@高塚山 ●216 房総丘陵1000
南房総市のハイキングマップ、7千倉里山遊歩道コース、「照葉樹の森コース」山の部分です。
内房線千倉駅下車、安房白浜駅行きバス乗車。バス停高家(たかべ)神社前、バス停南千倉、バス停平舘
(へだて)、バス停名戸川(なとかわ)、バス停本千倉、バス停平舘車庫、バス停忽戸(こっと)、バス停安房川口、
バス停安房平磯、バス停千田(せんだ)、バス停大川、バス停七浦(ななうら)、バス停白間津(しらまず)下車。高
速バスならバス停潮風王国で下車。道の駅ちくら潮風王国が近い。国道410号線の西側に山が急峻な崖を見
せている。細い幅で露岩が見えるが年々大きくなる気がします。
高皇産霊神社のクスノキ 高さ15メートル、幹周り2.91メートル、樹齢約150年。他にもある。
紹介したコースは令和元年(2019年)の台風により、ほとんどが様変わりした。
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| @ 大聖院へ行く道に立つ 前不動の龕 改修されました。 |
@−1 大聖院から
A 道の駅潮風王国駐車場南端部→0.10←バス停大川→0.05←大聖院→0.05←
高皇産霊神社裏分岐点
B 高速バス停潮風王国→0.10←バス停千田→0.10←高皇産霊神社裏分岐点
AB 高皇産霊神社裏分岐点→0.15=0.10←鳥居下5分岐点→0.05←高塚山
A 道の駅ちくら潮風王国は北寄りに飲食店、地産品(主に海産物)の販売所、駐車場北側入口、漁船のモニ
ュメント、外部独立公衆トイレ、駐車場南側入口。全長で300メートル、その南の駐車場入口がバス停大川に
近い。西側の道路は花摘み売店と花畑が並ぶ。露地花の里コースの標識に従って西へ進み、国道410号線に
出る。横断歩道が附近にないが横断し排水路状の小川に沿って北へ進む。
バス停大川から国道を北へ進むと高塚不動の看板もあり、直ぐ左側へ分岐する道を進む。住宅地の小川には
一部手摺り柵がある。この排水路のような川に沿って進む。
旧小学校の前で道はクランク曲がりするが、大聖院への案内地図看板が有る。幼稚園と旧小学校の建物のあ
る東側には小さな龕が二つ並び地蔵尊像と不動尊像が納められている。これが前不動という由緒書きは古い。
石の門柱が建つ立派な寺院が大聖院で、本堂の左側から裏に回ると参拝者用トイレがあり、石段が山に向か
っている。高塚不動堂内に入ると良弁僧の縁起の板絵が欄間に掲げられている。
石の門柱の南側は墓地と岩山で横穴が幾つか見える。東側には高塚山への案内標識があって、照葉樹の森
コース、0.8キロ30分と表示されている。畑の径を左へ進んで林の中の山道に入る。セメントで完全に塗り包
(くる)まれた階段で過剰整備だといっても反論されないだろう。ただし、一段の幅(踏み面)は十分奥深いが高さ
(蹴上げ)が25センチから27センチあって、同じ人間でもダックスフント族には辛い。このセメント階段の終わり
には右下に土だけの径が分岐している。高皇産霊(たかみむすび)神社の径だ。
B 道の駅潮風王国の北端に高速バスのバス停潮風王国があり、その北側を左折し、国道を目指す。バス停
千田の白浜方面側待合所の向かいから国道を横断する。住宅地を抜けると畑地の先、山裾に千木や鰹木の見
える神社の屋根が見える。三又分岐で別径を左後ろから合流させたあと、明神鳥居から参道を進む。二の鳥居
の陰には「蛇岩」がありその由来を記した看板が建つ。拝殿も本殿も、神明造りの高皇産霊神社は立派なもの
だ。右端の小社の脇に山道があり、社殿の裏側へやや急な坂道を登ると高塚不動大聖院からの段径に合流す
る。
AB 土留め型の段径を登る。小振りの素木の鳥居※は破損した。その先には石祠があったが今は基壇の石
組みだけになった。金毘羅社だ。ここ又は、この上方が金毘羅山だ。左へ折れた径はベンチの並ぶ平地に出
る。木が一部伐採されているので、左下には新堰の水面が見える。緩い坂道を登る。右側には小さな分岐が右
後ろにある★が、これらには進まない。右側の山の斜面には涸滝を思わせる岩の崖が見える。左手に好転望の
箇所から小さく上った径の肩の位置、左側に山水紋の冨士浅間神社の石碑がまとめられている。小さく下ると痩
せ尾根の分岐に出る。ベンチもあり、右後ろの方向を汐の香コース入口と案内する腕木型標識が建っている。か
つては長性寺を案内する標識のあった箇所だ。痩せ尾根の先には石の鳥居と段径が登っている。伊勢・琴平参
拝記念碑には多数の名前が刻まれている。その段径の左右には水平な径が有る。どちらも崩落があるので通ら
ないでという標識があり、ロープが張られている。草木に隠れている。
汐の香コースとは「7千倉里山遊歩道コース」で紹介されるコースで、海岸沿いの道路、忽戸附近から白間津ま
でをいっている。
段径は岩の階段、石の階段で左右に曲がり、高度を上げる。左後ろに竜護山方面への径が分岐し、左下に洞
窟への分岐がある。修行者が使ったというもので、奥行きは約2.5メートル。天井は崩落が始まっている。山頂
に上った位置にはかつて二神門があった。文政十三年(1830年)の銘のある風神雷神の石像を収めた「神門」
だった。子連獅子の狛犬(右は健在、左は石垣が崩れて地面に落ちている)の先に仏像を奉った堂・奥の院が
ある。東側は喬木の大きな枝が伐採され、海岸の展望がいい。下方の木が高くなりベンチの上に立って眺め
る。堂の左側には「外輪山」の登り口があり、堂の裏手の山に廃堂と石祠があったがわからなくなった。広場の
ほぼ半分がこの外輪山で囲われている。外輪山の左側馬蹄形の端には上り口があったが下生えに阻まれて
いる。外輪山の中央部分にはベンチと山名標もある。
素木の鳥居は※痛んだために金毘羅社の分岐が分かりにくくなった。石祠はなく基壇の石組みは幅奥行き共
約90センチ、高さは約40センチ。その右脇に細い踏み跡があるが、これには入らないこと。但しベンチの並ぶ
平地のわずか上部で合流する。
右側には小さな分岐が右後ろにある★がこの径は直ぐに左へVターンして並行した尾根筋を上るようになる。
曲輪か果樹園か畑地か、草と小木の点在する水平な小広い土地が都合3段続き、4段目は暗い林の中になる。
何の平地かわからない。社、石祠石仏なども一切無い。
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| @ 大聖院の門前 右手に案内看板が並ぶ |
@−2 長性寺から
バス停千田→0.10←長性寺前丁字路→0.10←合有戸堰
バス停安房平磯→0.05←自然保全地域看板→0.10←合有戸堰
