養老渓谷 1120

 市原市と大多喜町の境界にまたがって渓谷と温泉街があります。養老渓谷駅に近い市町境、中瀬渓谷と、そ
の南の老川(おいかわ)周辺。高滝という粟又(あわまた)の滝・養老の滝の前にも温泉があり、渓谷美を堪能す
るコースもあります。                 房総丘陵1000
 市指定天然記念物。日枝神社のオオシイ。樹種はスダジイ、小田代(こただい)の旧道に神社への案内標があ
ります。高さ25メートル。幹周り10.2メートル。樹齢1000年。

@ 夕木台駐車場入口

@養老温泉郷 夕木台 奥養老キャンプ場 中瀬渓谷
 養老渓谷駅→0.10←宝衛橋南詰め→0.10←白鳥橋への分岐→0.10←出世観音裏参道入口
→0.05←蔵玉林道三又分岐→0.25←バンガロー村西側道路駐車場→0.05←林道塚越線始点
→0.10←共栄橋→0.20←観音橋→0.05←バス停吊橋入口→0.15←丁字路右折→0.10←
宝衛橋南詰め→0.10←養老渓谷駅
 観音橋→0.20←(出世観音経由)出世観音裏参道入口

(バス停吊橋入口から養老渓谷駅までは房総ふれあいの道渓谷と滝のみちの一部)
 共栄橋→0.05←バス停弘文洞入口→0.10←観音橋
 養老渓谷駅下車。失礼ながら駅舎より隣接している公衆トイレのほうが、格段に立派な建物だ。駅構内及び外
からも利用できるのは嬉しい。駅から線路沿いに細い径を南へ進み、踏切を渡る。右折して線路に沿って北へ向
き直ると、分岐がある。
 分岐を右の直進の道で進む道路は又左折して渓谷橋へ行く道だ。
 分岐を左へ曲がると下りの道になり宝衛橋を渡る。この時、北側右上にかなりの高度差をもって、渓谷橋が見
上げられる。すぐ三又分岐があって左の道を選ぶ。ここには更に左手に急傾斜のコンクリート舗装の細い径で白
鳥橋への近道も取り付いている。その先には白鳥橋への分岐がある。ここはそのまま左寄りの道を直進する。
 緩い傾斜で登る道は左へ曲がる直前の左手に熊野神社がある。その参道右手には地蔵菩薩の石像があり、
神社境内を目指すと六地蔵像が右手にある。階段を登って社殿の前に至る。カーブの先、右手に市営無料駐車
場夕木台(ゆうぎだい)駐車場がある。その奥に大木を切って、四角に仕上げたデザインの公衆トイレがある。
 その先、右カーブの所には、左手に出世観音への近道がある。裏手から観音堂へ出る道だ。道路は三又
分岐になる。右手の舗装道路は林道蔵玉(くらだま)線にかわって黄和田畑(きわだはた)、坂畑、途中分岐して
大福山、石尊山などへ行く道路だ。左手にある下りの道へ入る。バンガロー村の案内標識が随所にあって、水田
の脇の道から大きな看板を見て、一登りすると養老渓谷バンガロー村に入る。管理棟・炊事場・トイレ・バンガロ
ーが並ぶ。川が大きく蛇行する半島状の平地の緩い斜面がよく整備されている。
 これを通り抜けて小さな川を渡ると道路に出る。共栄橋と筒森(つつもり)を結ぶ道路で、ここにはバンガロー村
の有料駐車場があり、道路を左折する。塚越(つかごし)隧道を潜ると水田と民家が現われる。右手には林道塚
越線が取り付いている。左にカーブすると共栄橋の左岸の袂に出る。
 共栄橋を渡り、連続して中間がどこかわかりにくい二階建てトンネル★を抜けると、主要地方道81号線で、温
泉街の南寄りに出る。バス停弘文洞入口で、左折すると、芸術的な公衆トイレがあり、温泉街を通って観音橋方
面へ至る。
 共栄橋の左岸には下流へ向かう遊歩道がある。中瀬渓谷といい、途中飛び石で、右岸左岸と渡り直す。右岸
の径のとき、対岸に弘文洞「跡」を見る。嘉永年間(1848年〜1854年)に水月寺の和尚と塚越の人たちが耕
地拡大をめざし支流蕪来(かぶらい)川を短絡させるために掘った河川洞がどんどん大きくなり、昭和54年
(1979年)5月集中豪雨の時に上部が崩落して、今日見るような左右に高い断崖の河岸になったものだ。すぐ
北側、左岸の崖の上に旧河道の合流点があり、その付近を落合渕という。支流との合流点の渕というわけだ。
 再び右岸に上って河岸を離れると、温泉街の中央に出る。左折するとすぐ左手に赤い観音橋の欄干が見える。
この橋で左岸へ渡った観音堂までの径は付け替えられ、幅の広い緩やかな径になった。道路の方は、日帰り入
浴の営業もしている温泉旅館を左に見ながら北へ進む。
 バス停吊橋入口が売店食堂の並ぶ中にある。右手には公衆便所がある。このまま主要地方道を養老渓谷駅
まで進んでもいいが、左へ曲がる。白鳥橋で渓谷を眺めたのち、道路は蛇行する。水田の脇を抜ける近道をして
もいいが、そのまま進んで丁字路の突き当たりを右折する。宝衛橋を渡って駅へ戻る。このコースは房総ふれあ
いの道 渓谷と滝のみちの一部である。
 二階建てトンネル★は共栄橋側のトンネル出口の高さを変えて掘り直したために特異な形になったもので、落
ち着いて見学したい。

@ 川を渡る人工飛び石

A小田代浅間山 ●229
 バス停弘文洞入口→0.10←左折箇所(東電柱小田代柱150)及び(東電柱小田代柱148)
→0.10←痩せ尾根→0.10←小田代浅間山
 養老渓谷駅から県道に出て、南東に進むと市原市、大多喜町の境界付近から温泉街になる。又、駅から宝衛
橋、白鳥橋を経て県道に出ると、温泉街になる。
 出世観音の赤い橋と中瀬渓谷への入口が右側にある。洒落たデザインの公衆トイレ、中瀬渓谷の南側の入口
になるバス停弘文洞入口を通る。左手には東屋が有り、その奥にこの付近の案内看板がある。ここが旧道の入
口で、これまでの道路より狭い道でカーブを繰り返しながら坂を登る。
 小さな切り通し状の地形の先、左手に水田が有り、左後ろに更に急な道がある。東電柱小田代150柱の付
近だ。防火水槽の脇を右へカーブする。右南側は水田が低い位置に見える。民家の脇を抜ける径は支線柱を
見て畑の先、左へ分岐する。左へ分岐する径の内、手前は墓地への径で、奥の一段高い所で左へ分岐する径
に入る。左に墓石を覗く位置で、右へ曲がる。林を抜け小さな畑の脇を通る。尾根径が下りの溝径を過ぎると左
側が幅広い沢になっている。径は痩せ尾根の径になる。
 東電柱小田代(こただい)150柱の先左手に水田があり、その先に未舗装道があって、新しいコンクリートの崖
面が見える。東電柱小田代148柱の付近だ。この未舗装道に入る。右手のフェンスは溜池有馬池で、これがガ
ードレールに変わる。左手の山が切れて沢になり、これへ入る。左側の山肌には大小の崩落があり、倒木もあ
る。左側枝沢の合流で、この左岸の細い踏み跡へ入る。沢筋は拡がって踏み跡は曖昧になるが斜面は緩くな
る。尾根筋に出ると左右に明瞭な踏み跡があり、右へ曲がると径は痩せ尾根になる。
 尾根筋には大多喜町の測量の杭が並んでいる。径はかなり右へそれる。尾根先で左へ曲がって溝径になる。
朽ちて貫のない素木の鳥居が尾根筋にある。尾根筋の反対側には小さな石祠もある。鳥居を潜ってかなり急
な尾根径を登るとすぐ小ピークに出て右へ折れる。小枝をかわして右側が展望できる。
 頂上には二柱の石祠がある。手前は山神宮、奥は浅間神社。いずれも明瞭な文字が読める。尾根筋の北側
は急斜面の下、ゴルフ場がある。北側へはもう少し先まで、緩い下りの尾根径が続いている。

