城の天守閣は市立博物館分館です。早春は梅。春は桜。初夏はツツジで山が彩られます。孔雀園には純白
の孔雀もいます。 房総丘陵1000
沼のサンゴ層。本来水面下にあるサンゴが隆起して露出しているものです。
沼のビャクシン。十二天神社の境内にあります。樹高17メートル幹周り、6.75メートル。樹齢800年枝ぶり東
西20メートル、南北24メートル。樹勢は盛んです。この二者はハイキングコースの標識が住宅地農地の道路に
確実についていますので、城山の南西側を気軽に歩かれます。(市と花海街道e−旅研究会によりウォーキング
コースが設定され@城山のみちAヒカリモのみちB赤山のみち各5キロです)
洲崎神社自然林。洲崎神社の杜になる自然林、下段がタブ、中段がスダジイ、上段がヒメユズリハの林です。
サイカチ。市立図書館の近く。樹高8(7.82)メートル、幹周り4(3.93)メートル。根元回り6.6メートル。樹
齢約1000年。元禄大津波−十六年(1703年)のとき、この木につかまって命拾いした人もあったという。その
当時から相当の大木だったようで、平成26年(2014年)2月に館山市から文化財指定を受けました。残念なこ
とに令和元年(2019年)の台風により倒壊しました。他所から実生の苗を受け、倒木から出た若枝を接木して
令和5年(2023年)4月相応に成長しているそうです。
弁財天のタブノキ。バス停館山航空隊で下車。北へ進んだ鷹ノ島に弁財天が祀られています。境内にはタブノ
キの大木が10本あります。標高16.7メートルしかありませんが、鬱蒼とした森内のコースが裏へ続いています。
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| @ 公園の孔雀園には白い孔雀も |
内房線館山駅下車。橋上駅の一階には大きなトイレがあり、有料駐車場が近くにあるのは東口も西口も同
じだ。東口駅前広場の北側にJRバス関東と日東バス館山航空隊、なむや行きと高速バスの乗車場が有る。そ
の東側の道路をわずかに北へ進んだ所には日東バス始発路線の待合所がある。
@館山城 城山公園 ○65
館山駅→0.25←バス停城山公園入口→0.10←天守閣
館山駅下車後、バスを利用してもいい。JRバス関東洲崎循環線アロハガーデンたてやま、フラワーパーク等へ
行く1号線または日東バス館山航空隊行きに乗車。立派なバス停の標識は表裏がそれぞれの会社の時刻表に
なっているユニークなものだ。
駅前から国道に出ると歩道がないので、国道まで出ないで直ぐ南へ進んで国道に並行した西側の道路を進む
といい。踏切で国道に出る。すぐその西側の道路へ進む。三福寺橋で西側へ渡った道路では、季節が
合えばソメイヨシノと錦鯉とが眺められる。汐留橋からは県道を進む。
城山公園には広い無料駐車場があり、花見などのトップシーズンには臨時駐車場も増設される。奇麗な公衆ト
イレもその一画にある。主な道は二つある。右側に分岐する坂道は途中で館山市立博物館本館への道を右側
に分ける。傾斜を増して左にカーブして、茶室の前から階段の登ると山頂の平地に出る。右側に浅間神社の小
社が、左側には天守閣が建っている。
駐車場から左寄り直進する坂道を登ると右側に孔雀園が有る。「緑の孔雀」の他、真っ白な孔雀もいる。ほかに
白鳩、ウコッケイ、チャボ、オシドリなど鳥舎が並ぶ。頭数は少ないがニホンザルもいる。道は右へカーブして階段
を登れば浅間神社の小社の脇から頂上の広場に出る。
天守閣は博物館分館で月曜日などが休館日だ。周囲360度の展望が得られる。博物館本館では展示物の他、
周辺の観光、文化の資料が多数得られる。
公園にはつばきの径、彫刻の径のほか、水平なコースも多い。
A城山公園の西側
A−1 大寺山 ○70
館山駅→0.25←バス停城山公園入口→0.15←バス停西ノ浜→0.05←総持院先師墓地
→0.20←水槽の脇
バス停西ノ浜から南へ進むと左右に寺院が並ぶ。立派な門前の総持院に入る。先師墓地の裏から小尾根に取
付く。埋め戻されていない竪穴があるので足元には気を付けたい。踏み跡があるのは始めだけで、藪で曖昧にな
る。最初のピークから左側に進むと果樹園の外れにモノレールが有り、給水場水槽跡のコンクリート製の大きな
水槽が二つ並んでいる。展望はない。
先師墓地の裏の小尾根を乗り越すと右側の崖には多数の横穴が穿たれている.。大寺山(おおてらやま)洞穴
だ。古い葬祭の跡で、これを眺めながら進むと、南側にある天満神社参道石段の下に通じる。
総持院入口の前の道路を南へ進めば天満神社の参道の先、丁字路にはヒカリモ、サンゴ層、ビャクシンの案内
標識がある。
総持院の御霊木。夫婦樟。樹齢400年。大きい方、高さ30.5メートル、幹周り4.8メートル。イチョウも大きい、高
さ15メートル、幹周り3.7メートル。
天満神社のムクロジ。高さ24.5メートル、幹周り2.44メートル。
![]() |
| @ 花越しに見上げる館山城天守閣 |
A−2 照尾山 ○140
バス停西ノ浜→0.05←丁字路(西へ)→0.15←小橋の分岐(東電柱宮城142柱)(1)→0.15←
トンネル南側(水準点)(2)→0.05←
茂名溜池(東電柱藤原190柱)(3)・南入口(東電柱藤原187柱)(4)→0.25←バス停洲の宮
(1)小橋の分岐(東電柱宮城142柱)→0.20←照尾山(峠)
(2)トンネル南側(水準点)→0.05←南北(痩せ)尾根→0.10←照尾山(峠)(良径)