合有戸堰→0.15=0.10←尾根の標識→0.05←鳥居下5分岐点→0.05←高塚山
バス停千田から国道を北へ進み、ミラーが右側、スズランの花の街灯を左に置いた角で左へ曲がる。山裾に
寺院の大きな屋根が二つ見える。左が境内に太いイチョウのある照明(しょうみょう)院、右の棟がやや長めの方
が長性寺で、そちらへ向かう。上部の山に露岩の壁が見え隠れする。防火水槽の丁字路が長性寺の入口だ。そ
のまま北へ進み左側にコンクリート舗装の車止めのある道路へ進む。東電柱平磯106柱。
コンクリート舗装道路はZカーブする。その左カーブ箇所には山裾に階段がある。道路は急傾斜になる。登り着
いた平地の先に合有戸(あいうど)堰の斜面があり、その左端に登り径が有る。山頂の溜池でこちらの堰には
放水口はない。丸太の立派な案内標柱とベンチがあり、ここから左山の径を緩く登る。径が尾根筋に近
づいた所から径の脇に蛸壷らしき穴が時々ある。又、この付近の小ピークは何れも平な頂部で太い木はな
い。戦国時代の城跡、曲輪の段のようだ。又、戦時中の遺物だろうと思われる壕もある。枝尾根を乗り越して右
側の尾根の切割りを登ると、左右の尾根筋に径があり、これまでの径が長性寺への径だったとの案内標識があ
る。左側の尾根を乗り越して進むと尾根筋のベンチの並ぶ分岐点に出る。
右北側にある石の鳥居を潜り、石段の径を登ると高塚山の奥の院に至る。
バス停安房平磯の僅か南、水道設備店と食品店との間の道路を西へ進む。再び民家の前になると「保全地
域」の看板がある。左折は東電柱平磯106柱の丁字路と長性寺方面だが、そのまま民家に挟まれた路地を直
進する。保全地域の標柱も立つ用水路の斜路を登る。左下に階段とコンクリート道路がある。この道路を登ると
合有戸堰だ。
| @ 大聖院不動堂入口の階段 |
@−3 観養院から
バス停安房平磯→0.10←観養院東分岐→0.10←枝谷→0.10←合有戸堰→0.15=0.10←
尾根の標識→0.05←鳥居下5分岐点→0.05←高塚山
バス停安房平磯から国道をわずか北へ進むと観養院の案内看板があり、左折する。道路途中には権現森貯
水池と刻まれた石柱と貯水池がある。緩いクランク曲がりをして観養院の前に出る正面に空き地があり、その隅
には四等三角点が埋め込まれている。観養院の前を東へ進む。
山裾へ向かう路地のある丁字路(東電柱平磯101柱)で民家の間を抜ける細道に入る。コンクリート階段で水
路を渡り、岩壁に沿って緩く登る。横穴を二つ見た先、分岐がある。直進は折り返して登って金毘羅社に至る。今
日も奇麗にお祀りされている。分岐は左へ折り返すと、右側の岩壁にロープの張られた岩段の径になる。わずか
で峠に登りつき浅い小谷の右岸側の径になる。
この枝谷が深い谷に取り付く所を。左折、深い谷の上部に刻まれた細道を進む。一段下には幅広い農地の跡
と思われる植林地が続き、かなり下方に谷底が見える。狭い径を登ると諏訪堰の右岸側に出る。これは第二堰
(下)で、堰の上を左岸側へ往復できる。ここから右岸の径は幅広い未舗装道になる。二度目になる左股の谷を
鋭く曲がって右岸の道は水面から高くなる。道路がわずか下ると合有戸堰の上流部だ。柵の端部にベンチと案
内標柱が並ぶ。以下前項との重複を避ける。
A竜護山 ●192 △206.0
高塚山の西側にある竜護山と一等三角点大川の南西側に山道があります。
A−1 バス停白間津から
A バス停白間津→0.10←日枝神社
B バス停白間津お花畑→0.10←日枝神社
AB 日枝神社→0.20←溝分岐◆→0.10←鞍部の分岐■→0.25←三角点への分岐★
C 三角点への分岐★→0.05←三角点大川
D 三角点への分岐★→0.15←竜護山分岐→0.05←竜護山
E 竜護山分岐(→0.10←)鳥居下5分岐点→0.05←高塚山
F 竜護山分岐西側→0.15←高塚山
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| @ 高皇産霊神社 二の鳥居から 立派な神明造りの社殿が見える。 |
A バス停白間津(しらまづ)下車。国道を北へ進むと、円正寺、海雲寺への案内看板が西側の道路沿いにあ
り、ここで曲り川沿いを進む。白間津お花畑の案内標識があり、円正寺、日枝神社へ進む。その両者の中間に
未舗装道がある。
B バス停白間津お花畑下車。ここは、道の駅白間津花のパーキングで花などの直売場休憩場、奇麗で大き
なトイレが駐車場の周りに並んでいる。国道を北へ進み。三又の左側には細いコンクリート舗装道路が農地
の中に曲がりながら繋がっている。観光案内の標識で、日枝神社へ進む。
AB 社殿の前のマキの木は注連縄が張られ、幹周りは3メートルある。社殿の石垣を左側に未舗装道を進む
と岩の径になって左折する。白いロープが垂らされているので、傾斜は決してきつくはないが、滑り止めの意味で
利用したい。左斜面から右に分岐し、尾根筋をジグザグする急坂道にかわる。尾根筋が緩い尾根にかわり幅が
広がると、右下に狭い溝径◆が有る。七浦、長尾神社からの径の合流だ。
Z形に折れ進む急登の岩段のあと、右側に平地が有る。拝所ではなく、陣地跡かもしれない。左側のピーク(●
192)を巻いて広い径が西に分岐する鞍部■に降りる。ここにも平地がある。陣地跡のようだ。西側は畑へ至る
路で幅3メートル以上ある。マテバシイの林が特徴的だ。
ここは直進して上る。右へカーブして伐採されたピークの手前で右下への狭い分岐で緩く下る。伐採された径は
アンテナ塔の有るピークでルートの方はこのピークを右東に巻いて緩く下る。小笹が径に被っている。谷を巻く径
が山崎に差し掛かると県設置の奇麗な標識が有る。南の尾根は大川の堰、今来た北西は畑方面、北東は御神
様。北側の尾根筋には別の標識で竜護山が案内される十字路分岐だ。
C この尾根筋を登ると割と平らな尾根筋に出る。ここにも県の標識がある。三角点への分岐★で、西へ進む
径は行き止まりの標示だ。その西へ進むと小さく登って下生えのない潅木の中に一等三角点大川が有る。尾根
は西へ続いてはいるが踏み跡はない。
D 三角点への分岐★から尾根筋を東へ進む。踏み跡とは並行した水平な平地があるので径だと勘違いのな
いように気を付けたい。尾根筋の先でV型に左カーブする箇所が有る。直進にも尾根筋と踏み跡があるが刈り込
みが悪くなるので、先輩のコースサインとともに気を付けたい。左の尾根筋への分岐を右へ緩い坂の方へ進ん
で、山崎曲がりをするところ、県の標識があって直進には「通行止め」のわけが書かれている。右下への尾根筋