C 万代の滝

B安場山 ○170 小田代城跡
 バス停弘文洞入口→0.10←小田代浅間山登り口左折箇所→0.05←日枝神社分岐→0.05←
老川交差点→0.10←熊野神社→0.05←安場山

 養老渓谷駅から県道を南東に進む。又温泉街からバス停弘文洞入口を経る。左手には東屋が有り、この付近
の案内看板がある。ここが旧道の入口で、これまでの道路より狭い道でカーブを繰り返しながら坂を登る。
 小田代浅間山への登り口になる水田付近を過ぎると、高い切り通しのカーブ、右後ろの道路分岐、バス停小田
代がある。右後ろの道路の分岐を進むと、水田の先に工務店の作業小屋の並ぶ岡がある。作業小屋の奥に四
角錐の塚が有り、桜木が太い。両界大日如来像が並ぶ。この附近などが小田代城跡の遺構だ。
 作業小屋へ向かう分岐を右へ進む道路の農地が長崎遺跡だ。農道の終点から左へ下って河原に降りられる
が、進まない方がいいだろう。
 バス停小田代の付近、季節が合えば八重桜が目を奪う。そのわずか先に房総ふれあいの道の案内標識が
ある。左側の道0.2キロメートルが日枝神社だ。表参道の石段の脇にシイの大木がある。高さは25メートル、
樹齢はおよそ1,000年だという。空洞があり、鍛治による炭化現象がみられる。社殿の裏、右手に下る径が
あって、用水溝を左へ進む、すぐ左手の石段を登って、庚申像の前に出る。この脇に二本目の大木がある。
 老川小学校の前からカーブして下ると、国道との交差点に出る。交差点の正面は粟又の滝方面へ行く県道で、
右折する。国道を西へ進んで直ぐ左折し、温泉旅館の看板に誘われるように下り、簡易郵便局の前から老川橋
渡る。右側の道路は公衆トイレの前を抜けて、国道とのK字路に出る。左側の道路を進んで丁字路には房総ふ
れあいの道の案内標識がある。右手は国道のK字路。左手へ折れ、坂道を登る。
 坂道が水平になると右手に熊野神社がある。鳥居の額の文字が奇麗だ。クロガネモチの木が教育委員会指定
の天然記念物指定だという石柱もある。これは昭和14年(1939年)県指定の天然記念物をいうのだが、枯死の
ため昭和41年(1966年)に指定解除されたものだ。こざっぱりと手入れされた境内だ。神社の社務所は大田代
(おおただい)生活改善センターとの看板もある集会所で、その広い庇と縁側は休憩にちょうどいい。
 社殿の裏側右手にシャガに覆われた径がある。倒木や竹などで歩きにくいが、これをかわして緩い斜面を進
む。急登の溝径になると、太い孟宗竹が径も周囲も覆う。安場(あんば)山の頂上には大杉神社と彫られた石札
が納められた祠がある。
 老川橋の北側には駐車場があり、その北側には石造不動明王像を奉った不動堂がある。右脇には川面へ下
る小径がある。小田代川の河床、不動の滝の落ち口に出られる。深入りしないこと。老川橋の右岸側には遊歩
道に降りられる階段がある。養老川を上流へ進んで、小田代川の合流部まで行かれる。
 この附近、葛藤トンネルからの道路の延長方向に平成26年(2014年)10月末、新道が開通した。

C粟又渓谷遊歩道から原の台
 バス停粟又橋→0.05←バス停粟又の滝(入口)→0.35(遊歩道経由)←分岐の丁字路→0.05←
小沢又の滝→0.10←バス停原の台→0.15(県道経由)←バス停粟又の滝(入口)
 (吊橋入口、老川から原の台を経由して県道を粟又の滝まで行く道は房総ふれあいの道 渓谷と滝のみちの一
部です)
 養老渓谷駅下車。ごりやくの湯行き乗車。外房線大原駅乗り換え、いすみ鉄道上総中野駅、下車。バス停ご
りやくの湯行き乗車。粟又の滝、又は粟又橋下車。
 バス停粟又の橋の南詰めには有料町営駐車場が有り、牡蠣殻を使って汚水処理をするという奇麗な公衆トイ
レもある。ここまで行くと滝の上流から水流が眺められる。水流の中央に島になった「とんがり」が見える。バス停
粟又の滝の前にある狭くて急な降り口で下ってもいいが、温泉ホテルの向い、やや北寄りに、緩い斜路の幅の広
い遊歩道が造られたので、遠回りでもこちらを利用したい。右岸に下りて、上流に向き直ると高滝=粟又の滝が
幅の広い滑滝(なめたき)を見せている。ここは飛び石で左岸に渡る。左岸からも滝の下部に近づける。
 左岸に造られた遊歩道は深いU字型の谷底より高く、蛇行する川を北へ進む。河床では地層の斜め断面が見
られる。また河岸には激しい侵食に伴う崩壊が今も進んでいる。途中に2箇所、避難口が設定されていて、急な
増水による水位の上昇に備えられている。避難口案内の標識が完備しているが、途中に取り付く小さな滝の標
識は少ない。左右の河岸には千代の滝、万代の滝、昇龍の滝。下流へ進むと右岸へ渡る所が出てくる。左岸
の道は面白(おもじろ)峡遊歩道で、ながく行き止まりになっていたが令和5年(2023年)約1キロメートル先ま
で開通した。ここで右岸へ渡り、斜路を登る。
 このコースは増水時の通行は避けたい。又、好天時でも遊歩道の路面が濡れている箇所もある。
 小沢又(こざわまた・こざまた)の滝が私有地にあり、食堂売店の中を抜けて見学できるよう遊歩道が整備さ
れ、回遊できる。予約すれば宿泊も露天風呂も利用できる。
 これを抜けると「つつじの花」の水月寺の裏手に出る。道の突き当りを左折すれば、寺の表参道に出られる。表
の県道に出て、わずか南へ進むと、バス停原の台の有料駐車場に出る。ここにはトイレもある。
 県道を南へ進むと粟又の滝の展望台があり、売店がある。道路のカーブ地点の先から、左手南側遠方に滝の
全景が眺められる。ここの売店の脇から川筋に下る踏み跡があり、下ると第二避難口の向いの右岸に下りられ
る。このコースは房総ふれあいの道 粟又の滝遊歩道である。
 バス停粟又の滝の前にある降り口から滝へ下ると、滝見苑のバーベキュー場の小屋の前を通る。ここには川
の右岸を上流へ進む径が、左手に分岐している。進めば滑滝の岩の上から島になった「とんがり」の根元や、上
流の滑床へも歩けるが、慣れない人には薦められない。又、バーベキュー場の下にある鉄骨階段が改修された
が、その下の岩の階段は狭くて急で湿潤もしているので、注意したい。
 U字型の水流面より少々高い遊歩道なので、足元の濡れなどの心配なく歩かれる。