(3)茂名溜池(東電柱藤原190柱)→0.25=0.20←(三方分山)南北(痩せ)尾根→0.10←
照尾山(峠)
(4)南入口(東電柱藤原187柱)→0.10←照尾山(峠)
バス停西ノ浜から南へ進むと左右に寺院が並ぶ。総持院、天満神社の参道入口の先、丁字路を右折西へ進
む。水田を左、山や住宅を右側に丁字路を左折南へ進む。この丁字路は右折北へ進めば掩蔽壕からバス停みや
ぎに至る角だ。小さなトンネルの手前西側の蟹田川には小さな滝がある。このトンネルを潜ると左側の山肌には
壕の入口が見られる。これまでの道路が更に狭くなった所コンクリートの小橋(1)があり、西へ未舗装道が分岐
している。
三芳水道企業団の貯水池を左下に眺めると、右側の山肌は落石防止の鋼矢板が並ぶ。トンネルは長いが照明
は完備されている。トンネル南側(2)には水準点の標識があり、道路から6メートル草地に入った所に水準点
がある。
左側の溜池は茂名(もな)の溜池(テレビ番組「池の水ぜんぶ抜く」に登場した)で立派な石碑がある。(東電柱
藤原190柱)(3)その先で道路は緩く左カーブしている。その右側は幅の広い谷になっている。谷の右岸側の山
裾には山道がある。(東電柱藤原187柱)(4)
南へ進んだ茂名区民館の先、左丁字路を左折。養老橋を渡った坂の上、国道に出た南側にバス停洲の宮が
ある。
![]() |
| @ 桜花満開の山頂 |
(1)コンクリートの小橋の西側の未舗装道に入る。山裾に突当たって右へカーブしているが、ここで左側の山道
に入る。若干湿潤している。Sカーブ、Zカーブを繰り返して高度を上げると、右側に低い尾根筋を置いた緩い登り
径になる。この西側の尾根筋に登りつくと、2メートルほどの大きさの石が三個尾根筋に並んでいる。これがデイロ
クの腰掛石といわれるものだ。痩せ尾根の径の右側が高まり、右カーブすると東西方向の峠に出る。南北に尾根
がある。山頂を下った所にデーロクの足跡という大足形の凹地があるという(館山と文化財第15号21頁)こ
とだったが詳細は不明。
(2)トンネルの南側には水準点の標識がある。水準点から更に奥へ進むと奇麗な山道がある。尾根筋直前で踏
み跡は一旦曖昧になる。土の斜面に足掛かりが刻まれているのを登って南北の痩せ尾根に取り付く。下りの時は
この位置がわかりにくい。東へ進むと下生えのない「三方分山」に至るが、ここは左折北へ進む。左カーブのS70
標杭のピークが高い。緩く下った鞍部の正面のピークに踏み跡は無い。右下へカーブしながら下ると東西方向の
幅広い古道の峠に降りる。これらの山が照尾山だ。
(3)茂名溜池の堰の中央には黒御影石の石碑があり、昭和63年(1988年)の築堤であることなどが刻まれて
いる。突き当たりを右に、尾根筋への登り口がある。左へ曲り、急登で木の根や小岩を踏んで高度を上げる。堰
の延長方向も直ぐに越す。尾根筋が緩やかになると、小ピークの左を巻くことが複数回ある。周囲は笹薮だが径
自身は奇麗に刈り込まれている。広い平らなピークでは木々も笹竹もなく、開放感がある。その後小さく鞍部とピ
ークを繰り返す。右東側が裸地状態の斜面に出て、左寄りに登るとS78杭のピークに達する。東へ下れば星祭
山、北へ下ればトンネル南側(水準点)からの登路の接合する南北(痩せ)尾根箇所を経て照尾山へ至る。全体
的に径は奇麗だ。
(4)茂名の溜池のわずか西、道路のカーブ箇所、北側の谷の西側の山裾には山道がある。右岸の径は(倒木に
埋もれ通行は不能になり、以下は過去の読み物と化した)竹藪の塊の脇で一旦谷に降り、左岸へ移る。石橋の板
が転がっているのが見えるかもしれない。唯一の難所だ。左岸の径は小さい水流を踏む小径を経て、再び右岸に
なる。右下の谷への下り分岐を見送ると、左尾根筋からの径(猿山)を合流させて峠に出る。右側の尾根筋の脇
にも細い径が南へ上っている。
A−3 国司山 ○20
バス停西ノ浜→0.10←国司山
城山公園から県道を西へ進んだ先、左側に国司神社の参道=岩の階段、地蔵像を奉った横長の石龕、狭い急
斜面の道が有る。ここで階段または斜路を登る。樹齢350年と推定される大銀杏、立派な社殿が有る。その左側
からわずか登ると豊津公園と刻まれた明治41年(1908年)の石柱が有る。趣旨不明の石塔も二基ある。これ
が国司山だ。
イチョウは昭和58年(1983年)の計測でも高さ20.5メートル、幹周り3.05メートルもの大木だ。
A−4 赤山 ●64
バス停西ノ浜→0.10←バス停みやぎ→0.15←赤山
県道を西へ進んだバス停みやぎの角に赤山地下壕跡を案内する標識があり、ここで左折。プールに突き当たる
手前で右折すると、広い駐車場の先にある豊津ホールへ進む。赤山地下壕跡受付がある。総延長1.6キロメー
トルのうち250メートルが平成16年(2004年)から公開されている。壕の見学は平成23年(2011年)10月か
ら有料になった。壕内に照明はあるが慎重に進みたい。ハイカーは懐中電灯・ヘッドランプくらい自前としたい。
プールの南側は山の斜面を利用した観覧席になっている。その管理棟の陰から低いフェンスを失礼して、観覧
席東側の端部から手摺状の柵に沿って登り、最上段から伐採廃材と雑草を越えて踏み跡を辿る。西へ向かった
踏み跡は一旦東へ向き直ったのち、再度西へ向き直る。断続的に続く踏み跡を辿り、蔓、小枝、倒木をかわす。
コンクリートの基礎状のものは枯葉の積もった水槽なのでこれには入らないこと。幅も高さも充分ある壕の入口