の下りは竜護山への径で白いロープが鞍部から山頂まで急斜面の箇所に張られている。山頂にはコンクリート製
の社があり、中には八大竜王の御札と像容不明の像が祀られている。薄い踏み跡が二方向の尾根筋にあるが
進まない方がいいだろう。展望はなく、木立ちを透かして海が見える。
E 竜護山への分岐点にある通行止めの標示は高塚山奥の院の鳥居下5分岐点に有るものと同じだ。これを
無理に進むと途中、コンクリート擬木の柵が二箇所あり、狭い径が谷を廻る径で、刈り込みが悪く、10分程度か
かるそうだ。「通行止め」は自然林巡視道管理者の標示なので、そのつもりでいたい。
F 山崎曲がりの西側、左の尾根筋への分岐を進むと、高塚山参道の急坂径に合流する。行者の窟への分岐
を左に見て、階段の上は高塚山の神門だ。なくなった。
A−2 バス停七浦から
南房千倉大橋公園→0.05←バス停七浦→0.10←槙の並木(トンネル上部)
(1)槙の並木(トンネル上部)→0.25←三角点への分岐★
(2)槙の並木(トンネル上部)→0.25←溝分岐◆→0.10←鞍部の分岐■→0.25←
三角点への分岐★
バス停七浦下車。国道から西側の道に入ると長尾神社が有る。拝殿奥の本殿は神明造りだ。大川コミュニティ
集会所には外から使える奇麗なトイレが有る。神社の社名柱の建つ丁字路を西へ進むと、花畑越しに山並みが
見られる。右寄りの山の出張り位置が東漸寺の墓地になっている。その左側の山肌は崖が見える。アンテナも見
える。左寄りの山の切れ間を目安に、道なりにコンクリート舗装道路を進む。二軒並んだ西側の家屋の西側がマ
キの並木になって、ここから未舗装道を進む。板橋を渡った急傾斜の先には路面が岩段の素掘りトンネルがあ
る。
(1)この岩段を登ると水路を渡り、右岸側になる。合流した水は大川の滝を作っているが、上からはよくわから
ない。右折の径があって右岸を進むと直ぐに左岸に渡り直す。大川の堰に出るわずか手前右後ろに東側の尾根
へのジグザグ径が分岐している。わずかな登りで尾根筋にでる。緩い登りは古い段々畑か城跡の腰曲輪・尾根
筋の曲輪か判断できない。径は西に振れ、尾根筋に上がりなおす。マテバシイの尾根筋から幅広い水平な下生
えの左端を進む径が僅か登ると尾根先の十字路に出る。県設置の奇麗な標識が有る。今来た南の尾根は大川
の堰、左側の北西は畑方面、北東は御神様。北側の尾根筋には別の標識で竜護山が案内される分岐だ。この
北側の尾根を登ると、三角点への分岐★に出る。以下は前項による。
(2)素掘りトンネルの岩段を登り、右折の径を見送って直進する。左岸の狭い径の下生えを越しながら進む。
右側に沢の分岐があった先から沢筋自身を進む。岩には段が刻まれている所ばかりではない。新しい倒木と下
生えが急傾斜の沢筋を覆う歩きにくい径だ。源頭部の平からSカーブをして倒木を避け狭い溝径◆で尾根筋に
登り着き、右折する。以下は前述のバス停白間津、日枝神社からの溝径分岐による。
![]() |
| @ 高皇産霊神社裏分岐点は境内の右端鳥居の右手に山道があり、社殿の裏側へ やや急な坂道を登ると高塚不動大聖院からの段径に合流する。 |
A−3 お花畑の地蔵尊から
バス停七浦及びバス停大川→0.10←山裾→0.30←三角点への分岐★
バス停七浦の北。バス停大川の南。国道に横断歩道があり、ここから西側の住宅地に入る。東電柱白間津
102柱。直ぐに狭い道路になって径なりに進む。お花畑や農地が展開し、山並みの緑が正面に迫る。左寄りに
石造地蔵立像を納めた石龕が独立している。狭いコンクリート道路、未舗装の農道を辿って、この地蔵尊へ行
く。そのまま山に対面する農道を山裾へ進む。
山裾から左へ山径に入る。溜め池の堰に出る。笹薮を抜けて折り返す急坂になる。ソテツの脇で急坂は終わ
り、尾根筋ないし左に巻いた水平路になる。山崎を廻り込んで坂径になったのち、尾根先の十字路に出る。県設
置の奇麗な標識がある。今来た北東の径は御神様、正面の北西側は畑方面、左側の南の下りの尾根は大川の
堰、右北側の尾根は別の標識で竜護山が案内される分岐だ。この北側を登ると三角点への分岐★に出る。以
下はバス停白間津、日枝神社からの記述による。
A−4 畑から
畑青年館→0.05←市道分岐(東電柱山荻163柱)→0.20=0.15←三角(東)分岐
→0.20=0.15←北西分岐(●182東)→0.10←鞍部の分岐■→0.25←
三角点への分岐★
畑青年館前の道路の北側の三叉を右東へ分岐すると狭い道路の左右に住宅が並ぶ。右南側に急坂のコンク
リート舗装の小道が下っている。東電柱山荻163柱。細い橋で長尾川を渡るが、そこからは狭く深い河岸の断
面が見下ろせる。急坂の上の右側は民家の庭先で、左の細道へ進む。Zカーブする急坂はこの附近だけで、緩
い登りの径は幅が2メートル以上ある。左側にはシダの勝った小さな山崖を見る。道幅は3メートル以上になっ
て1.5メートル幅の轍が枯れ葉に隠れている。右側に細い分岐がある。その先にも右後ろに同様の分岐があ
る。これらはその先で合流して南西へ下っていく。小山を囲って三角を成す三角分岐だ。
左側には弘化二年(1845年)の馬頭観音像が奉られている。幅広い尾根筋は奇麗な径で周囲のマテバシイ
の林が高い。左側の小ピークの先に北西側へ分岐する小径が分岐している。右へカーブする位置では右側の谷
が深い。二度目の同様な右カーブ地点では左側にも藪に覆われたミチ型が隠れている。右側が大きな谷で別の
尾根筋の径に丁字路型に合流する。ここが白間津方面からの径の鞍部■で左折して上る。
以下はバス停白間津、日枝神社からの記述による。
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| @ 高塚山山頂の神門はなくなりました。蛇紋石の風神雷神像を納めていました。 その像容は 続房総の石仏 百選211ページ 98項。風神・雷神 で見られます。 実際の像容は写真で見るより実物のほうが格段にいい! |
A−5 畑 グリーンライン側から
畑青年館→0.10←畑61十字路→0.10←白首十字路→0.30=0.25←三角分岐(東)
→0.20=0.15←北西分岐(●182東)→0.10←鞍部の分岐■→0.25←三角点への分岐★
畑青年館前の道路を南へ進む。安房グリーンラインに出ると畑61の看板標識が建つ。この新道の東側を南へ
進む。東側の山の斜面の途切れた所、東へ折れる舗装道路がある。直ぐ二又分岐があるが、左北側を進
む。左側の小山の盛り上がりが真名城跡で、この盛り上がりが消えると広い谷の平地、白首(びゃくび)にセンリ
