へ繋がる長い径
だ。
 登りきった所はフェンスに囲われた送電鉄塔がある。八幡宮という小さな石の祠があり、櫓台という標識と、城
代一色九郎の居城だったという標識がある。右北側へ下る径が延びている。

A北側から
 バス停高月口→0.05←駐車場
 バス停滝田局前→0.05←駐車場
 駐車場→0.15=0.10←滝田城跡主郭=櫓台
 館山駅下車。平郡車庫行きバス乗車、バス停滝田局前下車。又はバス停高月(たかつき)口下車。バス停不
寝見川から約40分南下する。
 バス停高月口から西側へ入ったほうが近い。二軒の民家のために北寄りと南寄りとの二本の道があるがどち
らでもよく、駐車場入口の看板が見える。未舗装の駐車場と案内看板がある。
 滝田郵便局の西側が農協の建物で、その北側に細い道路が取り付いている。これを西へ進む。左右、とりわ
け右北側に水田が広がる道路を、道なりに直進する。この道路が正面の尾根筋に突当たって右にカーブする手
前の左手に、未舗装の駐車場と案内看板がある。
 駐車場の奥に丸太で造られた階段がある。尾根筋に出て左に曲がって尾根を辿る。土塁、虎口(こぐち)と曲
輪(くるわ)と標識のがあり、径はやや急だ。
 主郭という標識のある広場はもうすでに高く、その先に送電鉄塔が見える。広場の左側を通り抜けると急な径
を僅か登る。鉄塔を取り巻くフェンスがあり、櫓台、城代一色九郎の居城との標識がある。小さな石祠は八幡宮
のもので急な階段が東へ下っている。
 駐車場の北側には携帯電話のアンテナ施設がある。この脇の斜面から登ると踏み跡が北東方向に延びてい
る。馬場と呼ばれた東に延びた尾根の先へ緩く上る。尾根の東端部にはベンチもある。桜の苗木の植えられた
尾根筋を西へ進むと、一箇所畑地をかわして、左下に駐車場奥からの段径が登り着いている。

◎ 西之谷トンネル 東側 県道から

B宮本城跡 ●183
 地元では城山(しろやま)と呼んでいます。道の駅おおつの里花倶楽部に近いバス停熊野神社前を案内してい
るガイドブックがありますが、ここでは僅かながら異なる案内をします。頂上には大木、ホルトノキがあります。こ
こからは滝田城跡への径が有ります。その案内は滝田城跡の項に含みます。
 旧富浦町営のバス路線は朝夕の通学時以外の便は電話予約制になりました。バス停の標識は残っています
ので、場所の特定に利用します。
 B−1 バス停大庭から
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.10←バス停葉月→0.05←
バス停真瀬口→0.15←バス停宮本神社前→0.05←バス停仲尾沢入口→0.05←新道十字路
→0.05←道の駅おおつの里花倶楽部バス停花倶楽部→0.05←バス停大庭→0.20=0.15←
宮本城跡
 内房線富浦駅下車。駅から線路に沿って南へ進み、踏切を渡る。右側に旧富浦町役場(南房総市の合併後
の市役所)がある。その先で右カーブ左カーブと、道路なりに進む。丹生(にゅう)川を腰廻り(こしめぐり)橋の新
橋で渡る。河床は岩の滑滝状になっているが、川幅や落差、水量が多ければ名所にもなりうるものだ。道路の
北側は桜の並木で、歩道のアスファルト舗装面に根の配置を見せている。
 バス停真瀬口のすぐ東側を高速道路の高架が南北に走っている。ここの十字路を北へ行く丹生川沿いの道
路は木の根隧道で旧富山町と繋がっている。並行する木ノ根峠の山道が昔は南北を結ぶ重要な道だったとい
う。東京湾側は険しい山が海に迫り、海沿いの道路も幾つかのトンネルで南北を結んでいる。新しい高速道路も
この木ノ根峠の道と並行しているわけだ。
 岡本川に沿って狭い耕地が南北に延びる道路になる。バス停仲尾沢入口付近からも花卉生産のビニルハウ
スが見られる。道路と右側の川までの平地に、幾つも大きなビニルハウスが連続している。
 道の駅おおつの里花倶楽部は広い駐車場に大型観光バスを並べている。込み合っているのはその入口だけ
で、中は広い花売場だ。北側と道路の向い側の双方に公衆トイレがある。駐車場が北側にもあり、バス停花倶
楽部もある。ここで東へ曲がるのが宮本城跡への道だと大きな案内看板がある。しかし、これは無視して更に道
路を北へ進む。
 西側の道路の歩道の広いところに大庭(おおにわ)のバス停があり、ここで東へ折れる。岡本川が道路に迫っ
ていて、同じ名前の橋を渡って坂道を登る。富浦駅からバス便があるが、平日・休日・便により前日または30分
以上前の電話予約と制約も多い。車の時は花倶楽部の駐車場でもいいが、道路脇でも路肩の広いところが所
々にある。
 大庭からの坂道は十字路に出る。右側の熊野神社経由の道路から来た時、右折するように標識がある。坂
道の先で二又に出る。ここにも標識があり、左へ進む。コンクリート舗装の道路は左へ向いて急な坂を登る。水
平になると左側は枇杷畑になっている。落ち葉に覆われた狭い山道になり、右へ曲がる。
 二度目の右へ曲がるところには直進の径型があるが、それは枯れ枝などで通れない。その右折箇所に標識
はないが、こちらはきれいな径だ。左に尾根の登りの径が続く。右側の林が途切れて南西側の展望が一時あ
る。その後すぐに頂上に出る。
 山頂の広い平地の南側の西では、南西側がゆったり展望できる。手水鉢が一つあるほかには古いものは見
当たらない。「宮本城址」と彫られた石碑もわりと新しい。ここが室町時代にも遡る遺構だと説明看板がある。延
徳三年(1491年)に館山、稲村城の支城として築かれたという。東屋があるが、壊れかけているのが、残念だ。
平成3年・1991年桜の苗木が100本、植えられたということだ。中央部には林が残され、広い平地はドーナッ
ツ状にきれいに刈り払われている。山頂の東端部は幅広く下りの斜面が切り払われている。その下に大木ホル
トノキがある。
 バス停花倶楽部前→0.25=0.20←宮本城跡
 バス停花倶楽部前で右折、宮本城跡への大きな案内看板に従うと、橋を渡った最初の丁字路にはカーブミラ
ーと案内標識があって左折して前述のバス停大庭からの道と合流する。左折箇所を直進すると、熊野神社の参
道になる石段の前に出る。