は見るだけで入らないこと。狭い幅でカーブしている。丸い竪穴は底に枯葉が積もっているが転落の危険があり、
相当深いので近づかないこと。煙突だったと聞いた。何れも危険禁止事項の多い山中だ。この付近が頂上だが、
展望はない。コンクリート造の半壊工作物が各所に有る。径は断続的な踏み跡で、通行を阻む植物で覆われてい
るので山慣れない人は入山しないこと。又、刈り払いがなされてルートに迷いがなくなければ片道10分程のも
のだ。
| A 館山城の北側 館山神社から |
A−5 猿山 ●144
バス停西ノ浜→0.10←バス停みやぎ→0.10←三叉路→0.20=0.15←合流点→0.05←
ゲート前(道路経由)
三叉路→0.15←合流点→0.05←ゲート前(古道経由)
照尾山(峠)→0.20←鞍部→0.10←ゲート前
県道を西へ進んだバス停みやぎの西側で南へ折れる。右側に掩蔽壕を見たあと道路は三又に突き当リ、左
へ進む。そのまま道路を進めば急傾斜と左右のつづら折れを経て猿山レーダーサイトのゲート前に至る。
三又を左へ進んだ100メートル足らずの位置、東電柱宮城50柱の付近から南へ田畑の中の径へ進む。梅
の木が数本寄せられている先で、やや西に振れる。水田の南端から山道に入る。始めだけ狭い径で尾根の左側
を進むが、左カーブしてからは足元に岩が増える。Sカーブをして尾根筋に切られた溝径から竹薮の径になる。ほ
とんどが3メートル以上の幅の広い径だ。舗装道路の急カーブ地点で合流してゲート前に至る。厳重なフェンスの
周囲は回遊もできない。周囲の展望などはない。
照尾山(峠)から南へ下ると、左の谷沿いの径から右側の尾根筋へ分岐する。尾根筋を辿るとマテバシイの林
のピークを経由して北向きに下る。
下った鞍部には東西に径がある。北側の尾根筋にも右寄りの巻き径もある。ここでは岩の目立つ尾根筋を登
る。マテバシイの並木のピークから北へ進む。起伏のある平地の先、右側の竹薮を抜ければゲートの前だ。左側
の下生えの多い藪の先コンクリート土留め板の上が別荘の道路だ。右折してゲートの前だ。
レーダーサイトのゲートのわずか北側、東電柱宮城85柱の脇から東へ下って直ぐ竹薮に入る。またはゲートの
脇の別荘の道路に入り、屋宅の前に出る手前、左側の藪に入って左へ突っ切る。尾根を南へ進めば照尾山
(峠)に至る。
掩蔽壕の東側の三又にはヒカリモ、サンゴ層、ビャクシンを案内する標識がある。
頼忠寺のナギ。山門入って直ぐ右側。高さ14.5メートル、幹周り2.04メートル。
A−6 高ノ島 沖ノ島
バス停館山航空隊前→0.10←高ノ島→0.20←沖ノ島(砂州の根)
バス路線の終点、館山航空隊前から左側に基地、右側に港を見ながら北へ進んで鷹之島辨天閣の鳥居に達
する。境内にはタブノキの大木が多数ある自然林だ。山中を巡る径が複数ある。北東の角には小公園があり、
公衆トイレもある。北西寄りの山径は基地の北東角のフェンスに近い位置で、東西に向き直った道路に降りる。
わずか西側には東屋がある。その脇の廃墟は水産実験場跡で、遠巻きに眺めるだけにしておこう。
基地のフェンスと海岸に挟まれた舗装道路を西へ進んで左折すると砂州がある。ここまでの道路沿いは全て駐
車場として利用される。大きな公衆トイレが新設された。
砂州を渡ると沖ノ島への登路がある。島の中央部には休憩所とトイレがあり、南寄りに宇賀明神が祀られてい
る。タブノキの大木がここにもある。一周できる。
| A コンクリートの小橋の西側の未舗装道路に入る。 |
B真倉浅間山 ○70
バス停上真倉→0.05←バイパス交差点東石鳥居→0.05←真倉浅間山
バス停上真倉→0.10←長光寺入口石碑→0.10=0.05←真倉浅間山
バス停上真倉から国道410号線を南へ進むとバイパスとの交差点に出る。これを渡って住宅地の道路が左カ
ーブする箇所で右への狭い径へ進むと石の鳥居が建つ。痩せ尾根の岩段は苔生して、一直線にコンクリートブロ
ック造の浅間社まで続く。西側から北東方向。館山城、鏡ヶ浦、素晴らしい展望が広がる。
バス停上真倉から東へ進みバイパスを渡る。地蔵龕の丁字路を右折すれば鳥居の建つ参道に至るが、直進す
る。長光寺の入口を示す石碑の角を右折。右側の崖の端に刻まれた狭い急な登路へ進む。長光寺への道路と
の急斜面の潅木を左に、右側が草地の径は痩せ尾根、岩段の急登にかわる。中段を置いて急登を繰り返した小
社の先、もうひと登りで浅間社の前に至る。
C高野山 ○60 高根山 ●85
妙音院山門の脇にはオハツキラッパイチョウという珍種のイチョウがあります。葉に実るものは上総湊・薬王寺
にもあります。普通のものと併せて三種類の葉が混じるものです。また西側の寺院、慈恩院には里見義康の供
養塔がありますが、ここにあるイチョウのうち一本はオハツキ、もう一本はラッパイチョウだそうです。
バス停上真倉→0.05←妙音院→0.05←展望台→0.05←妙音院(高野山一周)
バス停城山公園入口→0.10←十字路→0.05←妙音院
妙音院→0.05←展望台→0.10←高根山
妙音院の境内には四国八十八ヶ所を写した霊場巡りが造られている。安房高野山八十八ヶ所だ。一周15分
ほどで廻られる。岩を穿った穴や、石を組み合わせた龕が並び、台石とあわせて66センチメートルほどの背丈の
座像が奉られている。
最高部には神変大菩薩像があり、展望台になっている。高根山への尾根径が南へ繋がっている。尾根を辿る
と、右側に火葬場の建物を見る。狭い尾根が広い平地に変わって、更に一段上ると下生えの平地に幹周り4.