ョウ小屋が並ぶ。中央に十字路がある。左丁字路右丁字路のあと、径は山へ入る。
この付近の北側が向い山(ママ)○115.7だ。左上に最後のセンリョウ小屋を見上げる。この附近から径が徐
々に狭くなる。北側への分岐もある。向い山への分岐だが、倒木地獄だ。Sカーブでは右側に竹薮の径が分岐し
ている。右カーブ左側山の径になったあと、右が藪、左が林になっている。右側の水平な植林地の一画は農地だ
ったのだろう。
右側への山径への分岐がある。左側への刈り込みの緩い分岐もあって都合十字路だ、この右側の先にはニホ
ンザルの研究で県が設置した施設がある。直進する。
左分岐では小径が分岐している。次の突き当たり丁字路では右へ折れる。左後ろは先ほどの分岐の道が合流
して北西方向へ行く。三角分岐だ。そちらへは進まない。逆方向のとき、左丁字路を左折するには直進方向の踏
み跡の濃さと連続性を見るほかない。
その後緩い登りになる。左後ろに同じくらいの幅広い径が合流する。これは北西への径で、やはり逆方向の
時、左南西方向を選ぶこと。径の強さでは同じくらいだ。痩せ尾根の径になると左分岐がある。奇麗ないい径だ。
これが三角分岐の西側で、右直進は落ち葉・小枝が多いがわずか進んで、広い径と合流する。三角分岐の東
側だ。車が通れそうな幅がある。
ここまで左右紛らわしい分岐が多いので、前項の径の方がいい。馬頭観音像、北西分岐(●182東)を経て、
丁字路合流白間津方面からと合流、高塚山方面へ進む。
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| A−3 お花畑の地蔵尊の龕 ここの右側の農道を山裾へ進む。 |
A−6 真名城跡 ○96.7 向い山 ○115.1 経塚
畑青年館→0.10←畑61十字路→0.10←真名城跡
畑61十字路→0.10←白首十字路→0.15=0.10←向い山
マノジロウ、真名(まな)城跡の存在は土地の人だけに知られたものだったが「館山と文化財」の会員に伝えさ
れ、調査公開された。山名、標高は「館山と文化財」第52集によった。マノジロウとは真名城の転訛で、川廻し
は明治時代の道路建設に伴う長尾川の流路変更だそうだ。
畑青年館前の道路を南へ進む。右側は山肌の下に用水溝が有り、その一段下には道路の排水溝が並行して
いる。用水溝の水が排水溝に移り横断渠が道路に埋設されている。道路左側に倉庫とゴミ捨て禁止の看板のあ
る位置を見ると横断渠の排水が滝になっている。かなり下方に長尾川の河床を見る。
道路左側の水田の西側に下りの斜路がある。カーブミラーと東電柱山荻281柱の裏側だ。露岩の斜路はZカ
ーブして長尾川、川廻し跡の旧河床に下る。湿地状態で通行しがたい。白首の北側の河岸に至る。それ以前に
Zカーブを経る斜路は倒木地獄だ。
カーブミラーの西側は藪で、その更に西側の東電柱山荻280柱脇に奇麗な未舗装道が下っている。斜路の左
側は密生した藪だが、わずかに透かし見えるようになると相当下方に水面が見える。斜路の右側の山崖中段の
一角に炭焼き窯がある。径は尽きるが、細い径が登っている。左側には手摺り柵がある。垂壁の上になっている
径は失せる。様子を見るだけで進まないこと。
安房グリーンラインに出ると畑61の看板標識が建つ。この新道の東側を南へ進むと、直ぐ左側にコンクリート
斜路がある。この傾斜が緩むと未舗装になり、右南へ向き直る。山林の先、密生した植木畑の北端に出る。枝
の密生した中に暗いトンネルが水平に南へ延びる。真名城跡の北側斜面の下に広がる平地「マノジロウ」だ。現
在は西端が畑地、中央から東方の半分が植木畑として利用されている。
次の2番目、左後ろにコンクリート舗装の斜路がある。マノジロウの西端の畑地に出る。分岐があって南へ緩く
登る道もある。
東側の山の斜面の途切れたところ、東へ折れる舗装道路がある。都合3番目の左側の道だ。直ぐ二又分岐が
あるが、左北側を進む。この道路の最上部■のところ左丁字路で北側の未舗装道に入る。直ぐ右へ曲がり道は
尽きる。右側の僅かに高い自然林の中に入る。下生えは少なく枝の被りも少ない。幅広いほとんど平らな尾根筋
は左へ緩くカーブする。平らな平地に仕切りのような溝があった附近では左側の僅かに高い方へ踏み替える。北
向きになると先ほどまでの低い平地が一段もって低くなっているのが見える。更に東側もう一段低い平地も見下
ろせる。薄い木々の茂みの幅広い尾根筋の最高部が真名城跡の主郭○96.7だ。
道路の最高部■から東へ下る。左手の崖に細い山径がある。二郭か三郭とされる平地に至る斜路だ。
一方道路の南側一段下方には左北丁字路からこの附近まで腰曲輪を思わせる小幅な平地が見える。
広い谷の平地、白首にセンリョウ小屋が並ぶ。中央に十字路がある。この白首十字路、南側の下り斜路は渡
渉ののち、●157のピークへ至る径だ。北側はセンリョウ小屋の脇を緩い登りで進む。センリョウ小屋の外れ北
端で右カーブ、切り通しの峠に出る。下る道は下生えも多く、倒木地獄で下れない。(途中右手の小平地は曲輪
か旧水田か判断が出来ないが、折り返して川廻しの旧河床に着く。西側に急河床が延びている。その南岸西岸
は高い崖になっている。真名城主郭、マノジロウの下方だ。旧河床の湿地を渡るとカーブミラーと東電柱山荻
281柱の脇で道路に上がる。
白首十字路から東へ進む。左丁字路右丁字路のあと、道路は山へ入る。この左手の山の角に細い径が付い
ている。最初一段だけ足を上げれば傾斜の径が尾根筋に繋がる。直ぐに右へ曲りトラバース径になるが、左の
尾根筋への踏み跡が分岐している。これを進むとマテバシイの株別れの木とヤマザクラの小ピークに達する。こ
こから僅かに下った先をもうひと登りすると平らな山頂に登りつく。向い山○115.1だ。北寄りに東への径がある。東へ僅か進むと東西尾根の北肩の径になり、右の谷への丁字路☆がある。向い山は小字名を経塚という。
更に東へ進むと左上に最後のセンリョウ小屋を見上げる。この附近から道路が徐々に狭くなる。北側へ北肩の
径の分岐がある。この北側への径が倒竹倒木地獄でなければ向い山頂上からわずか東側の尾根上、北肩の径
で丁字路▼合流する。
丁字路▼から北肩の径は更に東へ続く。やや左寄りに肩の径を進むと左へカーブ、尾根筋になり竪穴が開い
ている。その先に溝径が合流している。右下からの溝径はニホンザル研究施設の十字路からのものだが、途中
倒木、薮等で通行できない。
溝径は左側から廻り込んで尾根筋へ続く。右へ緩くカーブする位置では左側に薮で隠された溝径がある。この
溝径は緩く登り、小ピークに達する。右下には先ほどの径が尾根先の切り通しで折れているのが見える。