B 大木ホルトノキ

 B−2 バス停池田から
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.10←バス停葉月→0.05←
バス停真瀬口→0.15←バス停宮本神社前→0.05←バス停仲尾沢入口→0.05←新道十字路
→0.10←配水場脇入口→0.20=0.15←沢源頭の分岐→0.10←宮本城跡
 富浦駅から線路に沿って南へ進み、踏切を渡る。右カーブ左カーブ、道路なりに進む。バス停真瀬口の先で岡
本川に沿って狭い耕地が南北に延びる道路になる。バス停仲尾沢入口から更に北へ進む。バス停池田の僅か
北側、十字路を右折し、幅広い新道を進む。坂本というバス停がある。平日だけの運行で、更に電話で配車を
依頼するものだ。配水場の門前に出る。その僅か先の左側からコンクリート舗装の細い道路へ入る。
 その配水場のフェンスの脇を通る。右側に民家への道路を分けるところを左へ進むと、すぐ右側の藪の中に
山道があって立派な標識がある。ここから山道へ入る。左に山を巻いて進むと、コンクリート舗装の道路が左下
に現われる。正面に尾根筋に径が有るのに、その左下の道路へ標識で導かれる。しかしすぐ又右側の山道へ
再び導かれる。更にすぐ分岐があるが、左側の緩い傾斜の径を進む。右側の尾根筋が低くなって別の尾根径
が後ろから合流する。
 谷筋が左へ径が曲がるところ、右側に分岐がある。山の切られた溝径だが、小さな落石や枯れ枝がかぶって
いる。この右分岐の径は滝田城跡の下に繋がる長い径だ。
 左から沢筋の源頭部が径を崩しているが、危険なく先へ進められる。径は北から南西へ向き直る。右側の尾
根筋がそんなに高くないと林越しに見える。それがやや高くなったところ右上の斜面の先に大木の枝が見える。
ホルトノキだが、これは気付きにくい。径は右へ鋭角で曲がる。直進にも道型はあるが、そちらは竹藪状態で人
は入れない。この付近は踏み跡が変に 狭くなっているので気をつけたい。
 径が広くなると、ホルトノキの前に出る。説明看板もある。樹齢はおよそ300年、高さは18メートル、根回りで
5.1メートル。下のほうで幹が4本に分かれている。左側に急傾斜だが幅広く刈り払われた径がある。登ると宮
本城跡の頂上の東端に登りつく。そのまま、山頂の肩を進んで左側に展望のある東屋の前に出る。