C ミツバツツジの咲いている水月寺の境内

D面白峡遊歩道
 養老川の河原を歩ける遊歩道があります。永く未完成でしたが、令和5年(2023年)にその南半分が出来まし
た。南には粟又の滝遊歩道が続き、粟又の滝に至ります。
 老川交差点→0.05(国道経由)←バス停老川橋→0.05←熊野神社→0.20←岩井原降り口
→0.05=0.10←上り口(川原)→0.15←分岐の丁字路→0.05←小沢又の滝→0.10←
バス停原の台
 
国道465号線が老川交差点で県道と交差する。交差点やや東寄りにはバス停老川駐在所があり、二つの交
差点が連続している。手前の交差点は主要地方道81号線で北へ進むとスーパーマーケットがあり、トンネルを
経て養老渓谷駅方面へ至る。この交差点の南側は広い駐車場と公衆トイレを備えた山の駅養老渓谷喜楽里(き
らり)があり、新道が南へ緩く上っている。その西側に砂利敷きの空き地があり、自然水利の標識が立つ。斜路
を下ると川の上で通行止めになる。上流側は新道下の函渠。下流側は素掘りの岩肌を見せる河川洞で、その河
床は急勾配だ。
 二つ目の交差点右側は山を越えて下ってきた道路。左側は養老の滝・粟又の滝へ至る旧道で、やや狭い急な
上り坂だ。新道が出来るまではこちらを通っていた。更に国道を西へ進むと左に道路が分岐している。左折後の
左側は旅館の駐車場だが、その一番北側に小堂が立っている。不動明王のもので、その脇に河原に降りられる
小径がある。降りると小沢の右岸で滝を見おろせる。不動の滝、幅4メートル高さ6.6メートルのものだ。上流へ
進むと河川洞の出口の前に出る。
 駐車場の南、老川橋の袂右岸に細い階段があり、これを下ると養老川の右岸に下る。奇麗な歩道を上流へ進
むと枝沢の右岸に出る。河床が荒れてなければ僅か上流へ進んで不動の滝の下部に至る。養老川左岸の上流
には、河岸の上の宿泊施設から下る階段が見える。
 老川橋を渡って先ほどの宿泊施設の広い前庭を左手に直進すると公衆トイレがある。突き当りを右折すると国
道465号線、バス停老川橋だ。山の駅喜楽里から国道を西進して奥養老橋を渡った位置だ。
 麻綿原方面を案内する標識に従って、右上の坂道を南へ登る。左後ろに老川附近の景色が眺められると道路
は傾斜を緩める。熊野神社の参道前から僅か南の二又は左水平道路へ。直ぐ次ぎの左丁字路では左折する。
水平な山裾の道路は右手遠方の斜面に地蔵尊像を眺める。
 山の斜面を縫う道路が連続する小谷を越えると左手に岩井原(いわいはら)集会所があり、左丁字路■に出
る。直進して山に突き当たり、左折した先に遊歩道の入口(降り口)がある。左丁字路■を左折、直ぐ二又を右
分岐へ。大きな建物の手前で右未舗装道に入ると、地元の方が提供された駐車場がある。そのまま直進した畑
の道は遊歩道の入口の前に至る。

C 粟又の滝 滑滝状です。

 遊歩道の入口には大きな絵地図看板がある。幅、1.2メートルで段の長い緩やかな階段が「2折れ1Sカーブ1
折れ」して高い手摺りと伴に左岸へ下流向きで下る。
 幅広い河流の右カーブ箇所左岸に、遊歩道の幅より数倍広い平地が作られている。左右ともに河原の眺めが
いい。上流方向へ進むと深い淵が連続している。手摺りはないが遊歩道からは降りないこと。左岸側には黒い岩
肌が印象的な日陰淵の滝がある。(養老川鮎釣場案内、日影淵だ)
 小階段を上った位置では白い水幕の滝の正面に出る。いい観賞場所だ。ここから0.6キロで第5避難口(岩
井原の階段のこと)、0.4キロで第4避難口(小沢又の尾根径のこと)の避難経路の表示もある。このあたりに
スモン淵がある。
 階段を下って水平路わずかでコンクリート面だった床面が石張りに変わる。粟又の滝遊歩道の北側の延長
だった位置だ。わずか先に分岐の丁字路が見える。
 県道のバス停原の台に至るやや手前、つつじの寺水月寺の参道があり、その裏手から小沢又の滝の売店の
脇を抜けて、遊歩道に下る。沢を渡ると丁字路になる。左手は粟又の滝遊歩道で、右手が面白峡遊歩道だ。
 養老渓谷の河岸は今日なお激しい浸食・崩落が進行している。荒天のときは入谷しないこと。増水の問題だけ
ではない。晴天時でも予期できない崩落がありうる。復旧工事のために予告なく、期限なく通行止めにされること
もありうる。そのようなときは速やかに「転進」しよう。
 岩井原から北、老川交差点までが面白峡遊歩道の北側半分の計画だが、まだ相当時間が掛かりそうだ。
 岩井原という地名が手元の大字、小字の一覧表にない。川の対岸、バス停のある附近が面白で、ここも同じ
大字だ。