3メートルにもなるスダジイが一段高い所にある。高根山だ。三柱の石祠が並んでいて、今もお祀りされている。
妙音院の西側の十字路を南へ進むと、右の山へ進む狭い径がある。その先の二又の右側は熊野神社で、崖に
穿たれた洞窟の中に社が祀られている。二又の左側は墓石の並ぶ熊野堂がある。この狭い径の分岐の西側で
は、水田の外れに建つ鳥居が南側に見える。ビャクシンの大木(高さ17メートル、幹周り7.03メートル)のある
十二天神社のものだ。
妙音院の北、宗真寺の東には小さな山が2つある。南側は御霊山(ごりょうやま○25)で南側に数段きりの石
段がある。その上は御霊神の祠があったらしい広い平地が広がっている。突き当たりの山の崖には横穴が穿た
れている。左西側の尾根が低く、ここには踏み跡があって山頂にまで繋がっている。北側の小さな山、天王山(て
んのうやま)で西側から登り口は急な斜面ですぐに頂上に達する。南側の登り口は狭い道路のカーブ箇所だが草
や小枝に覆われて進めない。岩の段径がその下に隠れている。牛頭天王の石祠が祀られていた時のものだろ
う。ともに館山城の城郭の外れで堀の跡がある。
登り口の古刹、妙音院は仮本堂の時代が長く続いた。平成24年(2012年)12月、本堂の落慶法要が営まれ
た。天平年間(729年〜749年)の開創。関東大震災で本堂が倒壊、続く戦災ではその後の仮本堂も焼失とい
う不運を味わった。ご本尊は如意輪観音だ。
| A 三叉路を左へ進んだ100メートル足らずの位置、東電柱宮城50柱の付近 から南へ田畑の中の径へ進む。 |
D星祭山 △152.0
館山城天守閣から南に見られます。県立館山運動公園の山です。高野山からこの山を経て、照尾山へ至る奥
山駆けコースも想定できます。
D−1 運動公園から
東西二本のコースで頂上に至ります。その中間にほとんど水平な縦走路があって、Aの字の形を造り、更に中
央の縦走路までの登りコースが一本あります。
バス停館山運動公園前→0.05←芝生広場前の駐車場→0.15←星祭山
バス停館山運動公園前→0.05←芝生広場前の駐車場→0.10←二面テニスコート→0.10←
星祭山
館山駅JRバス2号線神戸(かんべ)廻り安房白浜行きバス乗車、館山運動公園前下車。エントランス広場の右
端には白い休憩舎がある。屋根が尖塔を持ちステンドグラスの窓がある。その脇にも遊歩道があり、擬木の階
段を登るとわずかな時間でアスレチックの山頂に至り、公園が見渡せる。
園内道路を進むと右側に噴水池がある。道路の車窓からは見え難い。芝生広場があり、恐竜の遊具のある広
場には休憩舎とトイレがあり、道路の西側には最初の駐車場がある。ただし、園内には複数駐車場がある。右
側には多目的体育館があり、左には小年野球場への道路が傾斜を持ってうねっている。これを登るとライト側の
外野に出る。トイレのある1塁線に沿ってバックネット側へ進む。
多目的体育館北側の駐車場の西端にトイレがあり、少年野球場への階段がある。3塁側の外野から3塁線に
沿ってバックネット側1塁寄りへ進む。
改めて園内の案内看板があり、門扉を開けてAコースを登る。擬木の段径の床は舗装されている。右側から中
央の縦走路を合流させる。■間もなく大木が伐採され見通しのいい広場のある頂上に出る。その奥に電波塔が
建つ。放送局の館山中継所だ。そのフェンスの囲い、左奥には三角点が有り、戦跡の塹壕も走っている。
園内道路を進んで体育館の事務所に立ち寄れば園内の案内図も頂ける。道路の向いは左からトイレ、駐車
場、二本の登り口がある。この二本の登り口は一段上で合流して中央の遊歩道になり、縦走路に取り付く。更に
駐車場の東を左に曲がると2面のテニスコートがある。(テニスコートは複数ある)その奥に遊歩道の登り口があ
る。ジグザグに曲がることの多いBコースだが、そのために径の傾斜は緩い。中央の縦走路を左から合流させ、
ベンチと塹壕を右側に見る。小さな倉庫と大木の伐採された広場の先でAコースに出る。■ここには腕木型標識
が立っている。東電柱藤原230柱の向かいだ。電波塔が見える。
かつては前述のように、全コース過剰整備と言いたいくらいの段径だったが、令和元年(2019年)の台風によ
り全て通行不能になり、その後緑に埋もれた。復旧の見込みはない。但し、Aコースのみ電波塔へのメンテナン
ス用に応急復旧されている。荒れてはいるが、登降には差し支えない。
| C 妙音院の境内 この階段を上って、霊場巡りへ |
D−2 高野山、高根山から
バス停上真倉→0.05←妙音院→0.05←展望台→0.10←高根山→0.25←
マテバシイのピーク(●116)→0.05←星祭山
妙音院から高野山展望台へ向かう。展望台の南に高根山方面への尾根が繋がっている。
尾根筋を辿ってスダジイの大木と石祠との並ぶ高根山から更に南へ尾根筋を進む。左東側にソテツ畑が迫り、
尾根筋を右側に外す。尾根筋直登路と左右に巻き径が分岐し合流する径が繰り返される。尾根筋の踏み跡が
小さく下った時、左後ろ方向に幅広い径が緩い傾斜で合流する。これが国道方面、堰からの古道だ。この直後登
ったピークは南側にマテバシイ林の拡がる●116ピークで、ここで南西へ向いていた径は西へ向き変わる。
この●116ピークの西側の小さな鞍部では南側を巻いている径がある。逆コースの時、この巻き径の方が通り
易く、尾根筋の踏み跡の方が弱い。この巻き径はピークの東端を北へ廻り込んだ所で下生えが多くて通行不
能になる。
●116西側の鞍部から小さく登った所で左へ曲がるが、右側には緩い下りの尾根筋がある。逆コースの
時、直進しかねない。赤白のコースサインがある箇所だ。
上下左右とも緩い尾根径が続くが珍しく急坂急曲がりで竹薮の中に入る。二本目の太い木の脇の地面には長
方形の穴がある。ここで左寄りに進むと、この竹薮を抜ける。
マテバシイの枯葉で覆われた幅広い斜面の中、踏み跡を辿ると塹壕が平行している。一箇所これを横断する。
放送アンテナ施設の通路に出る。右はその施設を囲むフェンスだ。
D−3 バス停上真倉、国道から
バス停上真倉→0.05←国道から分岐(上真倉742柱)→0.30←マテバシイのピーク(●116)
