鉄杖山 1300

 内房線上総湊駅下車。国道に出ると127号線が南北に走っています。   房総丘陵1000

@岩坂天王山 ○50
 上総湊駅→0.10←階段上→0.05←八雲神社
 上総湊駅下車。国道に出て左折、市民会館の北側にある横断歩道の東側の道路を進む。山裾を縫う道路は
階段に出る。これを登ると上総湊駅東側に横たわる山の上の道路に出る。左へ緩く下る。学校のグランドの角
の分岐を右へ曲がるとわずか先右側に鳥居があり、八雲神社の境内に入る。立派な社殿の左側には東照
宮が再建された。その付近が高い。天王山だ。岩坂烽火台もこの付近だ。
 更に西側へ踏み跡は続き、住宅地と「かずさの里」の付近で階段上の道路に接続する。この付近が一番高い。
図では●57だ。
 上総湊駅東側の国道交差点を直進すると、この山の南側を道路が横断して数馬(かずま)へ向かう。道路の
最上部にある二本目の左分岐を北へ曲がると、八雲神社の表参道に至る。社務所の裏手のカヤ・ツガの木が
大きい。幹周り3.5メートル。

A 薬王寺 オハツキイチョウ

A薬王寺 十宮城跡 ○50 石切り場跡
 上総湊駅→0.15←国道分岐→0.05←海良踏切→0.05←薬王寺
 海良踏切→0.05←住吉神社→0.10←十宮城跡
 海良踏切→0.15←石切り場跡
 上総湊駅下車。線路に沿って南へ進む。神明神社の南側、三猿像の丁字路を右折。突き当りを左折すると湊
の交差点に出る。こうして歩道の狭い国道を避ける。湊橋には東側にだけ歩道橋がある。この橋の西側、
道路上にカメラや看板が並ぶ附近で右北側の狭い道路に入る。
 タブノキ 駅南の明神神社境内 幹周り3.3メートル。二本。
 (薬王寺)海良踏切は人と二輪車しか通過できない。バス停十宮(とみや)からの道路が合流して、右へ分岐を
選ぶ。酒造工場の脇を抜けると左側が薬王(やこう)寺の境内だ。道路を直進すると河口に出る。西側左端には
富士山が眺められる。
 オハツキイチョウ 高さ18メートル、根回り3.1メートル、幹周り2.1メートル、南北15メートル、東西14メートル
の枝張りだ。文化九年(1812年)樹齢は丁度200年だといい、葉の先に実がなるという。実の全てではなく、オ
ハツキの実が混じるというものだ。境内の本堂前、一番いい場所に植えられている。
 磨崖仏 薬師堂の右裏側に床下へ入る木戸があり、中の岩壁に立像1、座像多数の磨崖仏が並んでいる。
 (十宮城跡)海良踏切から進んでバス停十宮からの道路が合流する。左へ分岐を選ぶ。国道の直ぐ下を並行し
て進む。水準点を路面に見た後、薬王寺の墓地からの径を右側に合流させると、大岩がある。住吉神社の御神
体だ。拝殿に繋がる本殿の位置にはこの大きな岩が鎮座する。その奥に小さな岩があり、浅い横穴が穿たれ奉
幣されている。国道の左カーブ箇所南側の狭い歩道には館山33キロポストがある。コンクリート舗装の斜路が
あるが、木々の枝と厚い枯れ葉に覆われている。僅か登ると右へカーブしている。左へ緩い斜面を辿ると、井戸
穴(戦国時代の滲水溜め)か(戦時中の)蛸壺が3個並んでいる。もう他家の庭先が近い。左後ろへ細い踏み跡
を辿る。この附近が主郭か櫓台だと思われる。北へ下る尾根筋が繋がり、第二郭を経て右下に根小屋を見る。
北東へ尾根筋を下ると虎口の切り通しの上に出る。国道はわずかに下だが下草が深くて人は進めない。どなた
の御奉仕かわからないが、主だった所は奇麗に刈り払われている。専門家の調査報告書を拝見したい。
 (石切り場跡)海良踏切の手前、左手に作事みちがあり、これに入る。右下に線路、畑地があり、左側の山道を
登るとわけなく頂部に達する。そのまま階段を下ると横断歩道橋の東詰めに出る。
 海良踏切の手前、民家の庭先を抜ける径、墓地への径でもここに至るが、共にそれらの径は避ける。又、国道
の跨線橋の手前から畑地の脇を抜けても山道に取り付けるが、これも避けたい。
 国道を渡る横断歩道橋の高度差は、かなり大きい。これを南へ渡った右側には階段が登っている。かなり下生
えが多く、数段で通行不能になる。左側には水平な山道が延びている。これを進むと左分岐があるが、右へ直進
する。
 国道を進んでこの横断歩道橋を見上げる東側は、南側の車道が変に広い。歩道も付いている。その山側の緑
色のネットフェンスの途切れる西端から山の中に入る。小枝一本をかわすと旧坂の上、石の上に根を張ったケヤ
キの大株の脇、緩い斜面に出る。このケヤキの裏手から径を辿ると、山裾を縫う水平な径に合流する。右側は横
断歩道橋の南詰めだ。
 沢に沿った踏み跡は広い切開きに出るが、沢沿いの「肩」に径を求める。潅木が多くなり通行しづらくなるが、山
裾側に薄い踏み跡が繋がる。石垣も山裾にある。浅い沢の二俣に出て、その中州を進む。山が迫って谷が狭ま
った所、二俣に出る。南の谷と東の谷だ。南の谷はこの付近から急流を思わせる川筋と、藪に覆われて進め
ない。東の谷左岸には積み石にが苔生している。これを進むと更にわずか高度を上げられるが、この辺で径は
曖昧になる。この東の谷の先、石切り場があって四方が垂壁に囲まれた異様な場所に出る。
 鋸山の石切場跡は知られているが、この湊川の左岸各所にも見られる。

A 住吉神社 拝殿に繋がる本殿の位置には大きな岩が鎮座する。

B向山 ○70
 フジザクラ(マメザクラ)という野生種の樹林があって以前はお花見で賑わったそうですが、今は「他の木に負け
て駄目になった」ということでした。確かに国道に被さってわずか一樹が、下から認められます。向山(むかいやま
 県埋蔵文化財分布地図、角川地名大辞典・むこうやま 富津のあゆみ)フジザクラ樹林として天然記念物指定
されていたそうです。 富士桜 落葉低木
 上総湊駅→0.15←湊橋→0.15←向山
 上総湊駅下車。湊橋を渡った最初の丁字路を左折する。周囲は住宅地で、狭い道が右手にある。東電柱海良
59柱が住宅の敷地内に建っている。進むと海良青年館があり畑の中、電柱があり街灯が取り付けられている。
その先に大きなビニルハウスが見える。狭い道を見落とすと天神社の急な石段の登り口の丁字路に出る。これ
を右折する。暫く進むと右手、山の裾に竹薮(ビニルハウス)が見える。海良8柱附近から田の畦道を進んで竹薮
(ビニルハウス)の東端を目指す。天神社の石段から西へ向かったときは海良200柱附近で右折、山の東端の
竹薮附近を目指す。
 竹薮(ビニルハウス)の脇の径を進むと急斜面でジグザグの後、畑と果樹園の脇に出る。その東外れ、孟宗竹
の斜面の肩を辿る。山道に変わると右下に石切跡の岩壁が見える。笹の径を進み、これを抜けると山の肩、小
さな石祠が転がっている。
 下生えの少ない林の奥が頂上で低い塚状の盛り上がりに石祠と庚申石塔がある。小さい方は三猿と日月だけ
のもので正徳五年(1715年)、大きい方は青面金剛像をその中に刻む、享保十五年(1730年)のものだ。林
越しながら北側に展望がある。山頂にはケモノ径か山仕事道か薄い踏み跡が多数あるが、何れも入らない方が
いい。
 ビニルハウスは撤去された。その脇の竹薮では目印にならない。
 湊橋に近い警察署は移転した。