左上にセンリョウ小屋を見上げ、左北側への分岐を見送る。右側にニホンザル研究施設に至る十字路では左
側の刈り込みの緩い分岐に入ると「竪穴・溝径」の分岐に至るのだが事実上通行できない。正面の径の傾斜が
やや増すと左分岐があり、小径がある。突き当たりの丁字路で左へ折れると先ほどの小径と合流する。三角分
岐だ。合流箇所からは奇麗な径になり、小ピークに接近して左へカーブすると尾根先の切り通しにさしかかる。こ
の小ピークが経塚のようで、ピークの北側には緩い斜面が下っている。
| A−6 真名城跡 作図 鈴木伸一氏 から転載させていただきました。 |
A−7 畑から北西分岐(●134 ●182東)
畑青年館→0.05←市道分岐(東電柱山荻163柱)→0.10←南コンクリート道路三又分岐
→0.25=0.30←徒渉箇所→0.25=0.20←北西分岐(●182東)→0.10←鞍部の分岐■
→0.25←三角点への分岐★
畑青年館、三又を右東へ分岐、東電柱山荻163柱の小分岐、東電柱山荻168柱の角。更に市道を東へ進む
と切り通しの左右の岩肌には横穴が複数穿たれているが、いずれも空で中には雑物の置き場になっている。右
手の谷は緑が濃く、水音が聞こえる。左後ろに別の道路が竹薮の中にあり、左前にはセンリョウ小屋が並んで
いる。
舗装道路の三又の左側は大形(おおがた)トンネルに至るが、センリョウ小屋の見える右直進方向へ進む。右
下に谷底が覗かれ、二条二段の小滝も見える。このセンリョウ小屋の脇でコンクリート道路の舗装は尽きる。左
側の山肌の下に排水桝があり、奇麗な水が流れている。その脇には一段上に上がれる踏み跡が隠れている。
未舗装道を進むと左手の山肌は竹が目立つようになる。未舗装道が緩く左カーブする所、右下と左上に踏
み跡がある。左手の踏み跡は先ほどの尾根筋の径に繋がるもので大形トンネルの上部へ行く。ここでは右下へ
分岐する径を選ぶ。
直ぐに左へ折れて長尾川(支流)の右岸の径になる。左上からの崩落は先ほどの道路からのものだ。緩く下っ
て小さな滑滝と滝壷で左岸へ渡る。珍しく境界見出標がある。左へ山崎を曲がると長尾川とは離れた右岸側の
径になる。複数回、水音が聞える。馬頭観音文字塔、弘化四年(1847年)を左側の山肌に見る。緩く上下するト
ラバース径には右へ下るかと思わせる箇所があるが、ここでは左山側に緩い登りの径を求める。山崎を左へカ
ーブすると右下が緩い斜面で竹薮が薄い。石垣を残す炭焼き窯跡で右下へVターンする。川の右岸の小幅な平
地に出る。
左岸にそびえる攻撃側垂壁の右端に枝沢があり、緩い斜面は滑滝状の床面を見せている。これに入って一
歩、左側に水の流れる小谷状の径がある。Zカーブの折り返しを上る。小尾根筋の登りは小さく折り返しを繰り返
す。左側には幅広浅い谷の地形を見る。相変わらず折り返し径が続く。右尾根の水平左巻き径に変わり、笹が
径を塞ぎ始める。幸い竹薮の狭い径はわずかな距離で抜けて、幅広い尾根筋に合流する。これまでの盛り上が
りは●182ピークで、この「北西分岐」の右西側は馬頭観音、三角分岐を経て畑の集落へ。左東側は幅広い尾
根径で、これは前項と同じだ。丁字路合流白間津方面からと合流、高塚山方面へ進む。
| B 魚見根神社 |
B魚見根山 ○59 △57.3
バス停忽戸→0.05←荒磯魚見根神社→0.10←展望台・魚見根山
バス停忽戸下車。国道直ぐ南の十字路、東側には忽戸コミュニティー集会所がある。この西側の小路
でもいいが、更に1〜2分南の丁字路を西へ右折。突き当たりの大きな防火水槽のある角を左折すると、魚見根
神社の入口に出る。石段の上の社殿の東から登る。社の裏側を通って、右へ折れると丁字路に出る。左の角が
「いこいの広場」で三ノ峰展望櫻台、東屋があって好展望が得られる。丁字路から東へ進む。二又を右側に進ん
だ二つ目のピークが展望台で、冨士御神の石碑が立つ。地面には鉄板が張られ、穴が塞がれている。海側には
展望が広がっている。北東側へ下ると西側からの径と合流して北側の山裾に下りる。山の東側を巻く径を進むと、
畑と住宅の間の径を抜けて神社入口の東側にあった防火水槽の角に出る。
C龍光山虚空蔵堂の下から
バス停忽戸→0.05←荒磯魚見根神社→0.10←虚空蔵堂石段下
バス停安房川口→0.10←虚空蔵堂石段下
虚空蔵堂石段下→0.35=0.30←●158ピーク→0.30←尾根の標識→0.05←鳥居下5分岐点
→0.05←高塚山
バス停忽戸(こっと)から魚見根神社の前を通り、コンクリート舗装道路を進む。増圧ポンプ場先の三又を左へ
進み、虚空蔵橋を渡る。両側に龍光山の文字の読める石段がある。虚空蔵堂の参道だ。この右側、水平に山裾
北側を巻く。コンクリート舗装の小道の最初の分岐は左へ進む。右下に水路を見て、小橋を渡る。左へ進むと山
裾に横穴を見たあと昭和13年(1938年)の溜池新設記念碑と溜め池の堰に至る。右へ進むと竹薮の中の小径
になり、崩落箇所を乗り越す。カラスザンショウの幹が高さ約メートルで伐られている。右手を山崖にして緩く登
る。
左手下には水平な整地が見える。短いが痩せ尾根筋になり、二又に出る。緩い登りの右手を見送って、左手
のやや狭い急な登りの方へ進む。左手の山に水平な棚を見ながら登ると水平な平地に出る。
正面尾根筋に直登路。左右には水平に巻く径がある。左は広い平地を進むが、ここでは右側、山の北側を巻
く径を選ぶ。山側からの枝のため若干進みにくいが、踏み固めは確実だ。左手の尾根筋が低くなり、尾根筋の
径になる。その後は尾根筋を直進、左右に巻くなど細かくかわる。
やや急な直登路で小ピークに達する。左手南東側に奇麗な尾根が延びているが、これには進まず、右に曲が
って西へ進む。シダの覆う尾根、小さな崩落のある斜面のあと、平らなピークの左南側を巻く。南側に緩い傾斜
の幅広い尾根が下っているが、これに誘われないように右へカーブする。●158ピークだ。
断続的に踏み跡が明瞭になる尾根筋が続く。小さな石祠の基壇と屋根の石だけが積まれ、小さな石碑が建っ
ている箇所を通る。断面が凸型の尾根筋の径から倒木の箇所に差し掛かる。尾根筋左側若干低い位置に踏み
跡が繋がる。右手の尾根へ上ると石祠の石が散乱している。平面的に三角形の台地の端で、中央には戦時中
の砲台跡か塹壕かが掘られている。この台地の北、西側に水平な通路があるが、登らないと穴は見えない。南
へ進む。全体が土塁のような尾根を進む。複数の標識板の取り付けられた尾根の切れ間に出る。高塚山から合
有戸の堰、長性寺方面への径が分岐している。僅か先で幅広い尾根径に出る。ベンチもある。右折すれば高塚