B 道の駅 おおつ花倶楽部の北側 ここよりもう一つ北側を案内します。

C宮本城跡から滝田城跡へ
 旧富浦町大津の宮本城跡と旧三芳村の滝田城跡は尾根径で繋がっています。宮本城跡からの方向が迷いや
すい箇所が多いので、宮本城跡から案内します。
 宮本城跡→0.10←沢源頭部の分岐→0.10←小石祠の191ピーク→0.35←溝径のピーク
→0.30=0.40←西之谷溜池分岐→0.15←東電鉄塔147号案内標柱→0.05←
滝田城跡主郭=櫓台
 宮本城跡山頂の広い平地の肩では、南西側がゆったり展望できる。山頂の中央部には林が残され、広い平
地はドーナッツ状にきれいに刈り払われている。山頂の東端部は幅広く下りの斜面が切り払われていて、その
下に大木ホルトノキがある。その根元の右側から下りの径が有る。左へ折り返してホルトノキの一段下を東へ
進む。右手の谷筋、仲尾沢の支沢の源頭部で径が崩れている箇所が有る。傾斜は緩いので危険はないが注意
は怠れない。このわずか東側、径が右側にカーブしている箇所の左側に分岐があり、堀割状の地形になってい
る。ここにはこれまでの道が宮本城跡だとの標識がある。仲尾沢方面から来た場合、この分岐で宮本城跡方面
を案内するものだ。
 左側の山の斜面には白いロープが垂らされている。これはコースの通過とは関係ないものだ。狭い堀割状の
径へ入ると、すぐまた左側に堀割状の地形とロープがあるが、これも無視して緩やかな傾斜の径を進む。足元
には枯葉に隠れてロープが転がっている。この付近からは滝田城跡付近まで「尾根筋を忠実に辿る」と、頭に入
れて進みたい。
 左手にベンチを思わせる岩がある。このコースでは珍しい岩石だ。緩い尾根筋を辿ると、小さなピークに達す
る。●191標高点のピークで、その東端部に風化した小さな石の祠がある。北側には梢越しに展望がある。こ
こから、やや急な上下の尾根筋が連続するこのコースの核心部になる。
 石祠の脇から急な下りになる。一旦水平になった痩せ尾根は右へ寄って背ほどの高さ、丸まった岩の「フェイ
ス」を下る。ここでは右へ寄ったとき、径がなくなったかと思わせるところで、枝にマーキングがなければ左側の
急斜面に誘われかねない。僅かな高低差だが「三点支持」を実行して危険を避けたい。このコースで「攀じ登り
の技術」が必要なのはこの箇所だけだ。再び岩を踏むところがあるが、苔を避ければ危険はない。岩を踏む
箇所はこの二箇所だけだ。
 再び小ピークを上ったのち、緩く下った肩のピークから急な下りが始まる。この急斜面の下りの途中、踏み跡
が分岐している。正面の急な下りと、右に折れる急な下りとの分岐だ。ここでは右に折れる。この急な下りのあと
狭い鞍部に着くが、再び急な登りになる。このあとも急な登りを持った小ピークを越えるがいずれも尾根筋を忠
実に辿る。
 左側に浅い堀割を持ったピークに達する。この「堀割」は北側へ下る溝状の径だ。この「溝道のピーク」から尾
根筋を東へ辿る。尾根筋は若干笹が多いところも有るが全体緩い上下になる。南側に巻き径が有って水平に
進めそうだが、できるだけ尾根筋を辿る。草木が蓋って通行不能の巻き径もある。又、倒木が尾根径を塞いでい
る箇所では、僅かだが尾根筋を外れてすぐに尾根筋に戻ること。マテバシイの並木道も進む。
 右側に尾根を置いた狭い径の後、峠状の地形に出る。右側に「三角点行き止り」の標識が下がっている。二
等三角点宮本△215.2への往復は片道でも1〜2分のものだ。下りの径は一回左へ折り返して右側に谷の源
頭部、左側に山の斜面の径になり、水平な径に変わっていく。左側の山が途絶えたところには、左北側への分
岐がある。そのまま尾根筋を南東に進んだわずか先、右下にきれいな径が分岐している。これは巻径ではなく、
西之谷(にしのやつ)溜池へ行く径だ。すぐ舗装道路に降りられる径なので、エスケープルートとしての利用が可
能だ。
 緩やかなピーク登りの右側に巻き径がある。やや枯葉が多い。この巻き径はずっと倒木が多い歩きにくい径
だが、地形はよく踏み固められて続いている。しかし、尾根筋の踏み跡も上下が緩やかで、この付近はこの尾
根筋がいい。その尾根筋の径も幅広い裸地状の斜面で右下へ下る。明瞭な径に降りる。右側は先ほど避け
た巻き径へ繋がるもので倒木が斜めに径を塞いでいる。左側は緩い下りで、こちらへ進むがやはり倒木をか
わさねばならない。ハナミョウガなどが被る径は左へカーブして行くが踏み跡が曖昧になる。行き過ぎると
北東側の崖の上に出てしまう。鞍部の地形で右側へハナミョウガを踏みながら進む。バスタブ状に掘られた
穴がある。たぶんヌタ場として利用されているのだろう。この付近、黄色・ピンクのマーキングがある。東西どち
らからもわかりにくい箇所だ。
 痩せ尾根を緩く登ると、笹に囲まれて黄色い東電鉄塔147号案内標柱がある。右側には家庭用テレビアン
テナの部品とポールが転がっている。その左側は草の薄い小ピークへの斜面で、これは●149標高点のピー
クだ。その左側に笹で囲まれた水平路が延びている。転がっているポールは「通行止め」のサインで、これを跨
ぐとピークの右側を巻く径が延びている。これは右へ曲がっていくやや急な下りの溝径だ。エスケープルートとし
て利用できそうだ。
 東電鉄塔案内標柱147号から左側の笹で囲まれた水平路を進むと、尾根筋を踏み換えて左側が尾根筋にな
る。これも痩せ尾根になって再び左側が山になると「堀切」「土橋」の看板と共に左側にかなり急な擬木の段径が
登っている。これを登ると滝田城跡の櫓台で頂上だ。送電鉄塔があり、八幡宮の石祠がある。段径の前を右へ
進めば、遠見山という展望台(塔)を経てトイレのある駐車場へ至る。

B 配水場の門前に出る。その僅か先の左手からコンクリート舗装の細い道路へ入る。

D二つの枝道と仲尾沢林道
 滝田城跡と宮本城跡を結ぶ径には幾つかの枝道が取り付いていますが、滝田城跡寄りのエスケープルートと
して使えそうな二つの径を案内します。
 D−1 送電鉄塔から
 駐車場→0.05←送電鉄塔→0.15=0.10←東電鉄塔147号案内標柱
 駐車場から西之谷トンネル南側出入口前を経て更に西へ進むと、右側に個人開設のギャラリーへの案内標
識がある。大きな水槽の脇に東電鉄塔148号案内標柱があり、その僅か先に鉄塔が見える。道路を右折して脇
道から案内標柱に従って進むと僅かで148号鉄塔の下に出る。ここから狭い切開きの暗い径を上る。やや急な
径で、左側に分岐があるのを見送って更に傾斜を強める。左へ曲がった径は水平になって、尾根筋に達する。
右側には笹に囲われて東電鉄塔147号案内標柱がある。●149標高点のピークで笹を潜る水平路を東へ進
めば滝田城跡方面だ。

 D−2 西之谷溜池から
 駐車場→0.05←送電鉄塔下→0.20←西之谷溜池→0.10←尾根筋
 駐車場から西之谷トンネル南側出入り口前を経て更に西へ進む。右側にギャラリーへの案内標識、大きな水
槽、東電鉄塔148号案内標柱があり、その僅か先に鉄塔が見える。そのまま道路を西へ進む。東電柱上滝田
97柱の脇には右に民家への道路があり、正面と左下へと向かう道路の分岐がある。正面の緩い上りの道路を
進む。アスファルト舗装道路は一回ヘアピンカーブをしたのち砂利道に変わる。左右は高い山の崖に囲まれて
いる。右側に平地があって斜路が分岐している。西之谷溜池だ。
 道路から右折し、溜池の堰に出る手前、右側に切開けがあり、これを登る。僅かで尾根筋に登り着く。地理院
の地図では尾根筋の破線は道路の崖に達して東へ向いているところだ。
 狭いが刈払いのなされた緩やかな尾根径で、Zカーブするところには右側への分岐があるが左へ直進する。
右側の尾根筋が高くなりかけると滝田城跡と宮本城跡を結ぶ尾根筋に合流する。
 そのままの向きで尾根筋を進むと正面に山の斜面を仰いで左右に道が分岐している。左側の水平路を進むと
西之谷溜池からの谷筋の源頭部を廻り込む。一回折り返して峠状の地形に達する。左手には三角点
△215.2を案内する標識がある。