B 向山 ビニルハウスの右端から進みます。

C天神山 ○110 (天神山城跡)
 国道127号線、橋の南側に天神社の由緒書きの看板があります。ここから湊川の左岸の道を進んでもいい
です。
 上総湊駅→0.15←湊橋→0.10←天神社→0.15←天神山
 湊橋を南へ渡り、最初の丁字路を左折する。天神社の急な石段の登り口がある丁字路に出る。この右側には
急な車道が並んでいる。都合、下の字型か。石鳥居の先は山道だが、左後ろに登り階段右前に水平路がある。
これは墓地への路で、参道が季節によって草木のために通行できない時は、これで右側へ進んで舗装道路を歩
いてもいい。狭い山道の参道の右下には藪越しに舗装道路が並行しているのが見える。右側に住宅が現れると
広い道路に変わり右折する。先ほど来の舗装道路を右側から合流させる。左に配水場を見たあと道路は左に曲
がる。天神社の鳥居が正面に見える。右に穂波駐車場、コンクリートの擁壁。左に附近に住まいの方の駐車
場、北側の展望などがあって境内に至る。
 素木鳥居のわずか外、緩い階段が南の山へ向かっている。更に先にある住宅へのものだがこれを登る。直ぐ
に突き当り、これを右折する。水平西向き径が竹のなどの被りが多くて進めない場合、穂波駐車場・コンクリート
擁壁間の斜路を登り合流後右折する。
 右側網の中はどう運んだのかゴミが若干あるのは残念だ。左側に尾根筋のある箇所で左折し、薄い踏み跡を
辿って尾根筋を進む。この附近から頂上までカヤの苗木の葉が体を刺すようになる。わずか登ると溝径に出る。
みちか排水路か堀割りかはわからないが、これは跨ぐ。この附近から尾根筋の「径」の踏み跡と同じくらいの強
さのみち・踏み跡が多数現れる。それらに惑わされず、尾根筋を出来るだけ忠実に辿る。左手の盛り上がりがも
う頂上だというところ、狭い溝路がある。これをかわして一足登る。屋根のないトーチカかと思わせるように岩が
切られている。平面的には1.5×2メートルほどの竪穴だ。南西側がやや高く、その付近では140番台、150番
台の番号標が太い樹木に取り付けられている。樹木を透かして展望がある。更に進むと切り堀がある。

D岩谷観音堂、鶴峯八幡神社・憩いの丘 ○50
 バス停神田橋は橋より若干東側にあります。
 上総湊駅→0.15←神田橋→0.10←天羽高前丁字路
 上総湊駅からのみち、国道127号線、465号線は歩道が狭いので神田橋までの経路は街歩きの経路を選び
たい。神田橋からは南側に歩道がある。バス停神田橋はそのやや東側にある。国道の北側にある狭い急な石
段を上ると、その上に岩谷観音堂がある。東側には安全に登れる斜路があり、駐車場もある。平成23年(20
11年)末改修され、堂の脇に黒御影石で出来たの由緒書きの碑がある。各所に手摺りが設置され安全に見
学できる。行基菩薩が刻んだという石仏のほか多数が並ぶ。堂の周囲の岩壁には「ヤグラ」が多数開いている。
堂の脇から堂の裏側を廻る回廊も掘られている。その壁には多数の像が刻まれているが、残念ながら風化のた
め像容はわかりにくい。
 赤い両部鳥居が国道に面して一段(数段になる一塊の段道)上にある。鳥居の先正面には鶴峯八幡神社と刻
まれた石柱が建つ。コンクリート舗装の斜路を左へ折れて右廻りに山を回りこむと、民家の玄関前、丁字路を右
折、赤い屋根の社殿の前に出る。社は低い土塁で囲われている。立派な祠もあって、その中には女神像が祀ら
れている。コノハナノサクヤヒメだがが、御神名の文字は分からない。南側には素晴らしい展望が拡がっている。
 社の北側には更に北側からの道が合流しており、「憩いの丘」への大きな案内看板が東へ導いている。畑の北
側の道を進んで大きな屋根の休憩舎がある。平成13年(2001年)に開設されその後も地元の有志がお手入れ
されている公園だ。東側は緩い斜面の先で素晴らしい展望が楽しめる。東側には道路に下る径がある。
 国道を東へ進んだ天羽(あまは)高校前の丁字路を左折する。その角は斜面がセメントで固められ、その横穴
には多数の石塔が並ぶ。細い径が左側に付いている。これを登ると、「憩いの丘」の展望台に至る。
 数馬公民館の先から道路の左側に竹林があり分岐するコンクリート舗装の車道入口には「憩いの丘・八幡神
社」の案内看板がある。右手に住宅地を見ながら左側へ進む。八幡神社の社の裏側に出る。右が神社の参道
へ、左は憩いの丘休憩舎へ至る。

C 天神山 住宅地にある古い参道

E妙見山 △118.9
 E−1 妙見山
 上総湊駅→0.15←神田橋→0.15←妙見山
 上総湊駅から神田橋を目指す。これを渡って最初の交差点を右折する。周囲は住宅地で、狭い道が左手、軒
の間にある。東電柱海良108柱の向い、街灯とスピーカーの柱の下だ。道路の周囲は裏庭の脇から農地に変
わり、一軒家の脇を進むと左側から広めの道が合流しているので、そちらへ進む。妙見山の北西の角で、石造
大日如来坐像と記念碑に挟まれて、岩の段径が延びている。
 神田橋を渡って道路を道なりに左カーブする。自動車板金工場の角で右折すると道路は数軒の集落で左折す
る。ここで右側の未舗装道に進むと左手南側が妙見山で、左手に大日如来座像と岩の段径■と記念碑がある。
 岩の段径は風化のため中央は斜路状になり苔生している。鳥居があり、しばらくは急な階段径だ。尾根径が二
度目の急登をして二度目の水平路になると、十字路に出る。直進はやや急な径で参道石段の下に出る。右側は
緩く左へカーブしながら登って参道石段の右側に出る。石段を登ってもいいが右側に斜路もある。狛犬、手水
石、石の五重塔などがあり社殿がある。覗くと、大菩薩の文字がみられる。妙見大菩薩の文字の下部だ。右側
から裏の高まりへ進められる。用途不明の深い穴が針金一本だけの囲いの中にある。三角点はその東寄り、社
殿左後ろの対角延長上の方向にある。尾根筋は東へ緩く続いている。
 大日像の奉られた岩の段径■の右側には石切り場跡がある。周囲は垂壁に囲まれ暗い穴も開いている。少し
見るだけで、深入りしない方がいいだろう。