C 粟又の滝 落ち口にある川中島 よい子はまねをしないようにね.。
この裏左手に横穴があります。

E庚申山 ●294
 山頂には庚申像があります。古いものですが風化は進んでおらず、青面金剛像の怖いような顔(忿怒相)が見
られます。
 バス停粟又橋→0.05←バス停粟又→0.10←左折箇所(東電柱宇ノ部394柱)→0.25=0.20←
庚申山→0.05←林道→0.15←舗装道路(小田代4.4/清澄寺バス停8.3)
 バス停粟又の橋の南詰めには町営駐車場と奇麗な公衆トイレがある。更に県道を南へ進むとバス停粟又
になる。行き止まりの表示のある右側へ曲がる。かつて酒屋があったが廃業した。道路は右手水田越しに壁龕と
仏像を眺めながら右へ緩くカーブする。賀茂神社と額に書かれた鳥居の加茂神社が右側にある。参道内は青年
館がなくなった以上に敷地にゆとりがある。
 左にカーブした道路は小さな十字路に出る。右角には不動堂があり、右折の径は粟又の滝の遊歩道第一避難
口に通じている。この辻を直進すると、左手に二又が分岐する。東電柱宇ノ部394柱。この二又のわずか手前、
左手の山、崖の中に登り口がある。
 やや急な溝径を登る。左右に分岐があるが左手の山を巻く径を選ぶ。細い尾根筋の径になる。径が竹で覆わ
れているのを抜けると、植林の中の径になる。左手に小ピークを置く巻き径は溝径で倒木があっても頭上になる。
最初のピークを直登で進むと、大日如来像が三体奉られているピークを通る。径は南側の鞍部で合流する。左
に低い尾根筋を置く径が、尾根を踏みかえる所、赤く塗られた杭がある。312の数字が明瞭に読み取れる。
 十字路状に分岐がある。右側西へ尾根筋を登るとわずかで、庚申像の前に出る。三猿、邪鬼、鶏、ユーモラス
でもあり怖いようでもある顔は、口元がはっきりしている。頭上は蛇、左右に日月もある。わずか先の方がやや
高い庚申山の頂上だ。展望はない。
 南へ植林の中、広い径を下ると、やはり狭い踏み跡になる。左手の尾根筋には岩の盛り上がりがわずかにあ
る。小さな分岐で左尾根筋を選んで進むと、草の茂みを突いて未舗装道に出る。右に曲がると舗装道路に出る。
老川と麻綿原を結ぶ道路の中ほどで、国有林の看板が目立つ。房総ふれあいの道の標識があり、小田代
4.4、清澄寺バス停8.3と彫られている。御嶽山●341と●310の中間だ。
 加茂神社の参道と十字路をなす道の突き当たりの民家の中には入らないこと。

F仁王山 △314.6 
 F−1 宇野辺から
 バス停粟又橋→0.05←バス停粟又→0.05←バス停ごりやくの湯→0.05←西丁字路→0.10←
東丁字路(東電柱宇ノ部136柱)→0.10←東丁字路右折箇所(東電柱宇ノ部247柱)→0.10←
切通し
庚申像の峠→0.10←仁王山
 バス停粟又の橋の南詰めには町営駐車場と奇麗な公衆トイレがある。更に県道を南へ進むとバスの終点ごり
やくの湯になる。道路が左へカーブすると、以前はオートキャンプ場、今は入浴施設ごりやくの湯がある。道路が
Sカーブする所、左右に水田がある。県道から宇野辺集落へいく入口だが標識はない。東電柱宇ノ部136柱。
 集落の道を進むと右への分岐(東電柱宇ノ部247柱)があり、ここで右折する。道なりに直進した場合、赤い鳥
居が左手にある。山神社で、宇野辺集会場が並んでいる。この周囲は敷地にゆとりがあり、行事がなければ駐
車は可能だ。
 右手に別荘が並ぶ所で右手の未舗装道に入る。右へ曲がっていき、廃屋状態の民家の前に出る。その左
手、杉の林と広葉樹の生え分かれの所の踏み跡に入る。径は谷の肩で左右に分岐しているので右へ入る。
左側が緩い谷、右側が低い尾根で境界見出標175号を見つける頃には踏み跡が明瞭になる。二又があり右側
へ進む。切り通し状の峠に出る。二体の石像がある。風化の進行していない一体は青面金剛像(庚申像)だ。こ
こから径は下りかける。
 緩く下った尾根径は狭い尾根筋の径でほとんど水平に進む。少し上りかけた左手の土手に境界標三八六補一
と境界見出標387−1の並ぶ分岐を右手へ進む。水平になった径は左に水平な巻き径、正面に踏み跡の薄い
直登路の分岐◆に出る。急な登りの正面、上部に赤い境界見出標を確認して登ると384標のある肩のピーク
で、右手の先に仁王山の三等三角点がある。尾根筋はそのまま延びてはいるが、すぐ下っている。周囲に展望
はない。
 正面の踏み跡の薄い直登路の分岐◆では左の巻き径を進むと、383標識の広い鞍部に出る。右手のピーク
へ緩い斜面を登ると三角点の脇に出る。又、正面の緩い斜面を登ると南側のピークに出る。いずれも展望はな
い。
 粟又橋から養老川右岸の道路が宇野辺まで繋がっている地形図の表現は誤りで、宇野辺集落に近い所の
枝沢で、道路は途切れている。

D 面白峡遊歩道 岩井原の入口 左側を進むと下り階段になる。

 宇野辺です。宇の部とか宇ノ部とか出てきますが、ここでは誤りではありません。
 ごりやくの湯の駐車場の奥には食堂があり、その庭に入る。養老川を仮橋で渡って、粟又橋からの右岸の道路
に出る。「川廻しの滝」といって、この付近に取り付く支流の水を用水路に導いたトンネル部が一部顔を出して滝
状に水を落としている。涸れていることもある。右岸の道路は未舗装道でグランドゴルフ場を右に見る。この先に
最近再発見されて、遊歩道が整備された金神(こんじん)の滝がある。支流の滝で高さは約35メートルもある。水
量は少ないが立派な滝だ。前述の枝沢がその滝の流れだ。この滝の落ち口の先で、シャガに埋もれた道路はガ
ードパイプで尽きる。ごりやくの湯から滝までは片道で10分以上見込みたい。

 F−2 弓木神社から
 上総中野駅→0.20←(三条入口南)万葉ロード入口→0.10←田代滝入口→0.05←
小丁字路(東電柱弓木270柱)→0.05←弓木神社→0.35=0.30←トンネル南分岐→0.15←
仁王山
 上総中野駅から県道177号線を進んで、弓木神社を目指して南へ進む。県道の西側に鳥居が目立つ。社殿
の裏手の山道へ入る。溝径に変わり、左右から枯竹が径に被り始める。左右の竹林からの「被り」が通行を妨
げるようになった時は、溝径左右の土手の上に登ったほうが歩きやすい。尾根径になると●255ピークを東へ
巻く。尾根径は右後からの合流がある。低いピークを西へ巻く径が繰り返される。●262のピークの西を下る
と、左後ろからの合流がある。そのすぐあとの鞍部では東側尾根を踏み替える径、右後ろからの径などが合流
する「トンネルのピーク」の南側の分岐点に出る。
 南側の尾根筋に並行した径二本の内、緩く上る尾根筋に近い方の径を進む。一箇所、径の決壊があるが、危
険なく越えられる。左手の尾根を一旦右側に替えるが、左手尾根のまま、境界標三八六補一が右手の土手状の
尾根にある分岐点で左折する。ここからは登りわずかで、仁王山の383標識のある広い鞍部に出る。前後のピ
ークが別名を二つ山というにふさわしい。