D ギャラリーへの案内標識、東電鉄塔148号案内標柱があり、
その僅か先に鉄塔が見える。

 D−3 仲尾沢林道 西之谷溜池まで
 配水場脇入口→0.05←奥山仲尾沢林道分岐→0.15←東仲尾沢トンネル→0.15=0.10←
西之谷溜池
 尾根伝いに宮本城跡から滝田城跡へ向かうのはけっこう難儀な「みち」です。その尾根筋と並行して林道が通
っています。
 宮本城跡を南から目指して配水場の南側の新道を直進する。バス停仲尾沢の標識を見て仲尾沢隧道に入
る。これを出て左へ水平に進むと、右側に奥山仲尾沢林道が分岐している。未舗装道を左へ直進すると最後
の民家を後ろにして沢沿いの道を進む。右岸左岸と変わるが左へカーブしたところ東仲尾沢トンネルの西側
入口が開いている。その南側には歩道も付いている。そのまま未舗装道を進む。左側に堰の土手、右側に舗
装道路が分岐している。西之谷溜池の峠のところだ。直進すれば舗装道路で下って西之谷、滝田城跡登り口
にいたる。北側溜池方向へ進めば右側に尾根筋への径が分岐している。

E仲尾沢山 ●204 金毘羅大権現 ○190
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.10←バス停葉月→0.05←
バス停真瀬口→0.15←バス停宮本神社前→0.05←バス停仲尾沢入口→0.05←新道十字路
→0.10←配水場脇入口→0.05←奥山仲尾沢線分岐→0.10←南小山入口→0.05←
横断側溝入山口→0.10=0.05←※丁字路分岐→0.10←山頂

 ※丁字路分岐→0.15←尾根筋→0.10←金毘羅大権現

 仲尾沢隧道を出て左へ水平に進むと左に未舗装道仲尾沢林道、右側にコンクリート舗装の下り道で奥山仲
尾沢林道が分岐している。コンクリート舗装の道路は橋へ下り、急傾斜を登る。左右カーブを繰り返して水平
になると、右側には小山への斜路があり左手には畑がある。右側はソテツ畑の浅い谷に変わる。左右ともに
山になると、退避場の看板があり、道路が広い。横断側溝グレーチングの位置北側の斜面に入山口がある。
法面を登るとメダケの藪の中、奇麗に切り開かれた径があり境界見出標もある。
 すぐ二又になる。右側は境界見出標がつながり、山肌の急斜面に正対する。左は薄い踏み跡を辿って竹を
かき分ける。すぐに竹のない溝径になって右側へ折れる。「七曲がり」の始まりだ。第三曲では直進方向に下
りの径が分岐している。周囲に太目の樹木が多い。第六と第七とは距離が短い。東へ向いたやや長い斜路
が水平になると右丁字路に出る。斜面を直登してきた境界杭と再会し、左丁字路を左折する。
 右側に小高い丘を見上げたところ、溝径が右側に分岐してカーブするが、尾根筋の左肩のままでもいい。溝
径と合流して左折、直線で山頂に達する。尾根が分岐しているが山頂自身には何もない。東側ほぼ水平で下
草の多い尾根を進むと小塚に石造大日如来坐像が奉られている。天明三年(1783年)宮本村だ。風化は進
んでいない。
 左丁字路から東へ水平な径は長く繋がっている。緩く下り左へカーブする。左側からの緩い尾根筋が下って
きている。これを乗り越す。若干踏み跡が狭くなる。左右の傾斜が緩くなると道幅も広くなる。切り通しに差し
掛かって大きく左へカーブする。左側は緩い斜面で盛り上がっている。径は右巻きのままだ。右カーブして左
後ろからの尾根筋に合流する。幅のある尾根筋の気持ちのいい径になる。右ピークは馬頭観音文字塔の祭
られたもので、左側の巻き径を進む。K番の数字の読める杭が二本連続する。左下に並行して木々の中に
径型が見える。尾根径には左側からのこの径型が合流して尾根筋が緩く登る。
 正面に幅のある急斜面の径、右側は下生えや竹薮の中に踏み跡が見える。斜路を登ると石灯籠が一基、
慶応四年(明治元年、1868年)が読める。手水石もある。小振りな覆い屋の中に小さな鳥居と社が納めら
れている。奥社魂巌神社のお札が納められている。「富浦の昔ばなし」P67(生稲謹爾氏平成12年・2000
年)でいう七曲がり金毘羅大権現だ。山頂の肩にはマテバシイ、スダジイが太い。独立しているが周囲に展望
はない。東へ下る踏み跡があるが直ぐに竹薮の中で消える。