 E−2 海良古道、居作越(いさくごえ)
 神田橋→0.25←居作越→0.15=0.10←相川11柱分岐→0.10←一川橋の西詰め三又
 湊橋又は神田橋から妙見山を目指す。妙見山の登山口には石仏が奉られ、岩の段径■が刻まれている。これ
を左側に見送って谷の右岸★の道に入る。左側の山裾に石切り跡の壁を見た直後、左側に未舗装道が分岐し
ている。
 左側に石切り場跡の池があり、その先には分岐がある。高い石の垂壁とトンネルが見えるが、これらには進ま
ない。右側へ水平に進む径はやや狭いがコースサインと踏み跡を辿る。再び左側の斜面の径が現れる部分的
に石積みがある。尾根筋は城跡の堀切りか石切り場の跡か、切り立っている。右側に一段登った所には石
祠の跡の石もある。わずか下ると正面の緩やかな下りとは別に、左側に急な下りの斜面がある。急な下りを降り
つくと水田の端の「渡り廊下」に出る。これが完全に途切れているので、左側の墓地の前、瓦の塀の家の脇など
遠回りして下る。東電柱相川11柱の向かいで道路に出る。左北へ戻れば一川橋の西詰めだ。
 一川橋の西詰めから南へ進む。左に熊野神社の社を見た先、東電柱相川11柱の向かいで住宅地の道路に
入る。突き当たりは民家の門で、左へ房州石の塀を廻り込む。左側の家の外れに石段があり、登ると石の斜路
が繋がっている。しかし、これが垂直に切られて繋がらない。板橋は外されている。東側瓦の塀の家の方うへ遠
廻りして先へ進む。
 斜路には左右に分岐があるが、いずれも直登側を進むと直ぐに尾根筋に出る。左側は緩く下る尾根筋◆だが
笹薮と曖昧踏み跡で進めない。右手は緩く上って直ぐに石切りの尾根に出る。
 居作越えの尾根筋◆を西へ辿るのは笹が邪魔をしてできない。これが空いてくると南側の眺めのいい尾根筋
になる。かなり遠いが尾根筋を辿り、広葉樹の茂みを抜けると火守神社の前に出る。

D 岩谷観音堂 このお堂は最近改修されました。一部の部材が新しい。

 E−3 売津下堰から天神山城跡へ
 神田橋→0.15←売津下堰→0.15←尾根筋(仮)売津峠→0.15←天神山城跡
 湊橋又は神田橋から妙見山を目指す。妙見山の登山口を左側に見送って谷の右岸★の道に入る。左手に石
切り場跡の岩壁と居作越えの分岐を見送って売津(うるづ)下堰右岸に至る。堰をそのまま渡った左岸には放水
口がある。幅広い径は尾根先で分岐するが右側山裾のほうを進む。枝沢左岸の径は源頭部から山崎を回り込
み小さなZカーブから右折して尾根筋に至る。
 尾根筋は南北に連なるもので浅い鞍部で売津からのこの径と丁字路をなすものだ。右手北側へ進む。小ピー
クは笹薮はじめ下生えの中切り開かれた狭いもので、案内子の訪問時、空き缶ペットボトル等が小枝に挿され
ていた。大変見苦しい。笹薮の中の径は緩く登っていく。下生えの無い幅広い尾根の「タワ」に出る。南側
西側の展望がいいが緑の山並の中、同定できそうなものは無い。タワの正面は岩の重なる急斜面だが高度差
はいくらも無い。左巻きか直登で進む。やや高い堀切りに出る。(他項で山とし、本項で山城跡とした)こ
れを下って対岸へ登る。西寄りにも深い堀切りを構成する岩肌が見えるが、東寄りへ進む。西寄りに進んだ場
合、尾根筋の先は報恩寺南西に伸びる尾根筋、出曲輪群に連なるものだ。浅い堀切りと崩れた大きな堀切りを
渡って更に登ると天神山城跡主郭に登りつく。

 E−4 南側から天神山城跡へ
 上総湊駅→0.15←国道分岐→0.10←小川(東電柱海良200柱)→0.05←
農道右折(東電柱海良94柱)
 上総湊駅→0.15←湊橋→0.10←農道左折(東電柱海良94柱)
 農道右左折箇所(海良94)→0.20←南北尾根筋→0.10←小鞍部(仮)売津峠→0.15←
天神山城跡
     
 前項に続き(仮)売津峠と表現することで同じ箇所であることを明確にしました。決してそう呼ばれている箇所だ
というわけではありません。
 国道127号線、湊橋の西側、道路にカメラや看板の建つ位置から南側へ細い道路に入る。左側の山は
向山の西端だ。この道を南へ進む。小橋を渡り、右側に住宅と山裾を見る。この道が左カーブする所に小川
がある。東電柱海良200柱。これを見送り更に東へ進む。右手に谷の地形の水田の東側寄りに、南に向かうコ
ンクリート舗装の農道が登っている。民家のわずか西側、海良94柱。又、湊橋経由でもいい。
 水田が尽きるまで未舗装道を進む。山の尾根先には湧水を集めて流す細いビニルパイプが足元に見える。こ
のパイプの脇の尾根先の小木の枝をかわして、尾根に取り付く。急傾斜ではあるが尾根筋に踏み跡が続いてい
る。急傾斜はすぐに岩の尾根でたわむ。そのわずか上部で南北に走る濃い踏み跡に合流する。
 左手北へ進むと尾根筋の径になり、笹の濃い道の中に踏み跡が続く。浅い小さな鞍部で下生えは少なくな
り、東側に売津下堰方面への径が分岐している。そのまま北へ登ると空き缶やペットボトルの目立つピークに出
る。以下天神山城跡まで別項参照。
 南北に走る濃い踏み跡に合流した箇所、右南へ進むと痩せ尾根になり、二本杭形式の標識がある。文字は読
めない。踏み跡は曖昧になり、下生えが勝るようになる。
 「あわ・がいど4」安房古道を歩く「鰒の道・古代東海道房総路を歩く P43、P45−に拠れば、関口から入山し
た古道がここに繋がって売津堰に至るようだが、ここの案内子にはこれ以上の案内は出来ない。

E−1 妙見山全景 湊川から

F鉄杖山 ●192 ●164ピーク
 山名は「ぜっぜやま」(聞き取り違いか)とも呼ぶそうです。「てつつえやま」でしょうか。今度から「てつづえやま
・てっづえやま」を読みとし「てつじょうさん・てっづえやま」を読み替えの山名に改めます。大日本國誌上総第1巻
258頁では鐵杖テツヅヱ山です。日本伝説叢書上総の巻347頁では「てつつゑざん」です。
 山頂には質素な社殿があります。神社の名前は火守(ひまもり)神社、御祭神は火守(ひのかみ)で、奥の石祠
は浅間神社で雨乞い塚だということです。
 南側から(西参道・東参道)
 上総湊駅→0.15←神田橋→0.10←橋の西詰め三又→0.10←分岐(東電柱相川11柱)
→0.05←
高野分岐→0.05←相川神社東交差点→0.10←舗装道終点→0.20=0.15←
鉄杖山(西参道、東参道共)
 鉄杖山→0.15←西側の鞍部→0.20←●164ピーク
 上総湊駅から相川へ向かう。右西側にやや広い路肩を持った道路は富津竹岡インターチェンジへの道路で、
右折。左南側には相川神社の鳥居が見える。すぐ三叉路があり右へ分岐すると、高野(たかの)集落の西寄り
の丁字路に出る。防火水槽の脇だ。右手の先には高野神社がある。
 (西参道)この丁字路を左折、コンクリート舗装の道路を緩く上る。このコンクリート舗装道路が右Vターンする
と、民家の玄関先で、ここは未舗装の直進方向へ進む。右山の径から棚田の径、段々畑の径になる。害獣避け
の電線には注意しよう。左右に農地だったのが左だけになり山に沿って曲がると山道にかわる。道幅は約1.5
メートルある。右側に段径の分岐がありこれに入る。右山の径から尾根筋の径にかわる。右後ろから一つ合流
が有った後、鳥居と数段の参道の先に質素な社殿がある。社殿の左脇には未だ径が続いていて、最高部を越
すと左手に大きなの石祠がある。明治7年(1874年)の文字が手水石に読める。今もお祀りされている。浅間神
社だ。径はなだらかな斜面の藪の中に消える。
 途中、径の手入れは非常にいい。草木一本一葉余計なものはない状態だった。展望は全然無い。この山の奥
にはツクバトリカブトが自生している。シカもいる。害獣の対象はイノシシだという。
 (東参道)集落の西寄りの丁字路を右折。左手の先には高野神社が見上げられる。清水1650の標柱の先で
左へVターンコンクリート舗装の急坂道を登る。最後の民家、庭先の斜路には先ほどと同じ清水1688の標柱が
ある。狭い水流脇の溝径の途中左手に柿の木の立つ分岐で左折。この附近までコンクリート舗装だ。農地の斜
面の横道を左へ進むと遺棄水田の脇から竹の脇の山径へ進む。狭い段径が左へ曲がり、竹と杉の目立つ箇所
から右折して幅の広い参道に変わる。左側から西側の参道が合流する。切り株が3つ並んでいる。この附近、桜
の木が多い。こちらが正参道で、毎年6月8日の祭礼前に奉賛者らによって清掃される。
 (●164ピークへ)山頂、火守神社前の鳥居の前をそれまでの径の延長のままアオキの中、浅い窪みを辿る。
その後アオキの藪は刈り払われた。妙見山を案内する小さな標識がある。境界杭のある三又で左側へ折れる
と、潅木は薄くなり、マテバシイの平らな山頂は下生えが少なく、浅い溝径が西へ緩く下っている。緩く登る小さな
ピークを経てやや急な坂を下ると鞍部に出る。ピークの南側を巻いた径も合流している。笹の勝る西側へ進むと
小さなピークを経てまた緩く下る。潅木を避けてやや右寄りに進むと東西の痩せ尾根になる。鞍部には南
東側の巻き径、南西側の巻き径、西側の尾根径、北側の峠道などが分岐している。西側の尾根径を進むと僅か
で●164ピークに達する。南西側の巻き径を進むと●164ピーク南側の尾根筋を浅い溝径が切る位置から北
へ直登するとばらばらになった石祠の脇を抜けて●164ピークに達する。
 境界杭の三又に出て、右側に折れて藪の中、進み難い。木々をかわして抜けると、見通しのいい尾根筋にな
る。南側の眺めがいい。