F 弓木神社の赤い鳥居

 F−3 法輪寺の前から
 上総中野駅→0.20←(三条入口南)万葉ロード入口→0.10←田代滝入口→0.05←
小丁字路(東電柱弓木270柱)→0.05←弓木神社→0.20←法輪寺前→0.25=0.20←
トンネル南分岐→0.15←仁王山
 上総中野駅から県道177号線を進んで、法輪寺の前を目指して南へ進む。右折して緩く下る。無名の橋を渡
り、右手に天満宮を見る。直進して、東電柱弓木153柱付近で道は民家の私道に変わりかける。左手の水田に
挟まれた道へ進む。小川を板橋で渡り、害獣避け金網の扉を抜ける。
 金網に沿って左右に道があるが左へ進む。有刺鉄線も混じっているので、滑りやすい足元と覆い被さってくる枝
蔓とに気をつけたい。金網の一番高いところ、竹林になる所で、この金網と離れて右側の山径へ入る。左山、
右谷の地形のまま緩く登っていく。●262ピークの所で左尾根に穿たれたトンネルを潜る。
 トンネルの先では径が分岐しているが、右側の水平路を進む。右手の盛り上がりが●262ピークで、その南へ
延びた尾根の脇を水平に進み、切り通しで尾根の西側に出る。北側にも径がある。南側の尾根筋に並行した径
二本の内、緩く上る尾根筋に近いほうの径を進む。一箇所、径の決壊があるが、危険なく越えられる。左手の尾
根を一旦右側に替えるが、左手尾根のまま、境界標三八六補一が右手の土手状の尾根にある分岐点で左折す
る。登りわずかで、仁王山に近い広い鞍部に出る。

G石尊代山 ○310
 バス停ごりやくの湯→0.05←西丁字路→0.10←東丁字路(東電柱宇ノ部136柱)→0.10←
分岐(東電柱宇ノ部247柱)右折→0.10←切り通し(庚申像の峠)→0.10←石尊代山
 町営駐車場のあるバス停粟又の橋を更に県道を南へ進むとバスの終点ごりやくの湯になる。道路がSカーブ
するところ、左右に水田がある。県道から宇野辺集落へ行く入口で、東電柱宇ノ部136柱がある。右への分岐
(東電柱宇ノ部247柱)があり、これに入る。右手に別荘の並ぶ所で右手の未舗装道に入る。別荘の置くに
あたる附近で右へ曲がり、廃屋状態の民家の前に出る。その左手、杉の林と広葉樹の生え分かれの所
に踏み跡があり、これに入る。径は谷の肩で左右に分岐しているので右へ入る。左側が緩い谷、右側が低
い尾根で境界見出し標175号を見つける頃には踏み跡が明瞭になる。二又があり右側へ進む。切り通し状の
峠に出る。二体の石像が手前にある。この石像が背負っている尾根の手前を尾根に並行して右手西へ進む平
地へ入る。杉林、枯葉のなかに境界見出し標がある。●312ピークを巻く為に右に曲がるが、右手が谷の始ま
りの地形をしている所、赤い塗装で境界見出標182がある。更に直進して、境界見出標185の脇を抜けてゆ
るい傾斜の尾根筋を進む。小塚の上に傾いた石祠がある。屋根の唐破風に食い込む形で菊型の紋が見える。
 南側、北側の尾根筋には踏み跡がありそうだが、入らない方がよさそうだ。
 境界見出標182の所にある東寄りの小ピークは●312のピークだ。薄い踏み跡が縦断している。仁王山への
径の「切り通し」附近で合流しているが、紛らわしいので、進まないほうがいい。

J 道路に出る。馬頭観音文字塔の彫りが深い。東電柱宇の部230柱の北側です。

H登樓塚山 ●250
 バス停原の台→0.20=0.15←富士山→0.15←登樓塚山
 粟又行きバス、途中のバス停原の台には小沢又町営駐車場と公衆トイレがあり、舗装道路を東へ進むと、道は
小さくクランク曲がりする。二軒の農家の間から水田へ下るように未舗装道を下る。害獣避けの網戸を開閉する
と川の左岸に出る。左右ともに河川洞が見える。右手上流の河川洞の脇にある分岐から、その上へ登
る。やや急な径だが、すぐ杉の林の平地に出る。右前から左へと幅の広い未舗装道があって、これを横断して尾
根径を辿る。左や右に紛らわしい分岐があるが、尾根筋を忠実に登ると祠の前の平地に出る。赤い屋根の棟木
の大きな着色セメント製の祠だ。
 この富士山(ふじやま)の真北には尾根筋が緩くつながっている。境界杭と見出標が尾根筋にあり、この尾根筋
を辿る。幅広い尾根筋の時こそ踏み跡から大きく離れないように注意したい。
 太い木の目立つ小ピークを経て、左に巻き径、正面は踏み跡の薄い尾根筋になった時、この尾根筋を登る。
355標のピークが●250で、北東方向と西に尾根筋がある。西の方向へ進むと、わずかで狭い尾根筋にかわ
る。右手に一段登ると小さな祠が木の根元にある。
 登樓塚(とろうづか)山の北側は幅のある緩やかな傾斜が下っていて、「イ」の字型で別の径に取り付く。取り付
いた径は共に下っている。北へ下る幅広い径は植林の中で消える。森林浴なら、二つ目の痩せ尾根付近までで
戻ろう。左後の径は十字路に出る。この十字路を左へ上れば頂上に戻るが、右折、直進とも西側の植林の中で
紛らわしくなるので進まないこと。
 「左巻き、正面尾根筋」の分岐で左巻き径を進むと、踏み跡は幾本もあるようで曖昧だが正しく進むと、右手に
●250ピークの岩壁の下を通り、別の径に合流する。右へ登って数歩で十字路に出る。右側は急な尾根筋登り
で祠の前に出る。直進は緩やかに登って北側の「イ」の字の分岐点に出で、右折すればわずか登って祠の前だ。

I二十三夜山 ○250
 I−1 富士山を経由して
 バス停原の台→0.20=0.15←富士山→0.15←二十三夜山
 バス停原の台から舗装道路を東へ進む。広い未舗装道を横断して、富士山を目指す。赤い屋根の祠の前に出
る。この富士山に着くわずか手前で右手への巻き径を進む。境界見出標が目立つ狭い尾根は正面のピークを直
登する。211標のあるピークから、右寄りに進んで、刈り込まれた草木の薄い尾根を南へ下る。今のピーク南側
の鞍部に出る。そこには213の標識と、西側へ下る溝径がある。更にもう一つピークを左寄りから水平路で巻くと
今度は216の標識がある。
 ここにも西側へ下る溝径が分岐している。これに入って数歩のところで南側のごく緩い斜面を覗くと、幅2メート
ルほどの参道が杉の林の中、一直線に延びている。これを辿って周囲が広葉樹の太い木にかわったところに大
きな石祠がある。皿を伏せたように平らなピーク、二十三夜山の頂上だ。
 このルートは富士山のわずか手前,右手への巻き径から213、216の標識附近までが、無理やり尾根筋を辿
る径なので二十三夜山へ行く径としてはお薦めできない。

 I−2 南寄りの径で
 バス停原の台→0.20=0.15←二十三夜山
 バス停原の台から舗装道路を東へ進む。右前から左へと広い未舗装道があって右前の方向へ行く。右下に谷
があって、この源頭部を廻り込むと右手下は平地になる。左へ曲がって分岐がある。左は213の標識のある尾
根の鞍部に出る溝径で、ここでは右を選ぶ。溝径にかわって216の標識がある尾根の鞍部に出る。わずか西
側、一直線に南へ延びた参道が取り付いている。
 216の標識のところ南東側にはこのピークを巻く径がある。218標で右折して斜面を進んでもこの頂上へ往復
できる。径は痩せ尾根幅広尾根Sカーブを経てピーク南側の丁字型の三分岐点に出る。この分岐点から待原台
山、立会原山は近い。