F 白山神社

F白山神社
 バス停白山神社前→0.05←白山神社→0.35=0.30←尾根分岐→0.20←西之谷溜池分岐
 バス停白山神社前から西へ進むと白山神社に至る。石段の上の社殿の右側には石祠が並び斜路が上って来
ている。左側には山車庫の背が高い。その前を通って、害獣避けの扉を開閉する。146号鉄塔への案内標柱に
したがってプラスチックの段径を辿る。この段々がなければ通行不能なほどの急斜面だ。左折して緩やかな登り
のあと、ジグザグを経て鉄塔下に達する。境内からおよそ10分だ。展望がある。一般のハイカーはこの付近を
限度に引き返すこと。
 鉄塔の下、右折して北へ、北西へ、西へ尾根筋を進む。藪に覆われた細い溝径が左下から合流してから、尾根
筋乃至右巻き径は小枝の被りが多くなる。左側に尾根を置く右巻き径は断片的に藪の覆いが繰り返される。こ
の尾根の西端、巻き尻の位置に左へ下る「切堀」がある。幅広い溝径が尾根の南側斜面を東西に走っている。
 幅広い溝径は南斜面を緩く東へ下っている。Zカーブを3回繰り返して高度を下げるが、土砂崩れのために倒
木とその後の潅木のために、通行できない。径は緩く西へ登り、左へカーブして尾根筋に達する。西之谷溜池分
岐には目印らしいものはない。左へ分岐を進むとマテバシイ並木の尾根筋になって滝田城跡へ至る。この径は
山慣れない人は入らないこと。
 白山神社前から県道を僅かに北へ進むと、この道路がクランク曲がりしている箇所がある。山が川に迫り、道
路の狭まっているところだ。北側の角、西側に小さな川と狭い道路がある。これを進むとこの川が滝になってい
る。不動の滝、落差6メートルほどだ。

G高月城跡
 バス停高月口→0.10=0.15←高月城跡
 バス停高月口下車。高月(たかつき)橋を渡った先で左折。畜産家の角には龍喜寺の案内標識があり、これ
にしたがって右折する。広い円形の平地の畑地東側は一段高く龍喜寺の境内になり、由緒の書かれた看板も
有る。東側には萬勢稲荷神社の社があり、寛政五年(1793年)の諏訪大明神の石祠が並ぶ。小枝と下草の
中に東側の山へ続く薄い踏み跡が見える。○140の山も含めて南東側が城跡だが、入らないほうがいい。

E 仲尾沢山 金毘羅大権現

H鹿島山 △137.4
 バス停物産センター前=道の駅三芳村鄙の里→0.10←バス停千代原→0.10←三坂青年館
→0.20=0.15←鹿島山
 バス停千代原(せんだいはら)下車。南房総市(旧三芳村)道の駅鄙(ひな)の里には広い駐車場と二箇所のト
イレとがあり、バス停物産センター前がある。ここよりバス一区間北側が、バス停千代原のある交差点だ。北西
には鹿島山が形よく眺められる。NTT43号柱のある交差点で西へ折れると送電鉄塔154号の前を通る。スク
ールバスのバス停三坂青年館の変則十字路で右折する。
 バス停千代原で左折した時、正面に六地蔵像の並ぶお堂の手前の十字路で右折する。ここのお堂は中堂と
いい周囲は墓地で、外には新旧数組の六地蔵像が並ぶ。堂内には如来像と十二神将像が並んでいるが、薄
暗くてよく見えないのは残念だ。道路がやや右へ曲がったところが変則十字路で、スクールバスの標識がある。
 一段高いところ右側に三坂青年館がある。入口に看板はない。左側に低い石垣があり、これに沿って西へ進
む。二又の右側がコンクリート舗装の道路でこちらへ入る。再び二又で、農業の倉庫の北側、石垣の下の径へ
入る。
 石垣のマキの垣根の途切れるところで山道へ入る。幅はあるが、水の流れる溝が中央、右、左に変わりながら
足元にあるので、降雨の後などは特に気をつけたい。一回Sカーブをして尾根筋に達する。右側の石の鳥居は
大正8年・1919年のものだ。これを潜って急坂で、また一回Sカーブをしたのち石段を上ると、鹿島神社の前
に出る。向拝の梁には龍の彫刻が見える。石灯籠は天保三年(1832年)のものだ。右東側がやや高く、踏み
跡が続いている。平地には石祠が多数並んでいる。草を分けて更に右側へ進むと、三角点がある。踏み跡は北
側へ続いて下っている。
 県道をバス停千代原から更に北進すると、東よりの集落の中に「たぶのき」の大木が見える。バス停千代の北
側で東へ入り、地蔵の石龕の角で左折、商店の北側の道で右折すると滝田公民館と広い駐車場・.運動場があ
る。公衆トイレの脇に農村公園という看板が有り、旧村の指定天然記念物、タブノキがある。高さ15メートル、周
囲6.8メートル。樹齢200年という。ここのわずか先には寺と皇神社が並ぶ。素木の一本笠木の大鳥居がある。
バス停千代原からおよそ10分でバス停千代。更に5分ほどでこの大木の前だ。

H 滝田公民館があり、農村公園という看板が有る。旧村の指定天然記念物、
タブノキがある。

I稚児塚 △210.1(改め△209.8)  四等三角点野野山
 I−1 鹿島山から
 バス停物産センター前=道の駅三芳村鄙の里→0.10←バス停千代原→0.10←三坂青年館
→0.20=0.15←鹿島山→0.30=0.25←北西分岐→0.20=0.15←大木のピーク
→0.10←市境登り口→0.05←稚児塚
 鹿島神社の右側を登ると石祠が10基ほど並ぶ。その又北東側へ進むと三角点標石がある。更に北東へ杉
林の斜面を下ると小さな鞍部に出る。右側溝径が広い。神出ヶ谷(しんでがやつ)堰と庄司堰へつながる下り径
だが、これは途中径が荒れていて、進めない。ここからK番の境界見出し標が北側尾根筋に繋がる。右寄り尾
根筋の踏み跡に対し左西側寄りに巻き径がついている。どちらも笹薮の中の切り開き径だ。この巻き径が痩せ
尾根になると自然林の尾根になる。その後西巻き、東巻きの後、K256前後の数字の付近には左下北西方向
への幅広い溝径が分岐している。
 尾根筋を辿ると大木の目立つピークを前に径は左西へ巻いていく。逆コースのとき、このピークに差し掛かっ
て南側の巻き径を選ぶこと。太い木の目立つピークにはK227前後の数字が見え、真東にも幅広い尾根筋が
延びている。
 奇麗な舗装の幅広い林道に降りて、右北へ進む。道路の左カーブの箇所でカーブミラーと14%看板の中間
だ。林道を北へ進むと、右カーブになるカーブミラーと15%看板の中間左側にある法面の北側の外れに狭い尾
根がある。市境の尾根筋で、入るとトラロープ、綿ロープをつたって急斜面を登る。三角点標石の前に出ると、
わずか離れて大正2年・1923年の文字の読める記念林の石祠が南を向いている。南側にも踏み跡が続く。
 稚児塚 房日新聞。 チゴハカ 館山と文化財。