→0.25←星祭山
バス停上真倉から国道410号線を南へ進むとバイパスとの交差点に出る。そのまま国道の西側歩道を南へ進
む。田畑があり一段高い所に住宅が並ぶ分岐へ入る。(東電柱上真倉742柱)山裾を縫う径は倒木などで通
りにくく、一旦は畑の端を進む。堰の放水路左岸の径は藪や下生えが多い。そのまま進むとこの溜め池の上流に
達する。意外な大木(マテバシイ幹周り3.6メートル)がある右股の枝沢には入らず、水際を進んで細い本流の左
岸を進む。山が迫り、一旦右岸の平地に移る。これも斜面が迫り、沢筋に入る。
自然の沢ではない。左右の岩壁が奇麗に削られた溝径で、足元も均されている。水苔などで滑りやすいので注
意しよう。溝径の正面が倒木などで覆われて進入できないところ、左側にSカーブする急坂が分岐している。この
左分岐に入って右折すると先ほど見送った溝径上部の合流点に出る。幅広い径が緩い傾斜で南西へ延びてい
る。
右手の山が低い尾根筋にかわり、薄い踏み跡が見える。高根山、高野山方面の尾根径だ。そのまま南西方向
へ直進し、小さく登るとマテバシイのピーク(●116)に出る。
尾根筋を西へ辿って、星祭山へ至る。
| D 星祭山 運動公園内 二面テニスコート奥の登り口 |
D−4 照尾山から
照尾山(峠)→0.10←南北(痩せ)尾根→0.10←曲がりのピークK77→0.20=0.25←星祭山
照尾山の峠部から東へ尾根筋を進む。小さなピークを巻いた先の尾根筋では照尾トンネル南側の斜面が見下
ろせる。右下に曖昧な下り分岐を見たのち、小さな岩の混じる急な尾根筋を登る。これまで数字が横に書かれた
コンクリート杭があったが、裸地状の三方分山ではこれが目立つ。S78と読める。右側南西方向にも尾根が見え
るが、左側東へ緩く下る。林の中の尾根を緩く上って小さなピークに至る。K77の杭のある曲がりのピークで北
東方向に向き変わる。K81の杭の右手、南側は緩斜面だ。K85の杭の下附近には横穴がある。次の浅い鞍部
の左側はそこへ通じる塹壕だ。緩い下りと上りを繰り返した鞍部から竹藪を抜け登り一方になる。連続するコンク
リート杭の数字は3桁になるが、そののち、かすれて読めなくなった。
右折して裸地状の急斜面を登るとマテバシイ並木の肩ピークに達する。狭い切り開きがあって径は複数、ネット
状になっている。高い位置を進んだ先、三角点標石がある。放送アンテナ施設裏のフェンスの脇になる。50数本
のコンクート杭を数えるほか、紛らわしいところはない。(数字は読めなくなった)
妙音院から星祭山、三つ石(デーロクの腰掛石)又は猿山を結ぶロングハイキングコース、奥駈道が想定され
る。
D−5 洲宮城跡 ●138
星祭山→0.25=0.20←K81・曲がりのピークK77→0.15←堀切(東)
館山運動公園の遊歩道の奥、星祭山の更に南西K77杭のある曲がりのピークがある。このわずか東側のK
81杭の位置は緩やかな鞍部で、南側には幅広い斜面がある。(杭は埋まっていてK8までしか読めないかも)
木々も下生えも少ないことを幸いに小枝を避けてこの斜面を下り、平地に至る。
南側の低いピークへの幅広い平らな鞍部になっていて、右寄りから登る。その後尾根筋が狭くなると踏み跡が
濃くなり、南へ進む。
小さく登った坂の陰に小さな鞍部があり、もう一登りした位置に堀切り(東)がある。工夫して堀切りの西側へ
登る。
主郭の平地の左肩はマテバシイの株が太い並木だが、竹が多くなり進みがたい。主郭の平地の右肩は小木の
小枝だがうるさく、奥へは進みがたいが、右一段下に腰曲輪だろうか水平で幅を持った道路状の平地が西へ向
っている。小木も下生えも少なく容易に進められる。右側の小さな高まりのある切り通し状の地形が堀切り(西)
だ。その北側、急斜面の先には尾根筋が見える。
二つの堀切りを見て戻ろう。
E兎尾山 ○70
バス停安房神戸→0.05←山中の十字路→0.10←山頂
バス停安房神戸の北側の丁字路の北側に常楽山萬徳寺の駐車場がある。境内を目指して斜路を登る。急な
坂道の最後の左折箇所には涅槃仏拝観料を申し受ける受付がある。成人お一人500円だ。拝観の場合はここ
から南側の好展望を眺めながら奥へ進む。供養の関連品の売店から仏像の正面に廻る。
最後の左折箇所は登路、拝観路、左側の管理用道路ともう一つ竹薮の中への細い径の十字路■だ。この登
路延長方向の細径に入る。物置等のある平地の幅広い水平路に変わり、マテバシイの枯れ葉を踏んで進む。
左側には少々高い尾根が連なっている。この径が狭い径に変わる。気の短い方はこの附近で左側の急斜面へ
無理登りをしても危険は無いが、踏み跡らしきものは無い。
再び幅広い水平路になると左へ曲がり込む。左後ろ西方向の斜面には踏み跡がある。東方向は狭い水平な尾
根筋が下生えの中に続いている。ここでは西方向の斜面の踏み跡を辿る。
最高部は水平な平地でその端部にはスダジイ二本が太い。石祠があるように聞いたが、愚鈍な案内子には見
つけられなかった。戻りは往路でいい。
西へ進むと倒竹地獄を強行して配水タンク、壊れた仮設トイレ脇から管理用道路に出て、仏像裏手から先ほど
の十字路■に出る。
| F 布沼浅間山 右手の白い幹が椰子の木 写真では認めがたいが鳥居が見える。 |
F布沼浅間山 ○50
バス停洲の宮→0.10←バス停洲宮口→0.05←山頂
バス停東光寺前行きは便数が少なく、利用は出来ない。バス停洲の宮から西へ進むか、バス停洲の宮とバス
停安房神戸の中間の西丁字路を西へ進み、バス停洲宮口を目指す。バス停洲宮口から西へ進むと直ぐ右北
側、ヤシの高い木が並んでいる。コンクリート舗装の斜路の先には素木の鳥居があり、階段の参道が始まってい
る。斜路になって右ひだりへ折れて直ぐ、石積みの上に祀られた石祠の前に着く。明治13年(1880年)のもの
だ。最近の伐採か、お陰で南側の展望が素晴らしい。
G砂山 ○70、座席山 △87.1
バス停洲の宮→0.10←バス停洲宮口→0.10←バス停東光寺前→0.10←小原橋→0.10←
館山カントリークラブ北側入口西側