J 二十三夜様の石塔(文化三年・1806年)、上部に蓮座の座像。
古い石祠も並ぶ。●285

J待原台山 ○290 立会原山 △288.9
 J−1 宇野辺から
 バス停ごりやくの湯→0.05←西丁字路→0.10←東丁字路(東電柱宇ノ部136柱)→0.10←
分岐(東電柱宇ノ部247柱)→0.10←切り通し(庚申像の峠)→0.15←257標の分岐点
 東丁字路(東電柱宇ノ部136柱)
→0.10←分岐(東電柱宇ノ部247柱)→0.10←山(宇野辺)神社
→0.05←金網扉の分岐→0.10←257標の分岐点
 257標の分岐点→0.10←十字路→0.10=0.15←丁字型の三分岐点
 丁字型の三分岐点→0.05←待原台山
 丁字型の三分岐点→0.10←立会原山
 丁字型の三分岐点→0.15=←0.20二十三夜山 ●285
 町営駐車場のあるバス停粟又の橋を更に県道を南へ進むと、バスの終点ごりやくの湯になる。県道から宇野
辺集落へ行く入口には、東電柱宇ノ部136柱がある。右への分岐(東電柱宇ノ部247柱)がある。
 ここで右折する。右手に別荘の並ぶ所で右手の未舗装道に入る。右へ曲がっていき、廃屋状態の民家の前
に出る。その左手、杉の林と広葉樹の生え分かれの所に踏み跡があり、これに入る。径は谷の肩で左右に分
岐しているので右へ入る。再び二又がある。これを左へ進んでもいい。右側へ進んで切り通し状の峠に出る。二
体の石像が手前にある。ここで尾根筋の手前を左側の径へ入る。左側から薄い踏み跡が合流する。右手の尾
根が低くなり痩せ尾根になる。植林地の中で踏み跡が薄くなるが左寄りに踏み跡を求めると再び痩せ尾根にな
る。左後ろから別の径が合流する。257標の所だ。
 県道から宇野辺集落へ行く入口には、宇ノ部136柱がある。右への分岐(宇ノ部247柱)があり、道なりに左
へ直進する。赤い鳥居が左手にある。これは山神社で、宇野辺集会場が並んでいる。そのわずか先、東電柱宇
の部193柱で左折する。道は水田を廻り込み、山裾を縫って進む。山崎を廻り込む所、右側に分岐があり金
網の扉がある。ここでこの扉を開閉して枯葉の厚い坂道を登る。257標の所で右上後ろから別の径を合わせる。
 合流点から北へ進むと260標のある痩せ尾根になる。左手の林の谷は水田の突き当たりから谷筋で登った時
の薄い踏み跡がある。Sカーブして尾根を西側へ踏みかえると263標が見える。
 ここから再び東側へ尾根を踏みかえ、尾根の東側を進む。狭い斜面の径なので足元には注意したい。左へ曲
がり込んで登りつくと311標の十字路に出る。右折する。263標のあと右手の尾根筋へ登る。310標のピークを
下るとすぐ北側が311標の十字路の鞍部だ。直進する。
 263標の左手はそのまま溝径で左へ緩く登る。倒木や苗木で溝径は塞がれているので、左右の土手を選んで
進むと白いペンキの塗られた幹を見たのち、別径に合流する。右後の径へ谷をわずか登ると十字路の鞍部に出
る。左折する。
 十字路の鞍部から北へ登ると312標のピークでこの付近を最高部にして緩い下りが続く。痩せ尾根を登ると丁
字路に突き当たる。左右とも奇麗な踏み跡が続いている。右手へ進むと324標の尾根になる。
 右側一番南側は緩く下って328標のピークから北へ尾根筋が続いている。
 324標の尾根筋のすぐ東側一段高い、325標の待原台山だと思われる。
 324標の尾根筋のすぐ北側に炭焼窯を思わせる穴があり、その北側に踏み跡がある。これを北側へ辿ると小
さな鞍部ののち尾根筋を緩く登る。檜の林の中、立会原山の三角点を見る。
 突き当たった丁字路を左へ下ると二十三夜山(西)へ続いている。

J 宝暦九年(1759年)と読める大日如来石像の分岐

 311標十字路→0.10←急カーブ分岐→0.15←290標分岐→0.20←
馬頭文字塔経由バス停原の台
 311標の十字路を西へ下ると、これが滝の郷、幻の滝に繋がる川の源頭部で、その左岸側に径を求めると左
後ろに分岐がある。荒れているが345標への径に繋がるものだ。次の分岐の左は直進ののち左の谷へ下り、
廃田で消える。右へ進むと25標の脇を通って北へ進む。岩の目立つ急カーブの分岐を右折する。
 水平な広い径の南分岐には入らない。北側の急な尾根筋は●285のピークへのものだ。山頂には二十三夜
の石塔文化三年(1806年)があり、その上部には蓮座の座像が彫られている。像は判断が難しいが、勢至菩薩
だ。古い石祠も並ぶ。265標、266標の読める境界標がこの●285ピーク北側の巻き径との合流点だ。尾根筋
の岩壁、岩庇の下に小さな馬頭観音像が見える。
 290標のところ左手平らな疎林では北寄りの肩の位置に南方向への踏み跡がある。(中谷国有林の看板はな
くなった)294、295標で小尾根の踏み跡は消えるが、獣径の斜面でシャガの原へ、再びケモノ径の斜面で夏草
の平へ滑り下りると廃小屋の前に立つ。コンクリート舗装の斜路を下ると、滝見茶屋の直ぐ北側の県道178号線
に出る。
 290標を更に北へ進めば、宝暦九年(1759年)と読める大日如来石像の分岐に出る。左折して溝径又は左
側の尾根径を下るとSカーブして分岐に出る。右側の溝径を下る。苔生した馬頭観音石像を見ると前述の道路に
出る。駒形の馬頭観音文字塔の彫が深い。東電柱宇の部230柱の北側だ。バス停原の台の直ぐ南側の切り通
し部だ。この附近の道路西側には多数の馬頭観音文字塔があったが、拡幅工事により、どこかへ移動され、
新しい駒形の馬頭観音文字塔一基と風化の激しい石塔二基が奉られている。
 大日如来石像の分岐では北へは直進しないこと。
 再建された駒形の馬頭観音文字塔(東電柱宇ノ辺76柱)前述した二仏が接近し、大日如来像、岩庇の馬頭観
音像など石仏が多い。この径は重要な街道だったのだろう。
 ※十五夜は日没に月の出、深夜に南中、日の出に月の入り、満月は旧暦の15日前後に見られる。一方、二十
三夜は深夜に月の出、明け方南中、正午に月の入り。午前9時10時頃、南の空東寄りに太陽、西寄りに左上の
半月が見られる。
 講は毎月または年数回月を決めて二十三夜に月待ちの集会を開くもの。集落の主要な決め事もこの講で決め
られた事もあったという。○250(東)と●285(西)とピークが接近して、二十三夜山があることになど、疑念が残
る。