E−1 妙見山 登り口の大日像の奉られた階段 左上の狭い岩龕の中 右側が登路

G●164ピーク
 G−1 インター入口から ●164ピークへ
 竹岡駅→0.15←津浜海水浴場入口→0.10←城山歩道トンネル東口→0.10←
バス停竹岡郵便局前→0.20←仲村集会所→0.10←溜め池→0.10←カーブ地点→0.25←
●164ピーク
 バス竹岡郵便局前、富津竹岡インターチェンジ入口を東へ進む。インターチェンジ入口で向かい側の道路に入
る。未舗装ながら奇麗な道路だ。溜め池を右側に、更に進むと館山高速道路19号函渠を潜り左折する。道路
は天羽トンネル入口の上部を西へ越えて谷の西側で分岐している。南に向き直った道路はわずか先で尽き、西
側の尾根に取り付く。シイタケ栽培のホダ木が並んでいる。この尾根筋を北へ進む。浅い溝径が並行している
が、かえって下生えが多くて歩けないので、溝径の位置を気にしながら東側の一段高い所を進む。登りばかりだ
った尾根筋が一旦緩んだ位置には尾根筋を切る溝径が見える。更に直登すると古い石祠が散らばっている。山
頂はわずか上で、二本幹分かれの中木(タブノキ)、北西隅に株分かれの中木(マテバシイ)が特徴的なほかは
何もない。展望もない。踏み跡もないが、下生えは少ない。東側へ尾根筋で下ると狭い鞍部に至る。
 溝径を見た位置から右東へ水平に細い踏み跡を辿ってもこの鞍部に出る。ここからは鉄杖山や●162方面
へも繋がる。

E−2 居作越 相川 轍の道路から奥へ進む。

 G−2 倒石碑から ●164ピークへ
 仲村集会所→0.10←関山(東電柱白狐178柱)→0.15←交差点→0.10←倒石碑の分岐
→0.25←●164ピーク
 国道127号線、バス停竹岡郵便局前、富津竹岡インターチェンジ入口を南へ進む。インターチェンジ入口から
更に南へ進むと、左手北側に路肩の広いところがある。東へ未舗装道路が取り付いている。東電柱白狐178
柱。未舗装道路は東へ繋がっているが、左後ろにコンクリート舗装道路が分岐している。これへ入る。やや急な
坂道だ。右へカーブするところには小さな新しい石造地蔵立像が立っている。東に方向を戻した道路は左側に
尾根の盛り上がりを見せるようになると、コンクリート舗装は尽きる。その数十メートル先で左側木々の薄い所
から、踏み跡を求めて入山する。東西の尾根筋の南斜面に、東へ緩く登り径がある。斜面の途中で十字型の
交差点に出る。左後ろの登りはこの尾根筋の西寄りのピークに至るもの。右下の径は山裾を縫って奥へ行くも
のだが、上空の木々の葉の途絶えた所で草が勝るようになって通行は不能になる径だ。左上へ緩やかに登
ると、尾根筋に至る。わずかな鞍部の地形だ。緩く登ると今度はこの尾根を切る「堀切り」に出る。堀切りの右
側は先ほどの山裾の径だ。左側は曖昧に切れている。ここは尾根通しで進む。小ピークを経て溝径に合流す
る。笹の中に石碑が倒れている。刻字側が下になっているのでわからない。長さ=高さ約1メートル、幅34セ
ンチ、厚み18センチ。
 石碑に近い溝径は尾根先を廻る位置だ。北側はやや荒れた急な登りの溝径が尾根先を廻り込んだのち、狭
い水平な踏み跡になる。そのまま心細いほど狭い斜面のトラバース径を辿ると痩せ尾根の鞍部に出る。●164
ピーク東側の鞍部だ。尾根先を回り込んだ狭い径のとき、右側が低い尾根筋のときにこの尾根筋へ下生えの少
ない斜面を登ると、尾根筋には二本の並行した溝径がある。そのまま北へ進み、右側の盛り上がりを避けて、
やや左寄りに進めば、緩い下りで痩せ尾根の鞍部に出る。●164ピークへは尾根筋を辿って直ぐだ。
 石碑に近い溝径は尾根先を廻る位置だ。南東側はすぐに踏み跡が薄れてしまう。炭焼き窯の跡を右下に眺め
た所から、左側の斜面を登る。古道の溝径が断片的にある。崖崩れ地形の右岸側に出た附近では左寄りか
ら上部を目指すと尾根筋に達する。南へ進めば平らな頂上をした●162ピークに出る。東側が緩い斜面だが、
南右寄りに踏み跡が続いている。
 「あわ・がいど4」安房古道を歩く「鰒の道・古代東海道房総路を歩く」P43、P45−に拠れば、関口から入山し
た古道が山を抜けて売津堰に繋がるようだが、ここの案内子にはこれ以上の案内は出来ない。

 G−3 白狐168柱から ●164ピークへ
 仲村集会所→0.10←関山(東電柱白狐178柱)→0.05←相川分岐→0.10←
斜路分岐(東電柱白狐168柱)
 斜路分岐(東電柱白狐168柱)→0.05←東電鉄塔97号下の切り通し
 斜路分岐(東電柱白狐168柱)→0.05←東電鉄塔97号鉄塔案内標柱→0.05←
東電鉄塔97号鉄塔下の切り通し
 東電鉄塔97号鉄塔下の切り通し→0.25=0.20←○160ピーク→0.10←●162ピーク
→0.25←●164ピーク
 ○160ピーク→0.05←ガマ石
 ●162ピーク→0.10←倒石碑の分岐