山鳥居下の分岐に出る。階段を登って奥の院へ至る。
●158ピークから戦跡の三角台地までが荒れているので、下りには利用しがたい。
バス停安房川口から国道を僅か北へ進んで左折、西へ直進する道路を進むと虚空蔵堂の山に突き当たる右
側に寄ると龍光山の石段がある。虚空蔵堂の参道で、この右側、水平に山裾北側を進む。
| B魚見根山 国道から 山頂に休憩舎の屋根が見える。 |
D魚見根神社から高塚山へ
バス停忽戸→0.05←荒磯魚見根神社→0.10←道路終点→0.15←OL.P標
→0.30=0.25←OL.H標→0.25=0.20←第2界標柱※→0.25=0.20←丁字型分岐
→0.15←荒磯・川口分岐標→0.05←通行止め分岐→0.05←高塚山
バス停忽戸から魚見根神社の前を通り、コンクリート舗装道路を進む。増圧ポンプ場先の三又を左へ進むと虚
空蔵橋があり、右側へ曲がる。突き当りを左折、径なりに進んで道路の終点に至る。
ビニルハウスの脇の排水路から山道に入る。竹薮を二回、通り抜ける。左側の谷の源頭部から尾根筋を西へ進
む。右下への下り箇所には足元には蛸壷らしき穴が二つある。オリエンテーリングのP標があって左折し、尾根の
右側を巻く。倒木のために左へ巻いたり、露岩の小ピークの脇を抜けたり、切通しの径。マテバシイの林。変化が
あるが紛らわしい所はない。
オリエンテーリングH標の五叉路を西へ進む。マテバシイの痩せ尾根から二又に出る。左切通し状の尾根径へ
進む。落石や倒木が若干あるが、尾根筋寄りを進む。コンクリート製の崖地植生自然環境保全地域界標が建つ。
二本目の地域界標※では西側に幅広い奇麗な径が分岐しているが、これは避け左下へ下る。細い幹に高塚山と
刻まれている。
径の脇に岩が現れる。鏡石という。珍しく急坂を登ったピークでは西へ折れる。再び岩が現れるようになると、一
箇所岩自身の小ピークを通る。再び急坂になるが、左へ振れてピークを巻き、小尾根を乗越す。薄い踏み跡の丁
字路型の分岐▽を左折する。逆コースの時は見落としやすい分岐点だ。ここには根まで起こした太いシイが倒れ
ている。
左折した径がカーブしていく。右下の谷底が広く奇麗なのが見える。尾根の右巻きになって小尾根に登りつく。千
葉県環境生活部自然保護課の設置した高塚山自然環境保全地域巡視路の標識が三枚ある。今来た径が畑方
面。右折西側は×点と行き止まり。左側東方向が奥の院だと案内される。右カーブ、左カーブした先が再び奇麗な
尾根径になると、又同課の標識が二枚ある。左後ろ北側が平磯・川口方面。右曲がりが奥の院方面だ。
水平な径が続く。ロープが張り渡されて直進方向が通行止めと標示されいる。右上が奥の院と案内される。 奥
の院の外輪山の西側にある廃堂と石祠の間に出る。そのごわからなくなった、一段低い平地が広がり、不動堂が
ある。東側の展望がいい。
参道を下った石鳥居の下の分岐では南北の水平路はともに、崩落のため通行止めと標示されている。北側は
奥の院西側で分岐した箇所に繋がる径だ。「崩落のため若干埋もれ、下生えの多い径で、山慣れない人は通行
しないほうがいい径だ」そうだが、これが通れたら「10分程度だ」そうだ。
| C 虚空蔵堂の下 左が参道 この右側を進む。 |
E林道千倉線から高塚山へ
林道千倉線の途中から高塚山への径に合流するものです。
A バス停関谷病院前→0.10←高家神社入口駐車場→0.10←富士浅間神社表参道→0.05←
コンクリート道三又(配水塔入口)→0.05←三又(東電柱大井倉76柱)
B バス停朝夷小学校前→0.05←金比羅山入口→0.10←丁字路→0.15←
三又(東電柱大井倉76柱)
AB 三又(東電柱大井倉76柱)→0.05←頌徳碑林道千倉線分岐→0.15←保全林看板分岐
→0.15←左股下り箇所(東電柱大井倉230柱)→0.30=0.25←第2界標柱※→0.25=0.20←
丁字型分岐→0.15←荒磯・川口分岐標→0.05←通行止め分岐→0.05←高塚山
A バス停関谷病院前から高家神社を目指す。更に西へ進んで富士浅間神社の表参道・登り口、配
水塔入口三又を経て朝夷(あさい)小学校方面からの道路と合流する。東電柱大井倉76柱。
B バス停朝夷小学校前から小学校正門前、金比羅山入口を経て西へ進む。小さな二又は左へ進む。地蔵尊
の奉られた切り通しの西側は高家神社方面からの道路との丁字路だ。無名の小橋を渡ると右側に配水塔入口
からの道路を合流させる。大井倉76柱。
AB 頌徳碑の建つ分岐点では左側の林道千倉線に入る。この林道は他所にある一部の林道とは異なり、管
理状態がいい。小堰隧道(千倉第一隧道)には銘板がない。左側の枝沢には山径がある。自然環境保全林の大
きな看板の建つ箇所にも山径が取り付いている。小さな堰(洞臼堰・ほらうす、ぼらうす)を見たのち、右手西側
の枝沢には未舗装道が取り付いている。左カーブして方向を変える位置で、東電柱大井倉221柱のわずか東側
で、場合によっては夏草等により完全に塞がれているかもしれない。
林道からは南東方向にある左股の合流点は見えないが、川原には自然保護を趣旨とした看板が見下ろせる。
東電柱大井倉230柱。そこにはかなり急な下り径がある。道路からは南西方向にある左股の合流点は見えない
が、川原には自然保護を趣旨とした県環境部の看板が見下ろせる。路肩注意の標柱の立つ路肩にはかなり急
な下り径があり、慎重に足元を選んで下る。
徒渉した右岸側、看板に近いところには崖地植生自然環境保全地域界標も建つ。ここから明瞭な踏み跡があ
り、これは直ぐに水面から高度を上げる。左斜面の緩い登りがZカーブして周囲の木立が開けると直ぐに尾根筋
に出る。ここにも界標柱が建っている。小さく二回尾根筋を右に巻いた巻き尻にもこの界標柱が建つ。魚見根神
社方面から来たときこれを「第二界標柱」※としたもので、正面に幅広い奇麗な尾根筋が見える。
右後ろ下へ折れて狭い斜面の径に入る。細い幹に高塚山と刻まれている。以下、魚見根神社からとの重複を
避ける。
| E林道千倉線から高塚山へ 大形トンネル 右端の赤いものは境界見出標 |
F林道千倉線・千倉受信所・大形トンネル
バス停南千倉→0.05←金毘羅山入口→0.10←丁字路→0.15←三又(東電柱大井倉76柱)
→0.05←頌徳碑林道千倉線分岐→0.15←保全林看板分岐→0.10←
右未舗装道分岐(東電柱大井倉221柱)→0.05←左股下り箇所(東電柱大井倉230柱)→0.10←
大形トンネル北側三差路(→0.05←千倉受信所)→0.10=0.05←尾根合流点(大形トンネル上部)