バス停ゴルフ場入口→0.10←館山カントリークラブ北側入口西側
館山カントリークラブ北側入口西側→0.10←尾根分岐→0.05←山頂
小原橋→0.05←砂の斜面対峙
バス停東光寺前行きは便数が少なく、利用は出来ない。バス停洲の宮、又はバス停安房神戸から目指す。
バス停東光寺前にはバスの回転場のほか、参道の東側には参詣者用の駐車場が広い。道路の二又は二度と
も右を選ぶ。小原橋北詰めで道路は左へカーブする。この右側の盛り上がりが座席山の斜面だ。館山カントリー
クラブの駐車場越しにクラブハウスを眺めた先、右側の未舗装道に入る。★東電柱坂井152柱。もう砂の斜面と
岩山、緑の山頂が手に取るように正対している。
バス停ゴルフ場前行きは南房総パラダイス方面への路線で便は少ない。バス停ゴルフ場前から北へ緩やかに
登る広い道路を進み、クラブハウスの東側から北側入口の丁字路に出て僅かに西へ進み、右側の未舗装道に
入る。★
ドクウツギの木の実を食べないようにとの注意看板の脇から砂の斜面に入る。右寄りの草の中に踏み跡を求
めた方が歩きやすい。砂の斜面を離れ、岩の谷を左に見送って松の若木から岩を登ると尾根筋に達する。
西へ尾根筋を辿れば砂の斜面からの峠だ。北東側がもっと広い砂の斜面になっているのが眺められる。この
附近が砂山だ。
東へ尾根筋を進めば小タワのあと急登僅かで小枝をかわしながら座席山、山頂に至る。馬蹄形の窪みを持っ
た山頂を見たが三角点標石は見つけられなかった。展望は無い。
小原橋から北へ進んで、最初の支流に沿った道を進むと砂の斜面の下に出る。小川の先、砂の斜面は急す
ぎて取り付けない。
| G 館山カントリークラブ北側 砂山 |
H天神山 ○20
住宅地の平地の真中にあり、市街地の一ブロックほとんどが小山を成しています。
バス停市営住宅→0.05←山頂
バス停市営住宅の西側は海員学校の角だ。これを南へ進んだ山のあるブロック北側の道路を東へ進む。山の
北東側(東電柱大賀206柱)に斜路がある。Fケーブル(被覆電線の一種)が手摺のように張られている。東西二
つの峰の中間の鞍部にはイチョウの太い木がある。ここ見は南側からの踏み跡もある。西へ登路が繋がる。コ
ンクリート階段が数段あって山頂になる。そこに何かがあったのが撤去されたのだろう。北西寄りにわずか進む
と湾が望まれる。
I香浅間山 ○110
毎年、五月三十一日に開山祭が執り行われます。
I−1 浅間神社から
バス停浅間神社前→0.15=0.10←奥の宮
バス停浅間神社前下車。南へ入ると川の屈曲部に出る。浅間神社の石柱と香(こうやつ)集会所の門柱があ
る。広い駐車場の奥に建物が遠望される。
南側にコンクリート段径がある。立派な参道の上には石灯籠と鳥居が建つ。水平な参道を進むと左側に参集
所、右に太いイチョウ、奥に浅間神社の社殿が建つ。
イチョウの脇から細い径に入る。竹藪の中の径を抜けるとロープの張られた急坂を登る。尾根筋にかわると左
側に石造不動明王像が奉られている。
水平な径僅かで急な登りになり、太いロープの這わされた斜路が連続する。これが水平になると、左側からの
径が合流して奥の宮の前に出る。木花咲耶姫命と刻まれた横額が見事だ。天保十一年(1840年)の手水石も
ある。展望は無い。
I−2 フェニックス
バス停浅間神社前→0.05←急斜面の下→0.15=0.10←奥の宮
バス停浅間神社前下車。国道を東へ進む。北側に墓地専用の駐車場があり、その東側には海まで一直線に未
舗装道が下っている。カイヅカイブキが四本寄せられ、旗立柱、鳥居(昭和50年・1975年建立)火袋のない石
灯籠があって堤防まで至る。
この道の取り付いている向かい側やや東にずれて幅広い未舗装道がある。ただしバリケードで一般の通行は
止められている。道路の西側は畑で、東側は民家の敷地の植木の林だ。その中に特徴的なカナリーヤシ=フェ
ニックスが見え隠れしている。
緩い登りの斜路には一軒の門が接続している。右へカーブする附近で左側は竹薮にかわり、細い径が拓かれ
ている。左折、奇麗に切り払われた水平な径が続く。
左北側一段下に民家が見えた所で径は尽きる。右側の崖状の山肌に狭い足掛かりがあって、太いロープ
が垂らされている。小さく折れ曲がる登路ではロープを掴むより四つん這いになった方が登りやすい。それでも上
体は直立やや前屈みになる程度だ。
ロープ数本分登って、木の根が径を塞いでいる箇所から径は斜路になるが、ロープがやはり張られている。こ
のロープが径の脇に這わされている程度に傾斜が緩むと右側から別径が合流する。左側に折れて奥の宮に着
く。
急な登路なので、鎖場などに慣れない人は登降しないこと。
| I 香浅間山 左寄りの階段を登ると浅間神社 中央は奥の宮のある浅間山 |
J香要害山 ○80 ナナツボラ
バス停香谷→0.05←峠部→0.05←城跡主郭
バス停浅間神社前→0.10←峠部
バス停香谷(こうやつ)下車。国道に並行した南側の道路を西へ進んだ飲食店の西側に細い斜路がある。コン
クリート舗装を登ると左側に山を置いて、平らな径を進む。左に防空壕、右側に民家を見た後、峠に出る。下る
方向にも径があり、見晴らしがいい。
右南側の盛り上がりに斜路があり、その先は藪っぽくなる。山道は続いている。その右側の尾根筋にも踏み跡
があるが、これは途中断続的になる。東左側の幅広い斜路状の径を登る。右側の高まりが低くなると、平地が広
がる。主郭だと思われる。
バス停浅間神社前から西へ進んだ所に南へ進む道がある。この道路が右へカーブする手前、東電柱浜田34
柱、右側のマキの生垣のコンクリート舗装の狭い道路に入る。金剛寺の参道の前を通り、最後の民家の脇を抜
けて廻り込み斜路を登ると峠に至る。
曲輪、腰曲輪、空堀、虎口等の遺構を残す要害山・香城跡だという。香要害山城跡。
同じ飲食店の駐車場がやや離れて西側にある。東電柱塩見525注。その脇の道路を南へ進むと民家が点在
している。左側に山が盛り上がり、岩壁が覆い被さってくる。横穴が複数見える。草が足元を邪魔して接近しがた
い。ナナツボラといい、岩龕が複数、穿たれている。五輪塔が浮き彫りされているとも、横穴の数は六箇所とも、