J バス停伊保田の西、大多喜町の水道施設がある国道北側の斜面に、細い山道が
登っている。 コーンの附近です。最近の崩落のための工事がされ、その先に石仏が
並んでいる。

 J−2 上総中野駅、伊保田神社から
 上総中野駅→0.05←バス停中野神社→0.05←庚申堂→0.20=0.15←バス停伊保田
→0.15←分岐NTT23柱→0.10←伊保田(熊野)神社→0.15←十字路(X型)→0.10←
345標の分岐点→0.10←怒田の原の鞍部→0.10←328標のピーク→0.05←待原台山
→0.05←丁字型の三分岐点
 分岐NTT23柱→0.15←十字路→0.20←十字路(X型)
 上総中野駅下車。駅前を北へ進んで出た国道465号線を左へ折れる。光善寺、中野七面山への参道の分岐
を右側に見送って更に進むと、右手には中野神社がある。鳥居の神額には山神水神と小さく二行で書かれ、そ
の下に神社と大きく書かれている。ここで左折する。踏切を渡り、緩く登る道路は広く、歩道もある。左手の崖に
は庚申堂がある。ここでは耳の神様として信仰され、馬頭観音と並んで奉られて、短い参道には鳥居がある。
 国道はカーブを繰り返して傾斜を強める。一番の高所を下り始めるとバス停伊保田(いほた)の待合所がある。
反対側左手の傾斜のきつい上り坂の道路へ進む。カーブを繰り返す道路ながら、その幅は広い。左右は山林だ
が目の前が広がると、左直進の道がやや狭く、右カーブの広い道路との分岐に出る。(NTT23柱)緩い傾斜の
道路の周囲は「山上の平野」で民家が並ぶ。直進の道路の先に神社の杜が遠望され、その左手にはよく刈り込
まれて「裸」のように見える尾根が繋がっている。防火水槽の前は十字路で狭い道路に変わる。
 十字路左の斜路は「照明会館」と額の掛かる集会所で、その前の広場の周囲には石仏が並ぶ。右手は私道
で、水槽の脇から直進する。モルタル塗りの階段の左手にはコンクリートの狭い斜路が登っている。その階段を
登った最初の踊り場には平成年代の新しい石鳥居が建っている。神額は熊野神社だ。ここからやや風化した石
段に変わる。次の踊り場には道祖神の石塔がある。その後、二箇所の踊り場を経て、広場に出る。丸太のストゥ
ールもある。ここで左へ折れて、もう一群の石段を登ると社殿の前に出る。かなり立派な造りだが、左へ少し傾い
ているのは残念だ。周囲は太い木と若干の小木を残して、きれいに刈り込まれているので、明るく展望もいい。
 社殿の右手から裏へ廻るとクスノキの脇が一番高い。幾本かの太い木に阻まれるが、ほぼ360度の大展望が
広がる。尾根筋は東へ緩く下る。刈り込まれた尾根筋には数台の丸太のベンチが点在する。その尾根筋が尽き
た所、塚に石祠がある。この石祠の裏手にジグザグする下りと、石祠の正面側に石段がある。この石段を下
ると別径にT字型で取り付く。ここでは右へ折れる。○230
 十字路から水槽の脇を進んだときモルタル塗りの階段の左手に有ったコンクリートの斜路は、岩の斜面にな
り、この石段の下に出る。又、照明会館前の広場の奥もこの道に通じ、左折して同じく石段の下に出る。
 右折したあと、右後ろから下ってきた径は石祠の裏側にあった径だ。幅広い尾根径にかわり、孟宗竹の林を囲
む金網の脇を進む。左登りの径と、右更に緩い登り径の分岐に出る。左は竹林の脇を倒竹をかわして浅い溝径
で登る。右側へ進むとすぐ又二つに分岐する。その右側の分岐のほうがきれいな径だが境界見出し標66の先で
下って境界見出し標74のピーク等に繋がる奇麗な踏み跡に変わる。二度目の分岐は左へ進むと最初の分岐点
から眺めたように竹のゴミの多い溝径になる。都合、三方の分岐だ。右側の土手を進むと65から順に数字を減
ずる境界標の続く径になって、先ほどの右側の径と合流する。この合流点の先は二つの径が分岐していて、左
が下り、右が緩い登りだ。中央の盛り上がりには「入山者心得と書かれた赤い看板が転がり、57標がある十字
路ないしはX字路だ。
 この十字路はバス停伊保田に近いNTT23柱の分岐を左へ進んだものだ。集落を右手に置いた十字路を直進
し、右手のフェンスに沿って右側の竹林と左手の谷の斜面の肩を進み、痩せ尾根の径、次に分岐を右にとって来
た径だ。

K この角度が大竜(おおたつ)らしい感じです。 (転用している方はご連絡ください)

 小さく下ると棕櫚が一本立つ痩せ尾根になるが、左後ろからは別の径が合流している。痩せ尾根の先に、右側
の山肌に岩が見える。唯一岩璧を見るところだ。切通し状の径を上下すると痩せ尾根になり、又左後ろからの別
径の合流がある。345の境界標がある。
 太い桜の木のピークから下ると幅広い谷に出る。左手がヌタ場の原になっている鞍部に下る。低い畦道状の径
で横断すると左寄りは低い丸山になっていて、その右端にはトラバース径が明瞭な踏み跡で延びている。
ここでは左手の緩い斜面を見せる丸山の尾根筋を目指す。ヌタの原を横断したらすぐ、踏み跡こそないが緩い
斜面を登って尾根筋に出る。右に進めば330番代の境界見出し標の番号を見る。トラバース径の途中で左へ
の曖昧な踏み後を見つけたらこれに入り左手の尾根筋へ徐々に向かうと、332、331標付近で尾根筋に出る。
尾根筋を辿りながら境界標の数字を下げる。右端のトラバース径はこの尾根筋を右へ避け右手の谷の右岸に
境界標1番を見せたのち、この谷を横する。しかし、径が曖昧になることなど進めない。
 境界見出し標328のピークにはそのまま南へ尾根筋が続いているが、ここで右に折れ西へ進む。ホの符号の
見える補助標がある。やや、径に枝木が多い。小ピークの度に境界標の数字を下げる。ピークでない所の境
界標には「ホ」の符号がついている。
 325ホー1の標識は北側に分岐のある丁字路で北西側の尾根筋に踏み後はないが、これを登れば待合原台
山だ。そのまま更に西へ進めば二十三夜山と宇野辺を結ぶ径との丁字型の三分岐点に出る。北側の小ピーク
は322標のピークだ。
 バス停伊保田の西、大多喜町の水道施設がある国道北側の斜面に、細い山道が登っている。一段上がって西
へ水平に進むと、崖の岩壁に龕が穿たれ石仏が並ぶ。36体石仏、一柱の石祠が並ぶ。そのまま西へ進めば国
道に面して建つ念願成就祈願塔の西に並ぶ廃屋の西側に降りる。更に西へ進むと大きな石碑が南側に建つ。
接待記念碑といって、ここが険しい峠径だったとき、旅人を湯茶でねぎらったという善行を記念した碑が建つ。峠
には33体の観音菩薩像が並ぶという。昭和11年(1936年)の建碑だ。