F 鉄杖山 相川農村協同館、消防倉庫前附近から

 国道127号線、バス停竹岡郵便局前、富津竹岡インターチェンジ入口を南へ進む。高速道の下を潜ってさらに
南へ進む。相川方面への道路を左へ分岐する。狭い道路が左へカーブしたあと、左側にある地滑り跡の空き地
の先、更に道路を東へ進むと右側に斜路が登っている。東電柱白狐168柱。この斜路に入って直ぐ左側に未舗
装の狭い路が水平に取り付いている。すぐに狭い山道になる。径は右山の径から左山の径にかわって、東電鉄
塔97号の下の切り通しに出る。ここで北側の尾根筋へ進む。切り通しは小さく下って左側の道とは別に右側に
Sカーブして下る溝径になって川の上流部に繋がる。
 小さく上下してトンネル上部の鉄柱の脇に出る。小笹の中に踏み跡を探す。右寄り若干登る方向の狭い踏み
跡を辿ると細いロープが這わされている。急傾斜ではないが、笹竹の中これを辿る。藪を抜けると下生えの少な
いピークの手前に出て左へ進む。笹薮の径から痩せ尾根になると北東方向からの谷の右岸側の斜面が右下に
見える。
 トンネル上部の鉄柱の先、左寄りほとんど水平に曖昧な踏み跡を辿る。三度目の山崎曲がりの箇所はテーブ
ルを思わせる岩の角で、その先で痩せ尾根になる。北東方向からの谷の右岸側の斜面が右下に見える。
 痩せ尾根の正面は藪径、右側は谷の源頭部で下生えが少なく方向はややずれる。
 この源頭部を横断して北へ進む。急登で北側の尾根筋に取り付く。気持ちのいいほど下生えもない緩い傾斜
の尾根筋が西へ続く。
 僅かな藪をかわし細い倒木を跨ぐと広い斜面の東端部に出る。○160ピークの南斜面は幅広い三角形で下
生えは無く、スダジイの大木が散在している。ただ根元は太いが測定位置では太い幹に分岐している木が多い。
そのまま頂部を目指す。焦点の位置のピークは狭い。北側には径がないと思わせるような急な下りがある。慎重
に北へ下る。痩せ尾根が続いたあと、北東側が緩い斜面のピークになる。●162ピークの北側の幅広い尾根
筋、緩い下りのとき左寄りに分岐する踏み跡は「倒石碑」へ繋がるものだ。
 平らなピークを幅広い尾根で下っていくと、並行した二本の溝径が現れる。この附近左西側の下生えの少ない
所では「倒石碑」からのトラバース径が接近している。踏み跡は右側の盛り上がりを避けて斜面の左寄りをカー
ブしていく。踏み跡は曖昧になるが下生えが少ないのが幸いで、わずかに小枝をかわして進められる。尾根筋の
下りになり、狭くなると東西に向き直り、痩せ尾根の鞍部に出る。●164ピーク東側の鞍部だ。尾根筋でそのま
ま西へ登れば僅かで●164ピークだ。水平に西へ進めば●164ピーク南側の尾根筋を横断して更に西へ踏み
跡は続いてはいるが、下生えの中の踏み跡は薄いので、進まないほうがいい。鞍部からは北側にも踏み跡が続
いているはずだが、下生えに隠されている。これも進まないほうがいい。
 ○160ピークの北側は危険な程狭く急な下りだが、南側は幅広い斜面だ。その西側の端を緩く下ると西寄りの
平らなピークに至る。スダジイの大木もある。その先で西側を南へ緩く下る。下生えの無い斜面に一箇所平らな
岩がある。その下へ廻ると「ガマが口をとじて横一直線にラインの入った」露岩・ガマ石だ。この下の斜面は尾根
筋の傾斜を強めて登降が危険な斜面なので○160ピークへ戻ること。

H 太郎神社 瓦葺です。

 G−4 天神山城跡方面から鉄杖山へ
 天神山城跡から南へ下ると売津堰からの径との丁字路に出ます。別項にて(仮)売津峠とした箇所です。更に
南へ進むと海良からの尾根径が西側から合流します。南へ進めば鉄杖山へ至ります。(仮)売津峠からの経路
を案内します。
 小鞍部(仮)売津峠→0.05←南北尾根筋(海良94柱からの小尾根取り付きか所)
→0.20=0.15←尾根筋合流→0.20=0.15←鉄杖山
 天神山城跡からの径を下ると東へ奇麗な径が分岐している。売津堰からの径だ。売津堰から登ると左右に尾
根径がある。右は天神山城跡への径だ。ここから南へ尾根筋を辿る。海良からの尾根取り付き部は刈り込まれ
古いコースサインも見える。左手には3センチほどの木杭がある。二本足の標識が腐食したものだ。小さく上下
する径は土盛りした感じの人工的な痩せ尾根を度々進む。その三度目左側に倒竹で埋まった幅広い谷を見る。
その左岸側を登り、別尾根に取り付いて右折する。左側には炭焼きの窯跡がある。小岩を左へ巻き径でかわし
たのち幅広い尾根筋を緩く登る。マテバシイの株がある。特に15本もの大小の株は根元が相当の太さになって
いる。急斜面になって踏み跡は無いが、下生えも無い。先行者のコースサインを追って太い木々の間を進む。
 右手の谷が消え尾根が合流すると急斜面はタワを持つようになり、一息つけられる。二度目の広場のあと尾根
筋の狭まった所には直立したスダジイが太い。幅広い斜面を東へ巻きそうになる箇所で踏み跡こそ無いが右
に杉の植林、左に自然林の植え分かれ附近で右寄りに斜面を直登する。下草はフユイチゴ等背の低いものだけ
で見通しがいい。斜面が緩くなると林越しに簡素な社殿の屋根が見える。踏み跡に出て左へ寄れば分岐点から
鳥居の前に至る。
 復路では鳥居の前を北へ進み、コンクリート境界杭の丁字路で踏み跡が無いのにそのまま北へ進む。これが
下りかけた所で左へ廻り込み、杉の人工林と自然林との境附近を北へ進む。左に寄り過ぎると谷の斜面だ。
スダジイを見た先、左側の狭い方の尾根を避け広い尾根を進む。

H物見塚山 △228.1
 H−1 沢コース
 バス停竹岡郵便局前→0.20←仲村集会所→0.10←関山(東電柱白狐178柱)→0.05←
相川分岐→0.15←99案内標柱丁字路→0.10←丁字路(東電柱白狐220柱)→0.35=0.30←
尾根筋踏み換え→0.15←物見塚山
 上総湊駅と竹岡駅を結ぶバス、上総湊駅発高島別荘入口行き、東京湾フェリー行きバス乗車、竹岡郵便局前
下車。館山自動車道、富津竹岡インター入口への道路を東へ進む。高速道の下を潜ってさらに南へ進む。相川
方面への旧道をそのまま南へ分岐する。
 東京電力99号鉄塔案内標柱の丁字路から東へ進む。未舗装道の峠を下ると新道、太郎神社側からの農道を
合流させて東へ進む。すぐ右側に丁字路がある。東電柱白狐220柱。奥に別荘があり、そこから右岸の狭い山
道になる。左尾根からの泥土の崩落のため径幅は狭く、径は途切れる。沢が杉の植林とシダ類の平地をなして
いる箇所に一旦下りて右岸の斜面を目指す。三回のZターンを経て高度を上げる。6回目の右折箇所には二本
の径が並行している。右側を進んだ場合、斜面崩落の頂部からはその続きがわかりにくいが、幅広い溝径が再
現する。左へSカーブして尾根筋を踏み替えて右側に尾根筋を置く径にかわる。
 並行している道の左側を進んだ場合、尾根筋にかわり、地滑りの上を進むので崩落箇所はわからずに済む。
浅い切り堀に下ると尾根筋踏替えの位置で合流する。
 直にその右側の尾根筋を殆んど水平に進む径にかわる。右後ろからは幅広い溝径が合流する。左右に小ピ
ークの水平な切り通し溝径のとき左の斜面に標識があって左側の急斜面を北へ登ると緩い登りにかわる。急斜
面を一登りすると石碑の建つ塚の前に出る。自然板石に「不二乃大神、大嶽、宝山成行監督」。裏には「石井権
四郎碑」などと彫られている。右側には三角点の標石があり、左側には「参明藤開山」の碑のほか石が散乱して
いる。
 「安房 古道を歩く」あわ がいど4 では「物見台」220mの三角点と紹介されている。