いずれも確かめられない。
| K−1 バス停坂田の登山口 中央黄色い看板の左下にある腕木型案内標識から 左へ入る。その後、腕木型案内標識は破損して、、、、。 |
K坂田の大山
一等三角点、房の大山△193.6が頂上に設置されています。山名は五右衛門さんの持ち山だったので「ゴウ
ヤマ」が本来のもので、これが転じて房(ぼう)の大山とされ、「ふさ」は誤り。これを避けて北側の地名を被せた
坂田(ばんだ)の大山とした。房州には他にも大山と呼ばれる山がある。他には坊ノ山(県中央博物館展示
郷土
の歴史をみなおそう 東京湾の要塞化)とも。戦時中、山頂には観測所があったという。
この山は日本の山岳標高1003山に選ばれています。その山名も「大山」です。
K−1 坂田から東尾根で
バス停坂田→0.40=0.35←大山
バス停坂田下車。バス停から北西へ海岸沿いに進むと洒落た公衆トイレがあり、その隣には未舗装ではある
が無料駐車場も有る。バス停から南側へ進む道路の入口には「房の大山」への登山口を示す腕木型の標識が
有る。川に沿った道路を道なりに直進する。道路が右へカーブする。直進の先が民宿「庄次郎」の玄関になる方
へ進む。その入口の左側に標識があって、狭い径へ左折する。
径は竹薮を抜ける。やや急な径になり、岩の段も刻まれている。ロープも張られて、斜面の滑りも避けられる。
尾根筋の径になって緩やかな径になる。幅広い尾根にはここから上下共20分だという標識がある。尾根の西側
を進む径に変わってから再び急な斜面に変わる。これが一旦たわむと左後ろに波左間方面からの径が合流
する。展望のいい頂上では北側3方向の展望が素晴らしい。草地の頂上は戦時中のコンクリート遺構が半分破
壊されて埋もれていたが、背の高い草に隠されている。南側の樹木の中に径の分岐がある。東側がバス停西へ
下るもの。西側は通行止めとの標識がある。南にも踏み跡があるが、これには入らないこと。パイプと板で作られ
た小屋のようなものがあって、不潔な感じは否めない。
急な斜面が一旦たわむ箇所、左後ろから波左間方面の径が合流しているが、曖昧な踏み跡と急斜面その他
等々、入山しないこと。
K−2 坂田から西尾根で (通行止め)
バス停坂田→0.45=0.35←西峰→0.10←
大山
バス停坂田から県道を西へ進むと直ぐ左側に黒いコンクリートの門柱があり、大山登山口を示す標識があった
が、通行止めだ。以下は「読み物」と化した。
コンクリート舗装の道路を進む。藤棚の下を潜る道路を進む。未舗装道になって右側の山の中にトンネルが見
える。ここにも戦時中の壕がある。道路の十字路に出る。山頂まで50分の標識があり、ここでは左折する。分岐
を左に進むと川をコンクリート板のような橋で渡る。先ほどの分岐右側の橋がアーチ形の立派なものだと見える。
竹藪を抜けるとマテバシイの奇麗な林相を左下に眺めるゆるい上り径になる。ロープも張られた急登を経て幅広
い尾根筋のほとんど水平な径になる。右側に切開きがあって南西側の海岸が展望される。辛うじて陸と読めるコ
ンクリート標柱のあと、西峰を左へ曲がる。径に沿って小さな塹壕が複数現れるので足元には気をつけたい。右
に折れて急登して、頂上の分岐点に達する。左北側へ進むと、樹林を抜けて三角点の標石と北側三方向の好展
望がある。
このコースは残土埋め立て工事のために通行止めにされたが、工事が終了すると果樹園ほか素晴らしい自然
が再生されるという。期待したい。
| K−4 バス停西 この細い径の先は草ばかり |
K−3 バス停波左間港から
このコースはソテツ畑までのルートが不適切なので「読み物」として、行かないこと。
バス停波左間港→0.20=0.15←ソテツ畑→0.30←苔の露地→0.35=0.30←大山
バス停波左間港下車。わずか西へ進んだ南側に落石防止金網の高い道路が分岐している。これを進むとそ
の西側に金網1スパンが開いている。中の階段へ進む。急な石段の先、金網が張られていて「関係者以外の立
ち入り禁止」とされている。右側へ傾斜の緩くなった径を進むと岩壁の横穴の中に金毘羅社がある。金網の脇か
らは安全に中に進める。1メートル幅の鉄板の道は緩い傾斜で進む。これが右へ折れるとNTTドコモのアンテナ
SS新洲崎東◆が山頂にある。
バス停波左間港下車。わずか西へ進んだ南側に飲食店の駐車場が広い。その北の隅からモルタル法面防護
の上、急斜面を進む。落石防止金網のワイヤーロープの上を進むと、左側に浅い溝径状の踏み跡がある。小枝
をかわしてこれを進むと、鉄パイプの手摺りのある鉄板の径のカーブ箇所に出る。NTTドコモの施設の前に出
る。◆
アンテナ◆の山頂から小鞍部、小ピークを経て下って、ソテツ畑★の鞍部へ下る。
バス停波左間港下車。わずか西へ進んだ南側に落石防止金網の高い道路が分岐している。これを進むとその
西側、金網が途切れた先山裾の(東電柱波佐間104柱)西側が草の平地で、その中に入る。山裾を辿ると西側
にカーブ、隣接している民地のフェンスに接近する。ここで左側の小尾根の先を越える。右手は竹薮のぬかるん
だ平地で山裾は竹や低木の枝の中にケモノ径程度の踏み跡が繋がる。一段高い平地を進み二つ目の小尾根先
を越えると左手の尾根筋が見える幅広い谷だ。次の小尾根にさしかかると竹薮の中に古井戸がある。ここでこの
小尾根へ入る。かなり急だが確実に踏み跡がつながり、右へトラバース径僅かでソテツ畑★の北西端に出る。
ソテツ畑★になっている鞍部を越してその先の尾根筋を進む。最初の登りは直登か右巻きか選ぶ。その後は
尾根筋を選ぶ。山桜が多い。幅広い緩い斜面の登りと水平を繰り返す。山桜が太い。笹の尾根筋の中も山桜が
ある。笹薮を抜けると左側に広い棚田を思わせる平地と、右寄りに尾根筋が盛り上がっている。この右寄りに薄
い踏み跡を繋いで尾根筋を登る。この山頂にも山桜の木が太く多い。尾根筋を進むと木々が減って足元に苔の
張った泥岩のピークになってわずかに右へカーブする。
苔の露地から小さく下った痩せ尾根には黒い紐が張られている。根返った倒木が急登の肩ピークに眺めら