 I−2 バス停汐の下橋から
 バス停停汐の下橋→0.15←竹ノ花堰左岸→0.20=0.15←林道カーブ→0.05←市境登り口
→0.05←稚児塚
 バス停汐の下橋から長谷寺の案内看板に従って北西へ進む。左右の田畑が住宅地に変わると、長谷寺の石
段に突当る。その右側が住宅への通路で、更に右側の道路へ進む。フェンスで囲まれた堰の上を進んで堰の
左岸へ渡る。
 左岸の径を進む。堰の水面が小さな水流になった付近、右北側斜面の傾斜が緩くなり、斜面を折り返してそ
の斜面を登る。イノシシの所為か径は荒れ、枯れ竹や小木が径を塞いでいる。尾根筋に達してやや急な径を登
ると、林道のカーブ地点に出る。奇麗な舗装の林道を左南へ進む。道路の低部から上り直して右側にカーブミラ
ーと15%看板を見ると狭い尾根筋がある。これをロープにも支えられて登ると頂上に至る。

 I−3 西之谷溜池から
 西之谷溜池→0.25=0.20←三分岐ピーク→0.05←林道カーブ(竹ノ花堰分岐)→0.05←
市境登り口→0.05←稚児塚
 西之谷溜池の南側にはピークが聳え、細い踏み跡がある。折り返して尾根筋を登ると広いピーク(西之谷観
音山)のあと小さく下る。右直登と左巻道の分岐がある。痩せ尾根で合流すると三芳村の猟区看板がある。
纏った登りのあとのピークは右寄りと正面に下りの径がある。逆コースのとき北西方向の径が広く奇麗なので、
そちらへ誘われかねない。南側正面の下りは始めこそ緩いが、狭い急な下りになって慎重に林道に降りる。
そこには特定猟具使用禁止区域という赤い看板が立っている。左東へ奇麗な舗装道路を進むと右カーブす
る。竹ノ花堰へ至る尾根径が左側に取り付く所だ。道路の底部を経て、右側にカーブミラーを見ると狭い尾
根筋があり、これを登ると頂上に至る。
 西之谷の長谷寺は北西1キロメートルの観音山にあったという。このピークと三分岐のピークらしいが、●
174のピークには堂宇が在したのではと思われる平地があるので、これを観音山と特定した。

H 寺と神社が並ぶ。(白)素木の一本笠木の大鳥居がある。皇神社

 I−4 上堀堰から
 バス停物産センター=道の駅三芳村鄙の里→0.10←諏訪神社→0.10←丁字路
 バス停物産センター=道の駅三芳村鄙の里→0.10←バス停千代原→0.10←丁字路
 丁字路→0.05←上堀堰→0.10←右岸左岸→0.10←三叉林道標識
 三叉林道標識→0.10←市境登り口→0.05←稚児塚
 三叉林道標識→0.05←峠→0.15=0.10←稚児塚
 道の駅鄙の里から西側の諏訪神社経由で、北側バス停千代原・中堂経由で、丁字路へ向かう。北側二本の
道路は西側を進み、上堀(かみほり)堰の西側に至る。右岸の道路は管渠で左岸にうつる。アスファルト舗装が
コンクリートにかわった急傾斜の道路の右側に林道の標識がある。左側に未舗装道路が分岐している。
 舗装道路を直進するとカーブを繰り返して高度を上げる。切り通しの東側には鹿島山方面からの踏み跡が下
っている。更に林道を北へ進んで左側の狭い尾根を辿って、三角点標石と石祠のある山頂に達する。
 林道標識のある箇所から未舗装道路へ進む。入口附近だけ崩落で埋まっているが、背の高い草で覆われた
幅広い道路だ。この道路が左へVターンする箇所は直進方向に下生えに覆われた踏み跡が続いている。銃使
用禁止区域の看板がある。この踏み跡へは進まず、一歩入っただけで北側尾根筋に枯れ葉や下生えに覆われ
た浅い溝径を求める。枝をかわして尾根筋に踏み替える。下生えの無い痩せ尾根を進む。浅い溝径を横断して
急登を上った先に、太い木々の並んだ向いに石祠が建ち、その後ろに三角点標石がある。

J鐘撞堂 ●166 要害山 ○170
 カネツイドウ、リョウガイヤマと呼ばれるのだそうです。昔、鐘撞堂があったというピークは●166です。その南
●137との中間が要害山だそうです。そこには枝分かれしたスダジイの太い木があります。
 J−1 北側から
 バス停物産センター=道の駅三芳村鄙の里→0.10←諏訪神社・バス停千代原→0.10←丁字路
→0.05←上堀堰→0.10←右岸左岸→0.10←三又林道標識→0.05←峠→0.25=0.20←
要害山→0.10←源頭の三又分岐
 上堀堰西側の林道を北へ進む。林道の標識のある未舗装道路へ進む。この道路は左へVターンして広い平
地に出る。西側にも小山と一段高い平地がある。
 東側の尾根へ登りつくと太目のスダジイが立ち、尾根筋を南へ進む踏み跡がある。最初の小ピークは右へ下
る。
 東側の尾根へ登らず、その山裾を南へ進むと左側の小ピークからの下り径が合流する。以下たびたび東西に
巻道がからむ尾根筋が続く。新しいコンクリート杭と頭部の欠けたコンクリート杭もある。
 切り通しと尾根の踏み替えで東側の巻き径を進むが、南西から南に向き変わるときの西側のピークが鐘撞堂
●166だ。要害山はヌタ場の穴の手前北側の巻き尻から北へ僅かな時間で頂上に達する。スダジイが太い。
内一樹は数本に幹分かれしている。幹周りは6.4メートルにもなる。西側には緩い尾根筋が見える。
 ヌタ場の穴がある径は東側から西側を巻く。笹が塞いでいると思われた東巻き径は直ぐに抜けてスダジイの
大木が径の右側に立つ。根が張っているはずの東側は崩落して径を狭めている。危険注意喚起の紐が張られ
ている。嵐の一回も直撃すれば倒れかねない。小鞍部には銃使用禁止の看板と東側斜面へ下る曖昧な踏み跡
にマーキングがある。これには進まないこと。この小鞍部の先、尾根先をSカーブして登り東巻になった径の西
側は岩が目立つ。この岩を丁寧に登った頂部にはタコツボを思わせる竪穴がある。南へ進んで、源頭の三叉分
岐がある。右側に下る径があり、直進は狭いが傾斜の緩い尾根で●137ピークに至る。