H 頂上から細い踏み跡を辿って僅か東へ進むと右下に切れ間がある。慎重に下ると
洞窟に出る。間口約7.5メートル、入口の高さ2.5メートル、奥行き2.5メートル。
成層の岩の風化で奥の天井は低くなっている。左手の床面がやや高い。その左手寄り
から撮影。ここより僅か西側にも大きな洞窟状のオーバーハングがある。その他大小の
横穴が各所にある。

 H−2 しあわせ橋から小足沢で
 仲村集会所→0.10←関山(東電柱白狐178柱)
 関山(東電柱白狐178柱)→0.10←稲荷橋→0.10←金毘羅橋南詰め(新道経由)
 関山(東電柱白狐178柱)→0.05←相川分岐→0.15←99案内標柱丁字路→0.05←
金毘羅橋南詰め(旧道経由)
 金毘羅橋南詰め→0.10←しあわせ橋南詰め→0.35=0.30←尾根分岐→0.10←
尾根の肩(南)→0.10←物見塚山
 金毘羅橋の南、再び大きな橋がある。しあわせ橋の南詰めに六地蔵等の並ぶ覆い屋の角の分岐を左へ進む。
大谷(おおやつ)橋の先から農地沿いの道は暗い林の中に入る。小足沢の左岸の道路は高度を上げ、Vターンし
てさらに高度を上げる。左へ曲がって切り通しを造る左側の尾根筋には明瞭な登り口が無い。この径が下り始め
る左側の藪の中に細い踏み跡があって、これを登る。登った先には浅いが確実な溝径があって、痩せ尾根にな
って北へ進む。喬木に覆われて下生えの無い尾根の肩から草で覆われた狭い吊り尾根にかわる。この尾根筋
を北へ進む。幅一人分くらいの切り開きがなされてかろうじて通行できるようになった。やや急な坂径を登る
と二本あるタブノキ西寄りのほうの脇に上りつく。そのまま尾根筋を北西に辿れば山頂の塚の東側に至る。
 北西への尾根筋を左に巻けば金毘羅橋方面からの径に繋がる。

 H−3 梨沢橋から
 上総湊駅→0.15←神田橋→0.10←一川橋西詰め三又→0.10←分岐(東電柱相川11柱)
→0.05←高野分岐→0.10←相川橋→0.10←岩見堂やぐら入口→0.10←妙蔵寺前→0.05←
丁字路(東電柱相川111柱)→0.10←梨沢橋→0.10←分岐(東電柱相川157柱)→0.25←
尾根分岐→0.10←尾根の肩(南)→0.10←物見塚山
 上総湊駅から梨沢橋を目指す。梨沢橋を渡ると西向きに2本道路があって、手前の道路を進む。すぐ又、橋が
あって川を渡り、左岸の道路になる。沿道には民家があるが、右側にコンクリート舗装の道路が分岐している。
東電柱相川157柱付近からこの道路に入る。尾根筋の展望のいい道路にもなる。高度を上げ、道路の頂部に
近づいた所、右側の斜面、藪の中に細い踏み跡があってこれを登る。これを見落とすと右へ曲がりながら切り通
しを下る道になる。この付近で右側の尾根へ飛びついてもいい。登った先の溝径から痩せ尾根筋になり、北へ
進む。喬木に覆われて下生えの無い尾根の肩から草で覆われた狭い吊り尾根を経て山頂に至る。

H 「壁龕分岐」の僅か北側の分岐 トビ岩山と「風早山」の案内標識が中央に。
振り返ると未舗装道が東へ。

 H−4 物見塚山からトビ岩山 ○160 三等三角点風早 △192.8
 物見塚山→0.30←鞍部→0.30=0.25←尾根筋→0.10←トビ岩山降り口
 トビ岩山降り口→0.05←頂上
 トビ岩山降り口→0.10←壁龕分岐→0.10←三等三角点風早
 壁龕分岐→0.05←牧場内の丁字路
 トビ岩山は相川側から進めば、ほとんどが道路歩きで、わずかな山道で山頂に達する。しかし、牧場で進入禁
止のゲートが固い。
 物見塚山には北側へ向かう標識と確実な踏み跡が下っている。小鞍部にはケヤキの大木(幹周り3.2メート
ル太い枝と幹の計5本)があり、タブの大木(幹周り3.5メートル主幹の他太い枝が二本)の脇を緩く下る。小さく
上り下りをする。一箇所尾根筋を離れて右下に下る箇所もその先の尾根筋で急坂を避けただけのものだ。赤色
のコンクリート境界杭が現れるようになる。尾根筋が根の網状のピークを巻く。小さな鞍部の左右が深い谷
の迫っている箇所がある。西側の踏み跡は倒木で塞がれていたのにその脇に代わりの径が切り開かれている。
割と楽に下って白狐川の支流に繋がる。
 この鞍部から岩の急坂になる。上りきった岩の肩は左に小尾根を見送って右へ。次のピークがやはり三方分
山で、ここは左北東へ下る。狭い尾根筋の上下から小ピークを右に巻く。幅広い斜面から右側の尾根に進み左
へ鋭角曲がりして北へ進む。尾根筋が少し開けると尾根の右側の斜面がオーバーハング気味の岩肌になっ
ているのが垣間見える。横穴も見える。その西側で正面の尾根を左へ巻いて進む。西向きの尾根先を右へ巻い
て急な下りの径になる。右に急斜面の迫るトラバース径になるが幸い幅はある。その上には急な斜面の下、露
岩を見せ、穴も見える。倒木の根起しの脇にロープが垂らされた。表土の落ちた露岩の段を急登し、左北へトラ
バースすると後述の降り口▼に出る。右側からの尾根先を廻り込む所で、その尾根先に登りの踏み跡があ
り、これを進む。わずかな登りで東西の尾根筋からの〔降り口〕に登り着く。わりと幅があるが下生えも少ない尾根
筋で右折南へ進む。薄い踏み跡が続いている。南側は切れ落ちた崖の上なので展望がいい。丸いプラスチック
の杭がある。この附近の一番高い所がトビ岩山(別名 天狗の鼻)だが標示は無い。鳥の嘴のように尖った
岩がある。草の中に18センチ角の標柱がある。周囲の展望が素晴らしい。西へ下ると西側から廻り込
んで尾根に登り着く位置に繋がる。又、この頂上から細い踏み跡を辿ってわずか東へ進むと右下に切れ間があ
る。慎重に下ると洞窟に出る。間口約7.5メートル、入口の高さ2.5メートル、奥行き2.5メートル。成層の岩
の風化で奥は低くなっている。左側の床面がやや高い。
 登り着いた尾根筋の降り口▼からは尾根筋を北へ進む。小さく下って笹の勝る踏み跡になる。これが開けて水
平になると南の急斜面へ下る径の分岐がある。わずか下ると磨崖仏があり、垂壁に穴が穿たれ、左は風化した
石塔、右はふくよかな表情の馬頭観音像が納められている。磨崖仏は風化のせいか像容ははっきりしない。この
仏像の前の径はかなりいい径が続く。尾根先で南の小尾根へ下る径にかわる。岩山の中段をトラバースする径
には赤い布のサインが見られる、ケモノ径に変わって、降り口▼の下部=登り口に達する。悪路だ。横穴が複数
見られる。
 磨崖仏への分岐を左に見送って北側へ薄い笹藪を突くとヌタ場に出る。未舗装道が一直線に東へ向って緩く
下っている。これは東側の牧場跡へ行くものだ。ヌタ場に面して西側の笹薮に狭い踏み跡を求めて進む。傾斜
を強めると左へ巻いて笹薮を抜ける。幅広いシイ林の斜面を右折北へ登ると、傾斜を緩め混合林になる。その
中央に真新しい三角点の標石がある。三等三角点風早だ。051 698の数字が読める。転がっていた石は風
化した石祠の室部と屋根部だ。脇には北東と西へ繋がる溝径が延びている。植林のため展望は無い。
 オーバーハング気味の岩壁の登りはベテランなら楽に登れるだろうが、ここの案内子は絶対にお薦めしな
い。降り口▼とした上下径の下部から磨崖仏の前までのトラバース径もお薦めできない。
 トビ岩山の北側、三角点の山の東には奇妙な凹地が展開している。一時牧場や椎茸栽培などがなされたとい
う所で、今は閉鎖されている。この地形は東西数百メートルにわたるものだ。規模の大きな地滑り−基盤地
滑りの結果生じたものであろうという専門家のご意見だった。この東側、妙蔵寺の更に東、御嶽山の南東側にも
同様の成因だとおもわれる凹地が見られる。