れる位置では左へ巻いて、その尾根筋を右上に見送る。左側が平地になると右側の尾根筋の先端に出る。これ
を乗り越す方向へ進むと、右側の谷筋の源頭部の平地に出る。西側の尾根筋がバス停坂田からの尾根筋で、
浅い溝径の急登斜面を登る。実際は急すぎて足掛かりの無い斜面は登れない。左右に外して表土の中に足掛
かりを求め急登を避けて小さく左右に折れながら小木の幹に頼ることになる。この急登の傾斜が緩み左はカーブ
すると、広い踏み跡になって又急斜面になる。ここが坂田からの径との合流点で、あとわずかで大山の山頂だ。
「山桜」はヤマザクラか別種かも知れない。
K−4 バス停西から
バス停平砂浦→0.05←バス停西→0.40←大山
バス停西はバス便が少ない。南房パラダイス方面行きバスで、平砂浦(へいさうら)下車、北側へ進んで出た丁
字路を東へ進む。根本青年館、根本六地蔵の東側、根本集荷所の向いのバス停西の所に、民家に挟まれた狭い
径が有る。これに入ると、左へカーブして竹薮の中に入っていく。竹薮の中の二又に出る。左右とも奇麗な径だ
が、ここは右へ進む。左側が古く放棄された田畑と思われる水平な谷を置いた径になる。右側に荒れた分岐が
ある。左側はマテバシイの林相の奇麗な径になる。ピークに出ると、大きく深い竪穴が複数ある。径に近い穴に
は手摺がある。これも戦時中からの遺構の一つだ。足元には気をつけたい。緩く下った後、急登になり、ロープも
張られている。最近の切開きらしい伐採の木々を右手に見ると、分岐のある頂上に達する。右北側へ進むと、樹
林を抜け三角点の標石と北側三方向の好展望がある。
バス停西から西へ進むと北側の山裾に鳥居が見える。細いコンクリート道を北へ進む。御嶽(みたけ)神社の
社殿の西側からは不動滝がよく見える。鳥居の下で川筋を進めば滝壷に至る。落差は約10メートルある。
バス停平砂浦ビーチホテルの北側の山裾には水で濡れた岩壁が見える。ビニルハウス、花卉栽培、野菜栽培
の畑を縫って進むと、その奥で川に出る。これを遡ると水の下に出る。「おたき」、伊戸の不動滝だ。岩壁が幅広く
濡れている。
| M 洲ア神社 左寄りに手水舎 随身門の先には急坂の石段がある。 |
L矢尻の井戸
バス停矢尻の井戸前に古跡矢尻の井戸がある。東屋の中央に「井戸」があり、記念碑が多数ある。
東屋の位置から山に入り、一段上の水平路を東から西へ進んだ後、緩い斜面を直登すると尾根のタワに至
る。しかしヤブニッケイを主に低木の枝が邪魔をして、尾根筋は辿れない。
M御手洗山 △118.9
県中央博物館展示(郷土の歴史をみなおそう
東京湾の要塞化)によると戦時中、この山頂にも観測所があっ
たという。
バス停洲の崎神社前→0.20=0.15←御手洗山
バス停洲の崎(すのさき)神社前下車。ここは安房の国観音霊場30番札所養老寺の前で保育園が併設されて
いる。境内の右側の崖には海蝕洞が有って、役行者(えんのぎょうじゃ)を祀った堂がある。階段で容易く参拝で
きる。そこでは砂、石の固まった水成岩も見られる。その脇左側には細い径が有って、これを登れば庚申像の囲
い、展望台を経て洲ア神社稲荷神社の脇から拝殿前に進められる。
バス停の僅か南側が洲ア神社の入口だ。鳥居の脇にはコンクリートで舗装された参詣者用の駐車場がある。
参詣者用のトイレも一段上にある。立派な随身門には奇麗な随身の像が控えている。高い石段は148段も有る
という。遠方からでもこの山の中腹かなり高い位置に社殿があるのが見えたわけだ。立派な拝殿の脇は玉垣が
本殿を囲っている。左側には稲荷神社があり、右側には長宮がある。
長宮の脇の石段を登ってその奥の森の中に進むと薄い踏み跡がコースサインと共に樹林の斜面に続いてい
る。これを辿るとわけなく尾根筋に達する。左に折れて尾根筋踏み跡を進んで広い頂上に出る。頂上は溝径と思
える塹壕が走り、コンクリートブロックを積んだ40センチ四方、高さ35センチのセメント塗りの標石がある。周囲
はほかにも要塞、砦の遺構が塹壕で結ばれている。ただし樹木と草、枯れ木のため安易な通行はできない。又、
周辺の展望もない。
洲ア神社入口の西側には広い道路が下っている。一の鳥居になる浜鳥居があり、更に海岸寄りには御神石が
祀られている。
メモ 神社名 立 一般 大
| N 洲崎灯台 国道から楽に眺められます。 |
N洲崎灯台
バス停洲の崎灯台前→0.10=0.05←洲崎灯台(庚申堂)
バス停洲の崎灯台前で下車、わずか北へ県道を戻る。三叉を左折。脇の道路にはその付近にある旅館の専用
駐車場が並ぶ。新築なった公衆トイレがある。その先に有料駐車場が営業している。道路を道なりに右へ曲がっ
て進むと、右側に階段があって、洲崎灯台に至る。広い草の原に腰の高さのコンクリート壁が取り囲んでいて周
囲を見るのに大人にはちょうどいい。
灯台へ至る階段の途中右側に奇麗な別の階段が取り付いている。これを進むと石像の並ぶ拝所に出る。その
右側に径が続く。お堂があって、青面金剛像が祀られ、奇麗に手入いれされている。脇のコンクリート塀は、灯台
の庭を囲む壁だ。
O吾妻神社
バス停西川名→0.10←吾妻神社上社
バス停西川名で下車、住宅地の道路を東へ進む。横長の仏龕を拝したのち、右へ緩くカーブ。ホテルの裏手
の十字路には幡立て石柱が二本建つ。左折して狭い道路に入る。右へクランク曲がりして道路は傾斜を持つ。
左手にコンクリート水槽のある丁字路で左折する。住宅地から出て藪の脇の細いコンクリート舗装道を進むと、
周囲は切り開かれ、石段の上の広場に出る。岩壁に庇が出てガラス戸がある。中には吾妻神社他多数の末社
摂社が祀られている。手水石の覆い屋から急な階段を登ると山上、吾妻神社の覆い屋に至る。中には小社
が納められている。△139.8の山の南西側に派生している小山の頂上だ。西側に好展望が広がる。
参道の工事費用の寄付者は麓のホテルのご先祖だということだった。
房総丘陵 1000
| D 星祭山 運動公園の野球場本塁の裏側 登り口の扉を開閉して、、 |
| D 星祭山 運動公園の野球場本塁の裏側 左下は水呑み場 登り口の扉が見える。 |