H バス停物産センター前=道の駅三芳村鄙の里 右端に特大ハンバーガー店

 J−2 東側・上堀堰から 1
 丁字路→0.05←上堀堰(手前の分岐)→0.15←小岩のピーク→0.05←源頭の三叉分岐
→0.10←要害山
 三坂から西へ進んだ丁字路を北へ進む。上堀堰に出る手前左側に分岐がある。直ぐ三叉になる。右側の尾
根筋寄りへ進む。左へカーブして下生えの少ない尾根を急登する。この傾斜が緩むと下生えの多い踏み跡の曖
昧な尾根筋になり、これを急登する。小岩が現れるようになると緩やかな尾根筋になり、右寄りに進む。小岩の
折り重なった小ピークでは最高部へ進む。そこにはかなり風化した石祠がある。この石祠の右裏側、北西方向
へ踏み跡はないが、下生えの少ない斜面を下る。鞍部からは右側へ下生えを分けて踏み跡を求める。水平に
なって梅林からの尾根筋急登の肩の位置に出る。左側への急登僅かで●137のピークだ。コンクリート杭が4
メートル離れて二本ある。右側へ下る。狭い尾根を下った鞍部は源頭の三叉分岐だ。左折は涸れ谷の右岸を
下る。右直進は(タコツボ)山の東巻き径で、小岩の目立つSカーブを下る。
 小鞍部を経て尾根の右側を巻く径にはスダジイの大木が脇にある。小さなヌタ場の穴の先で左側には緩く尾
根筋が上がっている。ここでは左へ上がると僅かで要害山に達する。スダジイが太い。西側には緩い尾根が見
える。

 J−3 東側・上堀堰から 2
 丁字路→0.05←上堀堰(梅林)→0.20←源頭の三叉分岐→0.10←要害山
 三坂から西へ進んだ丁字路を北へ進む。上堀堰の北西側には梅林がある。谷からの水を排水するグレーチ
ングが計二本、道路を横断している。南側には明瞭な踏み跡が見えるが、これには入らない。北側グレーチン
グの右岸相当位置から、梅林の奥の笹薮をひと漕ぎして林の中に入る。尾根の末端部へ登り、下生えの少ない
尾根筋を忠実に辿る。鞍部を一回経て急登した肩には、左側に水平な踏み跡があるが、そのまま直登する。●
137のピークにはコンクリート杭があり、右側へ下ると源頭部の三叉分岐だ。左折は涸れ谷の右岸を下る。右
直進は(タコツボ)山の東側を巻いて小岩のSカーブ、小鞍部、ヌタ場の穴、左直登分岐を登って要害山へ至る。

H 三坂青年館は右手 石垣の前を左へ進む。

 J−4 正木堰から 1
 那古船形駅→0.10←那古寺駐車場→0.05←東側登山口→0.10←那古小学校正門前
 バス停那古小前→0.05←那古小学校正門前
 那古小学校正門前→0.05←十字路→0.25←三叉分岐小原340柱→0.10←痩せ尾根
→0.10←小岩のピーク→0.05←源頭の三叉分岐→0.10←要害山
 那古船形駅から那古寺を経て周回コース東側の登山口へ行く。更に東へ進むと、「とれたて市場」への道路か
ら右側に分岐して住宅地の道路を進む。絵画で彩られた地下道で国道を潜ると左には白岩弁財天がある。プラ
タナスやイチョウの大木が見られる那古小学校の敷地の南側を進んで正門前に出る。バス停那古小前から北
へ進んでもこの正門前に出られる。校庭東側の道路を北へ進むと右へ曲がって十字路に出る。東電柱小原
10柱。ここには鉱泉の案内看板がある。
 十字路を北へ進んで二つ目の右丁字路を右折する。左側に一軒目の温泉、正木下堰への分岐、右側に二軒
目の鉱泉の看板を見た後、正木上堰の脇を通る。右側の椰子の木とカイヅカイブキの並木、細い三又分岐が
あり、右へ進む。小原340柱。
 左右に住宅や別荘が散在する道路は傾斜を得てコンクリート舗装になると、左側に二階建てがあって道路が
尽きる。そのままの方向で一段上ると右側に竹薮を切り開いた幅広い径が水平に繋がる。左側に狭い尾根の
鞍部に取り付く。痩せ尾根は左右とも進行が可能だ。
 竹薮の平地から痩せ尾根を左北へ、最初は緩いが登るに連れて強まる傾斜の斜面を進む。肩の位置に登り
つくと、その先には小岩の折り重なりが見える。右巻き径を選ばず、左直登を選んで進む。岩にもたれて風化し
た石祠があり、やはり風化した石祠がもう一柱、最高部にある。
 この小岩のピークから石祠の左裏手、北西方向へ斜面を下る。鞍部からは右側へ踏み跡を求め梅林からの
尾根筋急登の肩に出る。左側への急登僅かで●137のピークだ。右側へ下った鞍部は源頭の三叉分岐だ。左
折は涸れ谷の右岸を下る。右直進は山の東側を巻いて小岩のSカーブ、小鞍部、ヌタ場の穴、左直登分岐を登
って要害山へ至る。