H 壁龕分岐とした分岐を南に数歩 磨崖仏 この右下には壁龕がある。

 H−5 嶺坂山尾根コースで物見塚山へ
 一番のお薦めコースです。
 金毘羅橋南詰め→0.10←ブロック壁斜路→0.40=0.35←物見塚山
 金毘羅橋の南、102号鉄塔の案内標柱が左側にあるが、そのまま南へ進む。再び大きな橋がある。しあわせ
橋の北側には幅広い道路が東へ分岐している。その方向は行き止まりだと別箇所に看板のある道路だ。これを
北へ進むと直ぐ右側に林道嶺坂山線起点の標識と分岐がある。そのまま広い道路を進むと、この道路の終点
になる。右側の法面の間知ブロックには物見塚山を案内する書き込みがある。セメントの斜路を南へ進む。折り
返して山径になり北へ向き直る。その後この法面の上に出て、嶺坂山の尾根筋をやや深い溝径で登る。左側に
鉄塔を見る。カーブを繰り返す深い溝径は直に尾根筋の右巻き径にかわる。尾根筋を乗り越すと幅広い尾根筋
になって広い鞍部に下る。左寄りに踏み跡が繋がる。左右に小ピークの水平な切り通し溝径のとき左の斜面に
標識があって左側の急斜面を北へ登ると緩い登りにかわる。急斜面を一登りすると石碑の建つ塚の前に出る。
 西側の登路の内では一番いい登路だ。
 金毘羅橋の南、防火水槽の向かい、東電鉄塔102号への案内標柱がある。この案内に従って進んでも住宅
地、畑地を抜けた先、林地の中で崩落とそれに伴う倒木で巡視路が痛んでいて進めない状態になっている。

 H−6 林道厩屋台線小足沢山から物見塚山へ
 金毘羅橋南詰め→0.10←しあわせ橋南詰め→0.30=0.25←103鉄塔→0.40=0.35←
物見塚山

 金毘羅橋の南、再び大きな橋がある。しあわせ橋の南詰めに六地蔵等の並ぶ覆い屋の角の分岐を左へ進
む。大谷橋の先から農地沿いの道は左側に林道厩屋台線起点の標識と東電103号鉄塔案内標柱が並ぶ狭い
径がある。これを進むとかつて果樹園だったのだろうと思われる下草の少ない斜面の右端を進む。右側にプラ
スチックの段径が現れる。孟宗竹の林の中の急登の段径を登る。左右にジグザグを繰り返し、直登にかわると
鉄塔の下に出る。
 水仙畑の緑は小足沢山の尾根筋西端の平地で広く展開している。その左端を進み、杉林の斜面との肩の位
置で東へ進むと、幅広い尾根筋になる。下生えは少なく緩い登りの踏み跡を辿る。急斜面になると踏み跡は見
えなくなるがそのまま登る。着いた頂上は割りと平らでやや右寄りに踏み跡を求める。幅広い尾根筋になって広
い鞍部に下る。左寄りに踏み跡が繋がる。左右に小ピークの切り通し溝径のとき、左の斜面に標識があって左
側の急斜面を北へ登る。緩い登りにかわる。急斜面を一登りすると石碑の建つ塚の前に出る。
 この径は上部の急斜面を下る位置がわかりにくいので、始めての下りでは進まないこと。

H 壁龕分岐を南へ数歩 磨崖仏とならんで馬頭観音像が

 H−7 トビ岩山 ○160 三等三角点風早 △192.8
 上総湊駅→0.15←神田橋→0.10←橋の西詰め三又→0.10←分岐(東電柱相川11柱)
→0.05←
高野分岐→0.05←相川神社東交差点→0.10←未舗装道分岐(東電柱相川344柱)
→0.05←96号鉄塔案内標柱→0.05←97号鉄塔案内標柱→0.05←
斜路分岐(東電柱白狐168柱→0.25=0.20←痩せ尾根分岐32・12標
 痩せ尾根分岐32・12標→0.10←三等三角点風早
 痩せ尾根分岐32・12標→0.10←壁龕分岐→0.10←
トビ岩山降り口→0.05←頂上
 
相川神社の丁字路から富津竹岡インターチェンジへ向かう道路は高野隧道の東側で東電鉄塔97号案内標柱
を見送る。高野隧道を西へ抜けた先、左側にコンクリート舗装の斜路がある。これに入って直ぐ右手に98号鉄
塔を案内する標柱がある。これに従ってシイタケのホダ木の並んだ脇から98号鉄塔へ進む。鉄塔の北側には
97号鉄塔が遠望される。東の林の中へ進む。幅広い源頭部の斜面を横断し、小尾根を浅い切り通しで越えるこ
と複数回。南へ進む尾根に堀切のように尾根が切られて東へ進む。源頭部の湾曲東側の尾根には右手尾根先
寄りと左寄り尾根半ばの二つの径が見える。左の尾根踏替えを選んで東へ進むと、右へカーブしたのち、左側
に低い尾根筋が並行している。南へ向いた狭い尾根の先には頭部が赤く塗られた杭があり、32・12のプレート
の張られた境界杭がある。
 32・12プレートの杭に続く尾根筋を登る。尾根筋には歩きにくい溝径も並行している。この溝径と右寄りの踏
み跡が合流した附近には32・4のプレートの付いた杭がある。そのまま進んだ緩い頂上には三角点の標石があ
る。三等三角点風早だ。
 32・12プレートの杭の所、右へ水平に進む。道幅は広い。高かった左側の山が低くなった頃、二度目の尾
根先曲がりの先、笹の原の北端に出る。笹と潅木の肩を選んで踏み跡を求める。平地から東への丁字路と壁龕
への分岐を経て笹の中の踏み跡を辿る。頂上への尾根筋になる。

 H−8 愛宕神社西分岐から三等三角点風早
 相川神社東交差点→0.10←未舗装道分岐(東電柱相川344柱)→0.05←96号鉄塔案内標柱
→0.15=0.10←愛宕神社西分岐→0.15=0.10←尾根筋合流→0.10=0.05←
三等三角点風早
 愛宕神社西分岐→0.10←愛宕神社

 相川神社の丁字路から富津竹岡インターチェンジへ向かう道路を進む。左側の谷に未舗装道を分岐させた
のち、左手に96号鉄塔案内標柱を見て、斜路を下る。
 一回折り返して小川の左岸に出るが、橋は無い。「溝跳び天狗」の術を真似て右岸へ渡る。同じ黄色い案内標
柱が立つ。涸れた溜め池の堰を進んで右岸の山裾を進む。
 左俣の小沢の右岸の径に変わり、プラスチック段径になって傾斜を強める。分岐の左は段径が続いて96号鉄
塔の元に行く。右直進は浅い溝径で更に傾斜を強める。
 尾根筋に出て右南へ進むと小ピークを巻く。肩のピークののち、タワの左側には勝軍地蔵(愛宕神社)へのコ
ースサインがある。これは難路なのでお薦めできない。そのまま岩の脇を巻いて直登すると竹林の径になる。
 直登の竹林を抜けると急斜面を左側に巻く径になる。切り開きか崩落もあって、通行しにくい踏み跡が続く。
尾根筋に合流して右へ折れる。登ると赤いペンキの杭を下生えの中に見る平地に出る。右寄りには浅い溝径
がある。更に杉林の斜面を進むと、平地の中に三等三角点の標石を見る。風早の三角点だ。