頌徳碑の建つ分岐点から林道千倉線に入る。左南側の枝沢には山径が複数個所ある。自然環境保全林の大
きな看板の建つ箇所にも山径が取り付いている。左カーブして方向を変える位置には右、西側に未舗装道が分
岐している。東電柱大井倉221柱の僅か東側で、場合によっては夏草等により完全に塞がれているかもしれな
い。大井倉230柱付近の道路からは南西方向にある左股の合流点は見通せないが、川原には自然保護を趣
旨とした県環境部の看板が見下ろせる。
林道左側の谷が浅くなると三叉に出る。右側には海上保安庁千倉受信所のゲートがあり、直進は大形トンネル
に至る。
ゲートから出てきた人に伺えた。「Sカーブしたコンクリート舗装道路で受信所に出る。広い頂上は草地がよ
く整備されている。斜面の木々の背が高く、周囲の展望は無理。又、北西に小高い丘があるが、やはり展望はよ
くない。Sカーブの屈曲部から南西へ坂道を登ると、西側にも草地があって、その最奥で尾根に取り付けそうだ」
という。
三又の北西側の斜面に境界見出標が並ぶ急な小尾根がある。これを辿ると二つの小ピーク(共に○160)中
間の鞍部に着く。北へ進めば受信所南西側の芝生の端に出る。南へ進めば東西尾根の山径に合流する。わず
か東へ進んだ痩せ尾根からは大形トンネル南側の道路面が見下ろせる。
G畑から大形トンネル上部を経て高塚山へ
G−1 マテバシイのピーク
畑青年館→0.05←市道分岐(東電柱山荻163柱)→0.20←鞍部→0.25←西巻き径→0.20←
尾根合流点(大形トンネル上部)→0.20←県営林標鞍部→0.40=0.35←丁字型分岐▽→0.15←
荒磯・川口分岐標→0.05←通行止め分岐→0.05←高塚山
畑青年館前の道路の北側の三又を右東へ分岐する。右南側に急坂のコンクリート舗装の小道が下っている。
東電柱山荻163柱。そのまま直進したわずか先、左側東電柱山荻168柱の角を左へ入る。直ぐ三又になり右
へ進む。急坂道の沿道にはセンリョウ小屋が建っている。カーブを繰り返したコンクリート舗装道路は未舗装道
に変わる。右カーブの三又は右、その右側の狭い径の奥には庚申像が奉られている。次の三又は左へ、右は
林を隔てた畑地に通じるものだ。更に次の三又は右寄り直進で僅かに下る。草地の果樹園に入る。水平に進む
とタブノキが突き当たりに立っている。ここで左側の竹薮に切り開きを求めて中に入ると山径が右へ下っている。
右寄り直進で果樹園に入る三又の左分岐との間に狭い踏み跡が口を開けている。これを進むと林の中の径は
尾根筋右巻き径にかわり、右下に果樹園を眺める。踏み跡に竹が被るようになって下りかけると、果樹園に出ら
れる口がある。
尾根筋右巻きの径は谷の源頭部を右へ曲がる。鞍部を経て緩く上ると日当たりのいい箇所に出る。山裾を縫
う径は右側の草がうるさい。トゲの茎の太い草が多数交じっているので注意が必要だ。これが再び木々に覆わ
れた径に変わると左側に分岐がある。この左側の径の先には岩の上に祀られた石祠があり、最近のお供え物も
ある。
気持ちのいい尾根筋が狭い踏み跡に変わりかける所で、左下へ下る。右側に土手を一つ挟んで下生えの
多い溝径が並行しているのが目印だ。幅のある尾根筋の左側を進む径は竹薮の中に入るが、踏み跡は狭いな
がらも確実で直ぐ抜けられる。二度目の竹薮も直ぐ抜けられる。尾根先のマテバシイ並木には左直登路が奇麗
だが、左上にマテバシイの林のピーク(○150)を望みながら右へ水平に巻いて行く。巻き尻では左後ろ合流が
曖昧だ。三度目に入る竹藪はやや長いが踏み跡は確実に繋がっている。抜けると平らな小ピークになる。足元
に岩が少しまじるのが特徴的だ。尾根筋から右側へZカーブして一段上る左側に谷の源頭部を見下ろす。左直
登は大形トンネル西側の小ピーク(○160)へのもので、右巻き径へ進む。巻き尻では左北側への丁字路にな
る。これはピーク直登からの下りを合流させて、大形トンネル北側三又へ下る東斜面の丁字路に出るものだ。
東へ進んだ狭い尾根径になると右下に大形トンネル南側の路面を見る。「南尾根○160」の北端を直登
する径と南へ進む水平路に分岐する。左側の山肌に小幅な踏み跡が登っている。これも「南尾根」の北端を直登
する径と並行、合流する径だ。「南尾根」の南端の狭い三又、左後ろへ折り返す。直進は痩せ尾根を南へ進んで
畑方面へ下る径だ。
| F 左端に頌徳碑 右側に林道千倉線分岐の二又 |
北向きの径は右へカーブ、東向きになると巻き尻で東西尾根からの径が合流する。南右側にピーク(○170)
が盛り上がり、その北側を直進する。杉林の尾根筋には赤い境界見出標が立つ。右へ曲がったピークからの径
が水平な痩せ尾根になってすぐ南へ向かった尾根(○170まで繋がる)は踏み跡が薄くなりかける。左下への細
い径をSカーブして下ると幅広い鞍部に倒木が径を塞いでいる。幹と太い枝だけなので容易にかわせる。七浦県
営林の標柱の建つ鞍部だ。
低い尾根筋右巻きの水平の径が続く。この巻き尻で左巻きに踏み替えるのだが、濃い踏み跡が右寄りに続
き、左巻きへの入口は小枝の被りが多いので入りにくい。
左巻き径は狭い。右巻き径になり倒木の為に通りにくい坂になる。岩や根をかわして本径に戻ると尾根を乗り
越す。左側の尾根筋の薄い踏み跡が●208方向だ。南東方向の尾根先を廻り込んで左後ろにVターンする。尾
根先には踏み跡が水平に繋がっているので直進しかねない。Vターン後の下りからピーク東側の幅広い鞍部に
なる。丁字型分岐▽の箇所で、ここには根まで起こした太いシイがオブジェのように倒れている。以下は魚見根
神社からとの重複を避ける。
G−2 大形トンネルから高塚山へ
畑青年館→0.05←市道分岐(東電柱山荻163柱)→0.10←南コンクリート道路三又分岐
→0.15←大形トンネル北側三叉路→0.05=0.10←尾根合流点(大形トンネル上部)[以下省略]
畑青年館、三又を右東へ分岐、東電柱山荻163柱の小分岐、東電柱山荻168柱の角。市道を東へ進む。切
り通しの先、右手の谷から水音が聞こえる。左後ろに別の道路があり、左前にはセンリョウ小屋がある。
舗装道路の三又の右直進方向の先にもセンリョウ小屋が見えるが、左方へ分岐する。カーブミラーの裏には河
原に近づける小径があるが、ここは支流なので河床との高低差は小さい。右岸の道路は暗い谷が明るくなるとト
ンネルの前に出る。入口の上にはマテバシイの斜面が見える。そこには東西尾根上の山径まで見られる。
トンネル内に照明はない。直進しているので先方の光が見える。内部は三方ともセメントの吹き付けだ。トンネ
ルに銘板はない。