 J−5 正木堰から 2
 三又分岐小原340柱→0.15←源頭の三又分岐→0.10←要害山
 右側の椰子の木とカイヅカイブキの並木、細い三又分岐がある。小原340柱。左へ曲がるとオートキャンプ場
の入口がある。左奥がキャンプ場で、右側へ進む。墓地の脇を抜け、左側に「山頂」を案内する標識と分岐を見
送る。果樹園の中を通って、源頭部の谷の下生えの中をジグザグで登る。溝径になって尾根先の分岐点に達す
る。右東寄りにも径があるように見えるが、いずれも下生えに阻まれて径は繋がらない。左北へ尾根筋を辿
る。
 山の左側を巻いてマテバシイ並木の広い平地に出る。右側には土塁を思わせる盛り土がある。下生えの多い
林の端を進むと左側の山が高くなる。これが(タコツボ)山で、源頭の三又分岐に出る。右側は狭い尾根筋で●
137ピークへ。左側は山の東側を巻いて小岩のSカーブ、小鞍部、ヌタ場の穴、左直登分岐を登って要害山へ
至る。
 マテバシイの並木のある平地は曲輪ではなかろうか、土塁のような地形もある。これは専門家による御調査、
御報告を待ちたい。
 オートキャンプ場入口には関係者以外立入禁止の看板がある。進入できないときは前項に依って尾根筋を目
指したい。

I 三坂から西へ進んだ丁字路を北へ 左が奥山仲尾沢林道 これを進む。
上堀堰に至る。

 J−6 正木堰から 3
 三又分岐小原340柱→0.15←無名峰山頂→0.05←(タコツボ)山=源頭の三叉分岐→0.10←
要害山
 オートキャンプ場の入口から右側へ進むと左側に「山頂」を案内する標識と分岐がある。これに従って進み、
やや急な坂径を左折右折をして北向きの尾根筋に達する。右側が平地になるが、左側の尾根筋を目指す。北
東、北側と狭い尾根筋を進んで山頂に達する。境界杭と小岩の狭い山頂だ。
 北東方向を見下ろすと倒木に隠れた先に尾根筋がある。急な下りで尾根筋を進むと僅か上って山頂に出る。
タコツボを思わせる小さな竪穴が掘られている。東側には斜面の下に径が見えるが、急すぎる。南東側へ急斜
面を滑り落ちれば源頭の三又分岐だ。北東側へ岩の斜面を転がれば小岩のSカーブだ。小鞍部、ヌタ場の穴、
左直登分岐を登って要害山へ至る。
 オートキャンプ場入口には関係者以外立入禁止の看板がある。進入できないときは前々項に依って尾根筋を
目指したい。

 J−7 御狩堰から
 バス停那古小前→0.05←那古小学校正門前→0.05←十字路→0.10←御狩堰
 バス停正木原→0.15←御狩堰
 御狩堰→0.05←丁字路小原60柱
 バス停物産センター=道の駅三芳村鄙の里→0.10←諏訪神社→0.15←丁字路小原60柱
 丁字路小原60柱字路→0.15←左分岐→0.25=0.20←十字路→0.25←痩せ尾根→0.10←
小岩のピーク→0.05←源頭の三叉分岐→0.10←要害山
 那古小学校の正門から校庭の東側の道路を北へ進む。右へ曲がって十字路に出る。更に直進して御狩(み
かり)堰の丁字路を左折する。バス停正木原から北へ進んでもこの御狩堰に来られる。北側に住宅の点在する
農地の道路の丁字路のひとつ、東電柱小原60柱で左折する。ここまでは道の駅鄙の里から西へ進んだ諏訪神
社の十字路から市境を越しても来られる。
 丁字路を北へ進んですぐ、岩壁の下を右に折れる。小原67柱の奇麗な二階建ての住宅の前で右折、前を通
る。倉庫手前の尾根先、梢の下に山道が隠れている。はじめは刈り払いが悪いが、ソテツ畑の脇から電気牧柵
の脇を進むに連れて奇麗な径になる。この電気牧柵の北端には西からの農作業道がある。梅林と枇杷畑の脇
を抜けて、右カーブする。果樹園を右側に見て下りかけると分岐があり、左へ進む。
 竹の中の切り開き径から緩い登り傾斜の径になり、笹薮を抜ける。右側に低いピークを置いた巻き径からハラ
ンの脇の径になる。左へ尾根筋を巻くとカーブで下り、左へ直角に曲がる斜面を下る。東側にやや離れて柑橘
系の果樹園が見える。痩せ尾根の径になって左側の溝径が倒木などで進めない箇所は右側の土手を進む。
痩せ尾根の鞍部では左手に幅広い竹藪の切り開き径が見える。これは住宅・別荘地からの道の取り付きだ。こ
こまで東側に下れそうな径が2,3あるが、いずれも下生えが覆っている。
 竹薮の平地脇の鞍部から痩せ尾根を北へ、緩い傾斜が登るに連れて強まる斜面を進む。小岩の折り重なっ
ているピークは左直登を選ぶ。風化した二基目の石祠が最高部にある。
 この小岩のピークから石祠の左裏、北西方向へ斜面を下る。鞍部からは右側へ踏み跡を求め梅林からの
尾根筋急登の肩に出る。左側への急登僅かで●137のピークだ。右側へ下った鞍部は源頭の三又分岐だ。左
折は涸れ谷の右岸を下る。右直進は山の東を巻いて小岩のSカーブ、小鞍部、ヌタ場の穴、左直登分岐を登っ
て要害山へ至る。

J 御狩堰から北へ進んで、ここで左折します。丁字路小原60柱

   房総丘陵1000