K大竜・小竜
 バス停弘文洞入口から小田代浅間山を目指して進んだとき、左側には東屋が有り、その奥にこの附近の案内
看板があります。左側には大竜(おおたつ)小竜(こたつ)の文字が見えます。大竜では昇りかける龍を下から
眺めるが如き奇岩があります。
 バス停ごりやくの湯→0.05←西丁字路(東電柱宇ノ部168柱)→0.30←分岐のピーク→0.10←
山神宮→0.35=0.30←大竜→0.10←50杭分岐→0.10←鉄塔のピーク
 バス停粟又橋には町営駐車場がある。県道を南へ進む。桧川橋はバス停ごりやくの湯があり、更に進むと左
手に日帰り温泉ほかの施設、「ごりやくの湯」がある。広い客用駐車場があり、個人客の他観光バスも受け入れ
ている。さらに道路を進むと、右手に丁字路がある。東電柱宇ノ部168柱。これに入るとすぐ防火水槽に突き当
たり、左折する。この屋宅の玄関先のビニルハウスの中間から南端へ向かう。うまく家人に会えたときは挨拶・
お断りを入れたい。右手へ折れる斜路を進んで、苗木の畑、植林の中の曖昧な踏み跡を辿る。自然林に変わ
り左に山の斜面を置いて右へ巻きながら高度を上げる。踏み跡が甘いので気を付けたい。左手の盛り上がり
の右側を巻く径から尾根筋の径、幅広い明瞭な踏み固めの径が続く。痩せ尾根の踏み跡から正面の盛り上が
りをやや左寄りから登るとピークの頂上に近い鞍部で右後ろから明瞭な踏み跡が合流している。岩の全然無い
コースなのだが、小さな岩が2、3あるのが特徴だ。復路では気を付けたい。この付近をピークにしてコースは下
り中心の径に変わる。

L 上修行堀間伐展示林遊歩道 入口

 小さな塚状のピークを右に巻くとき、その頂部に気を付けたい。山神宮の石祠が西を向いている。ここからは上
り下りを繰り返す。幅の広い鞍部のときは踏み跡が曖昧になることがあるのでコースサイン、32番の杭など注意
する。小ピークに差し掛かると岩が目立ち、垂壁を見せる脇を抜ける。小さな庇を持つ岩が小竜だが、岩の感じ
からは無理がある。下った幅の広い径が安堵感を誘う開放的な林の平地のところ、樹木にコースサインがある。
左寄りの尾根筋を直進せず、右下へ岩の隙間を下るように矢印されている。急な下りの一段下で鞍部に出ると、
岩が正面に突き出ている。コブのついた太い棒状で、やや左寄りから見上げる位置を選ぶと、上空を睨む龍を
下から見上げる感じになる。大竜だ。しかし名札等の標識はない。そのすぐ下にも顔を思わせる奇怪な岩があ
る。まだ南への径が続いている。
 鞍部からの登りは小木が裾をこする径だが踏み跡は硬い。これを辿ると松の苗が大きくなりかけた頂上に出
る。東側の眺めがいい。下った鞍部からは尾根筋東巻きを繰り返して幅広い東南向き尾根径に合流する。右後
ろへ進めば鉄骨トラスの塔のピークに出る。南東への幅広い径を辿れば三角点藤須へ至る。
 どこも害獣対策にネット・柵などで御苦労されている。網扉が容易に開閉できない径もある。宇ノ部168
柱南の二階屋向いの水田が近道だが、金網扉がネットなどで厳重に塞がれ通行はできない。前述の「ビニルハ
ウスの苗木畑」でも将来はわからない。桧川橋の左岸の径を遡行し、この径が水流の攻撃で狭くなる前に河岸
に降りる。その後は「沢歩き」をして上流を目指す。この沢が右へ大きく曲がる所、左手右岸の低い河岸に登る。
苔生した岩が疎らに立つ高低差のある尾根筋に径を選んで進めば「苗木の畑」西側の植林地に登り着く。

L上修行堀間伐展示林遊歩道
 バス停ごりやくの湯→0.05←西丁字路→0.10←
東丁字路(東電柱宇ノ部136柱)≒展示林遊歩道入口
→0.15←遊歩道上部
 町営駐車場のあるバス停粟又の橋を更に県道を南へ進むと、バスの終点ごりやくの湯になる。県道から宇野辺
集落へ行く角には東電柱宇ノ部136柱がある。県道をそのまま進むと右手に国有林の看板と、更にその南側に
上修行堀間伐展示林遊歩道の看板がある。明治36年(1903年)に植えられたスギ・ヒノキがあり、一周20分の
遊歩道があると紹介される。
 南側の登り口から進むとすぐに折り返して南へ進む。急坂が緩むと右に振れて平地に出る。更に右へ進むと国
有林の看板からの斜路と合流して左折する。小砂利の敷き詰められた歩道は傾斜も少なくベンチテーブルの一
基置かれた平地に出る。右手の斜面への径を進むと山の中腹を東西に横切る径に丁字路で合流する。左右どち
らへ進んでも、廻り込んで一周する。奇麗に整地された遊歩道だけを辿ること。
 東寄りのターン地点には倒木のために通行不能となった溝径が更に東へ向かっている。丸い平らな山頂から、
幹に塗られた黄色いペンキを見落とさねば更に東へ進めそうだが、南へ向いた盛り上げ径の先、溝径に変わっ
てピークの東肩で尽きる。

M老川交差点の養老観光センター 店舗やまびこ 公衆トイレ ベンチの右手が北東角
名前が変わりました。山の駅養老渓谷喜楽里(きらり)です。この日は降雨。

M外出川の河原
 [水に濡れる河原を比較的安全に歩けますが、お薦めしません。(とでかわ)]
 国道465号線老川交差点、やや東側、バス停老川の標識の位置、東側から交差点に差し掛かったところに
国道の案内標識がある柱の位置。国道から南へと住宅地への径が緩く下っている。これに入り、住宅地を抜け
て左への分岐に出る。
 国道465号線老川交差点は南側に新道が開通して、山の駅養老渓谷喜楽里(きらり)の駐車場が開設され
た。その広い駐車場の北東角から未舗装道を進むと右への分岐に出る。
 細い径は川の右岸に出る。下流側は岩が段を造って小滝を連続させている。上流は川廻しの河川洞が口を
開いている。これを潜ると右側へ本流が続いている。この川廻しの河川洞手前の河床は遠見の滝と名付けら
れ、これより先へは通行止めにされている。
 [渇水期ならほとんど平らな岩の頭を繋いで遡行できる。各所に小さな穴があるので注意は必要だ。右手に涸
れ滝の並ぶ高い岩壁を眺める。岩壁は今日まだ浸食が進行している。一雨で流木の為に各所で通行が妨げら
れる。膝まで入水の遡行もありうる。さらに上流にある河川洞は暗い。]       房総丘陵 1000