H 法面の間知ブロックには物見塚山を案内する書き込みがある。のりめんの
けんちぶ、、、コンクリート面へのペンキ書きには無理があります。禿げて
目の前にしないとわかりません。

I愛宕神社
 I−1 鳶ヶ谷から
 地元では愛宕さんと呼ばれていました。鳶ヶ谷(とびがやつ)の高台には愛宕堂(県埋蔵文化分布地図)・愛宕
神社(富津市のあゆみP284)があり、愛宕権現の本地仏・騎乗して錫杖を持ち丸い兜かぶった勝軍地蔵像が
奉られています。
 相川神社東交差点→0.10←未舗装道分岐(東電柱相川344柱)→0.20=0.15←愛宕神社
 相川神社の丁字路から富津竹岡インターチェンジへ向かう道路を進むとわずか先で左側の谷に未舗装道路が
分岐している。(東電柱相川344柱)左手山肌にある東電鉄塔95号への案内標柱とその段径を見送る。現役
か遺棄か、水田の谷を左へ廻り込み、幅広い谷の右岸の径になる。(水田を渡る左岸側には前項の96号鉄塔
案内柱から渡った涸れた溜め池の堰に至る)この鳶ヶ谷の奥で、斜面の谷にかわる際を横断する。小尾根の先
に登り口があって、これに取り付く。Zカーブがあって尾根筋に踏み替える。緩い登りが急登にかわった後、狭い
台地に登りつく。
 右手の岩壁の下に小屋掛けがある。愛宕神社だ。積み石がセメントで補強された床面に向拝を飛び出させ、
間口二間半、奥行き二間の堂が建っている。祭壇には天明二年(1782年)と読める台座があり、勝軍地蔵像
が奉られている。その脇には金属製の小碑がある。開山甲斐姓清導法師延享四年(1747年)等と刻まれてい
る。どうの東裏側の尾根の岩壁には小窟(入定塚)があって、やはり開山の石碑が納められている。
 社の西側には谷の斜面を渡るほぼ水平の踏み跡があり、三等三角点風早への尾根径に合流するが、難路な
のでお薦めできない。社の東側の尾根筋へも難路の径がある。同様、お薦めできない。

HI 愛宕神社 勝軍地蔵像ほかが奉られている。

 I−2 相川農村共同館から
 相川神社東交差点→0.15=0.10←右折藪分岐箇所→0.10←●107南合流点→0.10←
愛宕神社東尾根→0.20=0.15←尾根筋合流→0.10=0.05←三等三角点風早
 相川神社表参道の階段ではなく、右側にそれた位置に女坂の斜路がある。これに入るとすぐ右へ分岐してわず
か進むと相川農村共同館の裏側に94号鉄塔への案内標柱がある。これに入る。小さくSカーブした尾根筋の左
下には相川神社の屋根が見える。奇麗な径は緩い傾斜を見せている。右側に94号鉄塔のへの径が分岐し、左
側には塚がある。そこには古い石祠が並んでいる。スダジイほか周囲の木々はいずれも太い。
 尾根筋は緩い登りから水平になる。刈り込みの奇麗な径は、右へ曲がる。直進側は笹薮状態だ。
 A 右へ曲がった径はすぐ左丁字路になる。ここには小石祠が建つ。今も奉幣されている。ここの直進側は右
岸から登ってきた東電の径で、プラスチックの段が見える。ここで左に曲がる。笹薮に囲まれた刈り込みのいい
径は95号鉄塔の下に出る。左山手側へ笹薮を突くとわずかな藪漕ぎでピークの肩に出る。●107ピークは笹の
多い平地で、肩の部分を反時計周りでかわすと尾根を緩く下るようになる。笹を抜けると左側から水平路が合流
している。痩せ尾根になる。
 B 直進側の笹薮には踏み跡が見える。右側に●107ピークをおいた水平路はたまに倒木があるが、笹薮は
そんなに濃くないのでかわした先で、径の延長に出られる。笹を抜けると尾根筋に合流する。右手が高いが踏み
跡は曖昧で笹が見える。左へ尾根筋を下る。
 尾根筋は浅い鞍部を経て急登の岩の目立つ径になる。右へ進むと尾根筋が繋がる。緩やかな尾根筋が急登
気味になる箇所、右側に幅広い水平路が分岐している。愛宕神社への分岐だ。幅広い水平路より一段下の狭
い踏み跡を辿ったほうが楽に愛宕神社東寄りの小尾根に繋がる。
 尾根筋は急登になり、岩壁の舳先の下に出る。岩壁の下、わずかな幅のトラバース径を右へ進む。左側の壁
にロープが二本垂らされた位置でこのトラバース径は尽きる。左側の壁をロープとわずかな足掛かりに頼って
登る。10メートルほどだろう。尾根筋は急で踏み跡はない。下生えが少ないのは幸いだ。この傾斜がわずかに
緩んだ所、右側の斜面から緩く登ってくる踏み跡が合流している。尾根筋は更に傾斜を緩めて踏み跡も時々現
れる。登ると赤いペンキの杭を下生えの中に見る平地に出る。右寄りには浅い溝径がある。更に杉林の斜面を
進むと、平地の中に三等三角点の標石を見る。風早の三角点だ。

J天羽の古道 白狐川と相川を結ぶ道
 今は白狐川と相川との間には高野隧道があります。富津竹岡ICから相川方面へと近道が出来ます。
 仲村集会所→0.10←関山(東電柱白狐178柱)→0.05←相川分岐→0.05←東電柱白狐161柱
→0.05←斜路分岐(東電柱白狐168柱)→0.05←東電鉄塔97号下の切り通し 以下略
 
別荘地への入口になっている東電柱白狐168柱の丁字路から斜路に入って直ぐに左手に未舗装道がある。
左下の道路とはほとんど並行に登って東電鉄塔97号下の切り通しまで、きれいな道が繋がる。
 ここで切り通しを東へ下ると東電鉄塔巡視路のプラスチック段径とロープで北寄りに導かれ、トンネル前の東電
鉄塔97号案内標柱のある道路に出る。切り通しを東へ抜けたあと、右手南へ岩の細い径を進むと、かなり急な
下りで岩に囲まれた細い径がZカーブも交えて相川右枝沢の左岸に下りる。(下生えの為通りにくかったり、奇麗
に掃除されていたり、、、)
 左岸には水平な平地があるが、右岸は岩壁が迫っている。そのまま下流へ進むと今度は徒渉して右岸に移
る。両岸とも傾斜のある斜面だが、右岸には狭い小径が下生えに隠れている。
 南側の小谷へ登る小径に合流する。トンネル東側の道路にある96号鉄塔案内標柱から来た径が右岸を進
み、左小枝沢に登る箇所附近で合流するものだ。
 右岸を更に東へ進み。鳶ケ谷の入口の水田を横断する。幅のある未舗装道は東電柱相川344柱で舗装道路
に出て相川神社方面に至る。

I 相川農村共同館の裏側に94号鉄塔への案内標柱がある。

 この古道を断続的に使って鉄杖山、愛宕堂、三等三角点風早、トビ岩山へ登っているのだ。最上部の河原歩
きだけ下生えが多く、右岸では径が狭いほかは問題なく通行できる。      房総丘陵 1000