この大形トンネルの北側でやや広い道路のカーブ地点に出る。右下へは千倉線が延び、分岐の左上は海上保
安庁千倉受信所のゲートが閉じられている。左側の緑の斜面には赤い境界見出標が複数見える。ゲート内は、
受信所の頂上までコンクリート舗装道路だそうだ。
三又の北西側の斜面に境界見出標が並ぶ急な小尾根がある。これを辿ると尾根筋の東斜面で丁字路に出
る。北へ進めば受信所南西側の芝生の端に出る。南へ進めば東西尾根の山径に丁字路で合流する。
東西尾根の西側はピークの南を巻く径で畑に通じる。東側は狭い尾根径になると右下に大形トンネル南側の
入口を見下ろす。南尾根の北端を直登する径と南へ下る径が分岐する。以下、高塚山、丁字型分岐まで前項と
の重複を避ける。
| HI 右が礫石、口をあけたようなものが神楽石、遠方に雨乞塚。遠近法の関係で 神楽石が小さいが、礫石の7、8割くらいの大きさがある。雨乞塚は、はるかに大きい。 |
G−3 東寄りの小尾根筋
南コンクリート道路三又分岐→0.25=0.20←尾根合流点(大形トンネル上部)[以下省略]
畑青年館、三叉を右東へ分岐、東電柱山荻163柱の小分岐、東電柱山荻168柱の角。横穴のある切り通し。
左後ろに別の道路と左前にはセンリョウ小屋がある。
舗装道路の三又の左側は大形トンネルに至るが、センリョウ小屋の見える右直進方向へ進む。右
下に谷底が覗かれ、二条二段の小滝も見える。このセンリョウ小屋の脇でコンクリート道路の舗装は尽きる。左
側の山肌の下に排水桝があり、奇麗な水が流れている。その脇には一段上に上がれる踏み跡が隠れている。
未舗装道を進むと左側の山肌は竹が目立つようになる。未舗装道が緩く左カーブする所、右下と左上に踏
み跡がある十字路だ。左手の踏み跡には岩の段もあり、斜路に変わって尾根筋で右手へ折れる。左手には下
生えに覆われた径が下っている。先ほどのものの延長だ。
尾根筋の径は三又に出る。右手は巻き径だがわずか先、緩い斜面のピークで合流するものだ。尾根筋の径は
狭い二又に出る。左手は大形トンネル上部へのものだ。右手へ進む。 以下、高塚山、丁字形分岐まで前項との
重複を避ける。
H金比羅山
バス停南千倉→0.05←金比羅山入口→0.05←金刀比羅宮
バス停南千倉で下車。国道を南へ進むと、上部に朝夷小学校入口を案内する看板があり、西へ右折。狭い道
路が広くなると小学校の正門前だ。更に進むと石材店の手前に金比羅山入口の看板があり、左折する。東電柱
千倉402柱。
南へ進んで道路が山裾に着くと左分岐の案内看板があり、急な段径を登る。足元の改善や危険喚起表示、ロ
ープ張りなどの整備は「地域創生会」のご尽力によるものだ。途中東側に展望箇所がある。水平な尾根には新し
い植樹の苗木もある。神社があるが、仮社だ。直きに再建されるであろう。金刀比羅宮という。
右側から奥山に行かれる。小鞍部の先、尾根に取り付く。左右とも小ピークに至るが展望は期待できない。下
りが急なので神社へ戻るのがよい。
参道途中にある石祠は古峯神社だ。
| J 永崎堂の屋根が左端に。右下に参道階段の手摺り、右へ浅間山への径。彼岸花。 |
I雨乞塚
バス停平舘→0.05←雨乞塚
バス停平舘で下車。国道を北へ進んだ左側、家具店と肉店の間の道路を西へ進む。直ぐに雨乞塚と稲荷神社
の看板のある階段に出る。右側には社務所もある。幅の広い階段には手摺りもある。
稲荷神社の左側の社殿の奥は横穴になっている。右側の社殿の更に右側から奥へ進む。急な岩山に階段が
刻まれ、太い綿ロープが垂らされている。頂上は狭いがほとんど全周の好展望だ。コンクリートの基礎が中央に
ある。足元には特に注意したい。
「館山と文化財」では稲荷山とされていた。
Jつぶて石 平館浅間山 ○60
バス停名戸川→0.05←礫石→0.10←永崎堂
バス停本千倉、バス停平舘車庫→0.10←永崎堂
永崎堂→0.10←平舘浅間山
バス停名戸川から西へ進む。農地が展開する西寄りに電波塔が建ち、二つの岩塊が並んでいる。南寄りの方
はつぶて(礫)石といわれ、角ばっている。高さ幅とも6メートル程だ。北側、神楽石はやや小さく、岩の種類が違
うのか穴があいている。方向を変えるとカエルの顔ように見える。現地東側の交差点に標識がある。石は大昔の
津波が運んで来たものか、山からの落下なのか、由来は知れない。段丘の手前、左寄りに弘法の井戸がある。
礫石の角、山裾を緩く登る斜路が分岐している、直ぐに左折、小谷左岸の山径になると左分岐がある。名戸川
原(なづがっぱら)の滝、下滝に出る。分岐を右へ進むと又左分岐があり上滝に至る。平舘第三堰(下堰)が直ぐ
上だ。径は上流の堰の左岸で、更に続いている。
二つの石に至る直前の十字路を南へ進むとかえる岩があり、東側には大きな磐座のある天神社が鎮座してい
る。更に南へ進むと徳蔵院の第二駐車場に突き当たり、右折した先に永崎堂がある。
バス停本千倉から国道を南へ進むと徳蔵院の案内標識が有り、ここから西へ進む。
バス停平舘車庫から国道を北へ進むと左後ろに徳蔵院の案内標識が有り、ここから西へ進む。狭い道路なの
で注意したい。徳蔵院への左折箇所を見送ると第二駐車場から道路は北へカーブし、未舗装道になって永崎堂
に至る。
小駐車場が有り、堂前に登られる。永崎堂はご本尊が阿弥陀仏で立派な方形造りをしている。岩段の脇には
役の小角の石像が有り、その前の細い径を北へ進む。西側の岩壁の下部には富士山御人穴という海蝕洞があ
る。墓地を抜けた階段の上だ。
細い径は川の右岸で上り、直ぐ左手に岩段径★があり、これを登る。その後全体、狭い急な径が続く。宗祖の
岩壁が有り、烏帽子岩と呼ばれる岩龕には二体の座像が奉られている。山頂には大きな石祠がある。西へ進む
と小鞍部からお中道を北側へ廻れる。この平舘浅間山の山頂は約70メートルと聞いたが、60メートルの等高線
の中ほどだ。数字に惑わされず、急登の狭い危険な径が多いので山慣れない人は入らないこと。地区の人が整
備にご尽力されている。
平舘浅間山については「館山と文化財」第54集が詳しい。
左手の岩段径★を見送って右岸の径をそのまま進めば放水路の左岸へ踏み替え永崎堰を左岸から右岸へ進
む。水面から離れ山裾の壇地へ二段ほど登るとロープもあって「西の峠」に出る。わずか北へ登って山頂だ。
「西の峠」から南へ斜面をトラバース気味に下る狭い径にはロープも張られているが、これには進まないように。
この堰の川が段丘を下る位置には高さ2メートルのほどの小滝・どんとの滝がある。その北側にある石祠「権
現様」は山頂の石祠と同形態だが、こちらの方が大きい。 房総丘陵 1000